別れの時
「それじゃあレイ、行き方の説明するぞ。」
「うん。」
何か吹っ切れたように話し出すベリア。
「王都への行き方は覚えているか?」
「そんな昔のこと覚えてないよ。」
レイは嘘をついていた。
行きの楽しかった道のり、王都の苦い思い出のことは克明に覚えていた。
「王都のことだぞ?本当に忘れたのか?」
「お、覚えてないよ。」
「ふーん、そうか。」
ベリアが疑った目でレイを見つめた。
「何だよ・・・。」
「本当に忘れたのか?あの思い出の地を?」
「しつこいな!覚えてないよ!」
「お前、行きの道のりであんなにはしゃいでいたじゃねぇか。」
「ぐっ、それは・・そうだったね。要するに行き方は覚えていればいいだね。覚えているよ、そこは。」
「おお、そうかよかった。五年前だもんなお前が王都でもはしゃいで迷子なった挙げ句、転んで泣いていたところを通りすがりの女性に助けてもらっていたあの思い出の王への行き方を覚えていて助かった。」
言いやがった!
「そういやぁあの時膝擦りむいていたな。涙目になっていたな。レイもまだまだと思っていたが、立派に成長して良かったよ。」
うるせぇよ!
「ん?どうかしたかレイ、顔真っ赤にして?」
余計なことをべらべらと喋るからこうなってんだよ!
嫌味ったらしく話すベリアに加えサラまでもが予想外に入ってきた。
「あの時レイくんが居なくなってすごく心配したわ。もう二度と会えないんじゃないかと思ったくらい。」
サラ姉さんそんなに心配してたんだ。
あの時王都へ行ったのは、ベリア兄さんとサラ姉さんと父さんとぼくを含めた四人だった。
泣いていたのは膝の痛みではなくさみしさが大きかった。
「でもまたレイくんと一緒に過ごすことができてよかったわ。泣いていたレイくんも可愛かったし、見ることができてよかったわ。」
ああん?
前半の言葉はともかく後半の部分がひっかかるぞ。
「ハハハッ、サラは本当にレイが好きだな。あの時の泣きっ面は傑作だったけどな。」
我慢の限界だ。
「うるっさいな!もういいだろそんな話!目的の場所と行き方はわかったんだだからよ!」
ゲラゲラと笑うベリアと頬を赤らめて微笑むサラ。
「勘違いしてるレイくんも可愛いわ。」
「勘違い?」
「行き方は一緒なんだけど目的の場所は思い出の王都ではないのよ。」
「えっ?じゃあどこだよ?」
ゲラゲラと笑っていたベリアが素に戻り説明を続けた。
「レイの行く涙を流した王都ではなく、王都の北側に位置する森林の中にある場所だ。」
「王都関係ないじゃん!」
「まあな、少しからかっただけだ。ハハッ。」
「二人とも嫌いだ!もういい、行ってきます!」
レイは何も持たず出発しようと歩き始めた。
「まあ、待てよレイ。荷物も持たずにどうする気だ。それになお前とはもう会えないかもしれないだ。」
え?
何かの冗談だと思った。
振り返ると、ベリア兄さんの表情は真剣なものだった。
どこか寂しさを含んでいるようにもとれた。
他のみんなも同じだった。
おふざけや冗談ではないと分かった時、言葉が出なかった。
数秒の沈黙の後、ここにきてガイルがようやく口を開いた。
「レイ・・・すまないな、話というのはこのことなんだ。」
「本当なのかよ?」
「ああ・・傍に居てやれなくてすまないな。さっきも言ったが、もう会えない可能性が高い。」
「何でだよ?説明してくれよ・・・。」
いきなりどうしてこんなことになったんだ?
誰かなんか言ってくれよ!
