66、音の魔剣ソヌス
アリス達の話になります
「アハハハ~ねぇ、お兄ちゃん。あのお姉ちゃんとは私が遊ぶんだから邪魔しないでね~」
「駄目だよマルガレーテ!一旦逃げるよ。ボスからもできるだけ戦闘は避けるようにって言われてるんだから」
「え~これからが楽しくなるところなのに。は~い」
マルガレーテはヨハンに制止され、口を尖らせて不満そうな表情を浮かべる。
そして、渋々という感じで返事をした。
きっとヨハンは私を警戒しているのだろう。
二人はそのまま反対側の森へ歩き出した。
「あら、もう逃げるのかしら?とんだ腰抜けのひ弱な子たちね。マグスの連中はこんな雑魚しかいないのね。これならきっとあなた達のリーダーも腰抜けで臆病者なのでしょうね」
「なんだって?」
「はっ?」
「アリス急に何を言って………」
私が挑発するとヨハンとマルガレーテはピタリと足を止めて、怒りの表情を浮かべながらこちらに向き直った。
その様子を見てイーディスが突然何を言い出すんだ?とでも言いたそうな顔をした。
普段の私ならここで二人を呼び止めはしなかった。
さっさと退場してくれて、自分たちの目的がスムーズに進むならそれに越したことはない。
この前のジャック達も私との戦闘は避けようとしていたし、恐らく今回も同じような感じなのだろう。
周りに被害者が居なければ何も問題はない。
でも今回は違う。
妖精さん達が倒れている。
危害を加えておいて、おいそれと返すわけには行かない。
悪いことをしたら罰を受けなければいけない。
だから私は二人を呼び止めた。
「今何て言った?」
「私たちを救ってくれた人を馬鹿にしないでっ!」
「私が相手をしてあげるわ。さっさとかかってきなさい」
私はそう言いながら、召喚魔法で鏡の魔剣スぺクルムを取り出して胸の前で構える。
「透明な刀身の剣………くっ!それが鏡の魔剣か!」
ヨハンは鏡の魔剣スぺクルムを見てより一層表情を曇らせた。
「ふ~ん、この剣が鏡の魔剣という事は知っているのね。アーサーにでも聞いたのかしら?」
そう言って、私はヨハンとマルガレーテの二人にニヤリと笑いながら鏡の魔剣の剣先を向ける。
「舐めるなっ!マルガレーテ本気でいくよ!」
「うん!」
二人はそう言ってお互い少しづつ距離を取って前衛と後衛に分かれた。
マルガレーテが前衛、ヨハンが後衛だ。
マルガレーテは、私に向けて手先をドロドロにしてから一本の剣のように尖らせる。
そして、そのまま勢いよく私に向けて走ってきた、
マルガレーテの剣筋は隙が多く、避けるのはそう難しくなかった。
「甘いわね!隙が多すぎるわよ!」
私はマルガレーテの剣を受け流して、体制を崩したところに真上から剣撃を叩き込む。
「やぁっ!」
「ふふっ」
「っ!」
けれど、彼女は驚きの表情どころか、含みのある笑顔を浮かべた。
そして、私が勢いのまま魔剣を振り下ろすと、彼女は突然液状になり、左右に分かれながら剣撃を避けて地面に崩れ落ちた。
その様子はまるでスライムのようだった。
いや、その姿はスライムそのものだった。
「えっ」溶けた!?」
私は驚き、とっさに後方にステップを踏んだ。
マルガレーテはスライム状になったまま、地面を流れる水のようにスルスルと移動しながら、私の目の前にやって来てそのまま飲み込むように覆い被さった。
「今だ!くらえ!」
そのタイミングでマルガレーテの後ろにいたヨハンが落雷を落とす魔法を使ってくる。
落雷はスライム状になったマルガレーテごと私に直撃して、周囲には轟音が響き渡る。
ヨハンの攻撃が終わるとマルガレーテはもと居た位置に戻った。
「妹を犠牲にするなんて酷いお兄ちゃんね」
「そんな!無傷だなんて」
「いつもなら今のお兄ちゃんの魔法で黒焦げになるのに」
私が何事も無かったように喋りだすと、二人は驚いていた。
「私は【状態異常無効】のスキルがあるから、あんな攻撃じゃ傷一つ付かないわよ?」
「………」
「………」