「レイ・・・オレにもっと勇気があったら、もっと早くお前自身の事を話しておけばこんな判断にはならなかったかもしれない。」
父さんが何か話しているが、何を言っているのか理解できない。
本当に言葉が出ない。
「困惑するよな。ただこれだけは信じてくれ、おれたちはお前の家族だ。何があってもお前の味方だ。」
内容はやっぱり理解できないが、言葉だけは信じることができた。
不思議と安心することができた。
「分かったよ、父さん。」
「まだ可能性の話だがな、別れはちゃんとしておきたいんだ。」
「うん・・・。」
ガイルのが再び涙目になり始めた時、セシルがパンッと手を叩いた。
「はいはいっ、そんなにしんみりするような空気出さないの。これが最善だと思ったのなら前だけ向くしかないいんだから。」
これが最善という言葉にレイ少しばかり気になったが、この時は深く考えなかった。
ガイルがかけた家族という言葉で今は満たされていた。
「レイくん、体には気を付けてね。もっとあなたの成長を見ていたかったけど、これからはあなたの力で生きて行くのよ。」
「うんありがとうセシルおばさん。」
「うん、ちゃんと男の子ね。大好きよレイくん。」
セシルは優しくレイを抱きしめた。
その様子を見たソトとジルが続いた。
「レイ、私たちが何かしてやれるのはここまでだ。君からは色々ともらうものもがあった、ありがとうよ。」
「ああ、元気でなレイ。」
ソトさんはいつも通り優しい言葉を僕にくれた。
ただ、珍しくジルさんも優しかった。
それ以上に驚いたのが、僕を名前で呼んだことだった。
「ソトさんありがとう、いつも迷惑かけてごめんね。」
「フフッ、気にするな。いい思い出だよ・・・。」
涙を浮かべ、優しく微笑んでくた。
胸が熱くなったと同時に寂しさも込み上げてきた。
ジルさんも本当は優しい人なんだ、それに・・・。
「ジルさんもありがとう。」
「うん・・・。」
低い声で返事するジルは静かにレイを見つめた。
「びっくりしたよ。ジルさんぼくの名前知ってたんだ。」
!?
「お・・お前、今までわしが名前知らずに居たと思っていたのか?」
「え?違うの?」
「バカモン!レイ、お前がバカなことばかりするからそう呼んでいだけだ!」
「それはそれでなんか複雑だよ。」
「はぁ・・とにかく外の世界は危険だが、悪い人間ばかりというわけでもない。いい人に出会えることを願っているさ。」
「うん、ありがとうジルさん。」
いつになく穏やかなジルさんにまだ慣れないが、自分のことを気にかけてくれてたことを知るとまた胸が熱くなった。
皆がレイに言葉を投げかける中、カルベルとガラムは後ろの方でこそこそと話をしていた。
レイはそれに気付き、距離詰めた。
「二人ともどうかしたのか?」
レイの問いかけにカルベルはいつもと変わらない様子で答えた。
「なんでもないですよレイ。準備しておいた荷物です。」
「うん、ありがとう。」
「レイ・・君ならきっと大丈夫です。何があっても前を向いて生きてください。」
「・・・うん。」
昨晩ベリアが用意したカバンを手渡し、優しく笑いかけた。
言葉の真意こそこの時レイには理解できなかったが、自分を思ってくれているのは分かった。
一方のガラムはどこか気まずそうにしていた。
それもそのはず今回の計画の発案者の彼はここに来て本当にこれでよかったのかと不安しかなかった。
もっと他に方法があったはずなどと今更ながら思っていた。
そんなガラムの気持ちを追い込むかのようにレイは満面の笑みで話した。
「ガラムおじさん、どんなところかはよくわかんないけど頑張ってくるよ。」
レイにとってガラムはお調子者のおじさん。
今までそんな振る舞いをレイに見せてきた彼だが、この時ばかりはそうではなかった。
「レイ・・・。」
今までにないガラムの表情と声のトーンに思わずレイは黙ってしまった。
そんなレイの態度はお構い無しでガラムは続けた。
「一つだけ注意事項があるんだ。育成所に着くまで魔法は絶対に使うな。」
ガラムの真剣な表情に黙って頷くレイ。
ガラムの言った内容はレイを一人で行かせるうえでかなり重要なものだった。
もし、道中で闇の能力だと知られたらここにいる全員の命の保証はないからだ。
本来なら、レイに闇の能力のことを説明するべきなのだが誰一人それをしてこなかった。
というよりは、誰もできなかった。
「使ってはいけない理由は気になるだろう。それは向こうに着けば分かるはずだ。一方的なことで悪いが、これだけは約束してくれ。」
「分かったよ。」
レイがまっすぐな眼で返事をすると、ガラムは安心したように笑った。
レイに闇の能力ことを語ることができなかったのは、闇の能力を持って生まれた者がどうなるか教えなければならなかったからだ。
その能力を持って生まれ者が最初に待ち受けるのは死である。
本当ならレイは、闇の能力だと判断された時点で殺処分となるはずだった。
だが彼は、生きて市場に売られた。
それと同時期に起きた闇市場脱走事件を経て今まで育てられ、そして愛されてきた。
レイに闇の能力を説明するということは、つまりは彼自身の存在を否定することに繋がるのであった。
レイを思って、愛しているからこそであった。
ただ、レイ自身にとってこれが残酷な仕打ちであるのも事実であった。