二人からの返事は無かったが、私はそのまま話を続けた。
「あなた達ってもしかして半分はスライム族の血を引いてるのかしら?」
「ああそうだよ。僕たちは人間とスライムの混血なんだ」
ヨハンが私の問いに答えると、今度は二人揃って私に向かってきた。
「はぁー」
「やぁー」
「鏡よ鏡。分身して2本の水銀の魔剣に変わりなさい」
「任せてアリスちゃん」
私が指示を出すと鏡の魔剣は2本に分身して、それぞれが銀色の刀身の姿をした水銀の魔剣に変化した。
ヨハンとマルガレーテはそれを見て二人揃ってスライムに変化する。
スライムになれば剣の攻撃は通りにくくなるからだ。
けど、私の狙いはそれだった。
ヨハンとマルガレーテの二人が近づいたところで再び鏡の魔剣に指示を出す。
「今よ二人を包み込みなさい」
その言葉に反応するように、二本の水銀の魔剣は剣の形状から液体金属へと変化して、スライムである二人をそのまま包み込んだ。
「ぎゃぁぁぁー」
「ぎゃぁぁぁー」
液体になった水銀の魔剣に包まれて、二人の悲痛の悲鳴が森中に響き渡る。
水銀の魔剣は液体金属に変化しても元が剣のため、スライムになった二人も切ることが出来る。
二人に一撃与えて私は水銀の魔剣を解いた。
「今のは水銀の魔剣か………」
「お兄ちゃん。あれって笛吹さんがアジトから持っていくまで私たちが使ってた魔剣だよね」
「そうだね。取り返さないと」
ヨハンとマルガレーテはそう言いながらゆっくりと立ち上がり、再び私に向かってこようとする。
「あっ」
「えっ」
けれど、二人は気が付くと森の木に矢で張り付けにされていた。
「もういいだろう」
その様子を見て私が後ろに振り返ると、ロビンが弓を構えていた。
「ロビン。今のはあなたが?」
「ああ」
「そう。ありがと」
「アリス、なんでもいいからあの子たちを無力化しろ。あの子たちはまだやる気だぞ」
「ええ、わかってるわ」
ロビンにしてはやや長めに喋ったことに内心で感動していた。
そして、ロビンに言われるまま二人を無力化する方法を考えることにした。
数分の間考えたけれど思いつかなかったので、鏡の魔剣に聞いてみることにした。
「鏡よ鏡。二人を無力化する方法はないかしら?」
「そうね、だったら」
鏡の魔剣はそう言うとすぐに音の魔剣ソヌスに変化した。
音の魔剣は柄から刀身に至るまで紫色の外見をしていて、音速の斬撃を繰り出だしたり、通常の斬撃とは別に音波を発生させ、聴覚や脳を始めとした物体を破壊する能力を持つ。
「どうして音の魔剣なの?これじゃ周りにも被害が出て大変だと思うのだけど………」
「大丈夫よアリスちゃん。この魔剣なら周りを傷つけることなく、あの子供たちだけをピンポイントで攻撃できるわ。ただし、そこの女の子だけは耳を塞いだ方がいいわね」
音の魔剣に変化した鏡の魔剣はそう言いながら剣先をローダちゃんへと向けた。
ローダちゃんは首をかしげて不思議そうな表情を浮かべる。
「そうなのね、わかったわ。あと、ちゃん付けはやめてっていつも言ってるでしょ!」
私はそう言いながら、音の魔剣に変化した鏡の魔剣を握る。
「イーディス。ローダちゃんをお願い」
「わかりました」
イーディスはすぐにローダちゃんに耳栓の魔法をかける。
「えっ今ローダって………」
それと同時にここまで無言だったティタニアさんが、ローダちゃんの名前を聞いて驚いた顔をしていた。
私は音の魔剣を持ったままヨハンとマルガレーテが張り付けにされている木の前に立つ。
「アリスちゃんは剣を振るだけでいいわ。あとは私が調節するから」
「お願いね」
私は短く返事をして音の魔剣を一振りした。
「ぎゃぁぁぁー」
「ぎゃぁぁぁー」
すると二人はさっきとは比べ物にならないくらいの断末魔のような叫び声をあげた。
そして、すぐにスライムに変身してロビンの矢をすり抜けて、一目散に森の外へと逃げて行った。
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