1、魔王城追放
魔王城 玉座の間にて。
私の名前はアリス・ハイト・ルーク魔王の娘だ。
今は父親である魔王に呼び出されて玉座の間に来ている。
私の目の前にある玉座にお父様が座っており、私はそれに片膝をついた姿勢で向かい合っている。
「アリス、お前をここへ呼んだのには理由がある」
私はお父様の言葉を受けて拳をグッと握りしめる。
「お前に魔王の座を譲ろうと思う」
ついに来ちゃったか!………
「理由を聞いてもよろしいですか?」
私は落ち着いた口調でお父様に理由を尋ねた。
まぁ、ある程度は予想がついているのだけれど………
「うむ。お前も今日で十五歳となり、見事成人した。だからこそお前に魔王の座を譲りたいと思う」
この世界では種族問わず十五歳で成人となる。
私も先ほど身内を集めて、十五歳の誕生日会を終えたばかりだ。
「せっかくのお言葉ですがお断りします。私は冒険者になりたいのです!」
私の返答を聞いてお父様は表情を曇らせた。
「なんだと!」
お父様は怒号をあげ玉座から立ち上がる。
「私の話を聞いてください!お父様!」
私の必死の訴えにお父様は冷静になり再び玉座に座り直した。
「うむ。よかろう、申してみよ」
私は無言で頷いて、一度ゴクリと喉を鳴らす。
「お母様のように冒険者になって世界中を旅してみたいのです」
「っ!………」
「誰かに用意されたレールの上を生きるのではなく、私の人生は私が選んで決めたいのです!」
私は真っ直ぐ父である魔王を見つめる。
「………」
「………」
しばらく沈黙の時が流れた。
「アリス………その様子はどうやら本気のようだな………」
お父様はそう言ってから、大きくため息を吐いて言葉を続けた。
「親の言うことが聞けぬとは哀れな娘よ………」
お父様は悲しそうな声で呟き、それと同時に召喚魔法で魔剣を取り出して、その剣先を私へ向けてきた。
お父様の持っている魔剣は「破壊」の名を冠するカタストロフィである。
柄から刀身に至るまで、すべてが真っ黒の外見をしている。
かつての宿敵である、勇者の持つ聖剣と渡り合ったと言われる伝説の魔剣だ。
「バカな娘には力尽くで分からせねばならないようだな」
「私も同じ意見よ。お父様!」
私も召喚魔法で魔剣を取り出し、お父様へと剣先を向ける。
私の持つ魔剣は「鏡」の名を冠するスペクルムだ。
受けた攻撃を倍にして跳ね返したり、剣を無限に分身して増やすことができる。
柄から刀身に至るまで、ガラス細工のような透明で綺麗な外見をしている。
お互いに魔剣を構えると、再び数秒間の沈黙が流れる。
先に動いたのは私だ。
大きく一歩を踏み出し、魔剣を真っ直ぐ突き出しながら一直線に進んでいく。
「はぁー!」
大きな掛け声とともに、透明なガラス細工のように綺麗な刀身を力一杯に振り下ろす。
お父様は、私の真っ直ぐな攻撃に動じることなく応戦する。
ガチンっと、鈍い金属音が玉座の間全体に響きわたり、魔剣同士がぶつかり合って大きな火花が散っている。
「くっ!………」
「………」
そして同時に剣を重ねる私達から、強い衝撃波が生じて窓ガラスが全て割れてしまった。
次の瞬間、お互いが同時に後方へステップを踏み、再び数秒間の沈黙が流れた。
「今まで育ててきてくれたことには感謝してるわ。でも、やっぱり夢を諦めたくない!」
「母親にそそのかされおって!本当に残念だよアリス。まったく、いったい何に影響されたのやら………」
「勇者物語よ!」
「愚か者が!あんな作り話にかんかされおって!」
「っ!!………」
♦︎
私の母親は、魔王の宿敵である勇者だ。
二人は何度も死闘を繰り返すうちに、友情ならぬ愛情が芽生えていったという。
私は生まれてから今日までの十五年間、一度たりとも外に出たことがない。
外の景色を見るとすれば、自室の窓から魔王城一帯を眺めることだけだった。
私が外の世界に興味を持ったのは、まだ五歳の頃のことだ。
五歳の誕生日に魔王城に来ていたお母様が、夜なかなか寝付けなかった私に読み聞かせてくれた『勇者物語』という絵本の物語だ。
勇者が魔王を倒すために旅に出て、世界中を冒険するお話だった。
そこには、どこまでも遠くへ広がる海の底にある海底神殿、雲の上まで突き抜ける塔、妖精の森を象徴する大樹ユグドラシルなどがあった。
私はその物語に強く惹かれた。
いつかそんな胸踊る冒険がしてみたいと強く思った。
後から聞いた話だが、あの絵本の物語はお母様の実話を元にした物語だったらしい。
世界にはさまざまな種族が存在していて、私の知らないことがたくさんあるのだと知った。
♦︎
「私は勇者パーティーに倒されたことになっている。だからこそ私の血を引くお前の存在を人間達に知られるわけにはいかないのだ」
「そんなの知らない!私は自由に生きたいの邪魔しないで!」
「わがままを言うな!アリスよ、お前は一生この魔王城で暮らすのだ!」
「そんなの絶対に嫌!」
私は思いっきり首を何度も横に振りながら叫んだ。
しばらく時間が経ってから私は小さな声で聞いた。
「じゃあ………どうして私は生まれてきたの?」
「勇者に敗れた私に代わり、新たな魔王となって私が成し遂げられなかった世界征服をお前が果たすためだ」
「私は世界征服なんて興味ない。私は世界のいろいろな場所を冒険してみたいの!」
「それをダメだと言っている。いつまで作り話にほうけているつもりだ?」
「作り話なんかじゃない!お母様の冒険譚を馬鹿にしないで!」
「アリスよ、これが最後の忠告だ。私の後を継いで新たな魔王となるのだ」
「絶対嫌っ!」
「………」
私とお父様は二人揃って再び魔剣を構えた。
そしてお互い地面が割れるほど強く踏み込んで、先ほどよりも力強く剣を振るう。
剣がぶつかり合う直前で、二人の間に眩い光が現れる。
「きゃっ!」
「んっ!」
しばらくすると光が消えて、中から一人のドレスを身に纏った金髪ショートカットの女性が現れた。
魔剣を構えている私たちの間に現れたのは、私の母親である勇者アリシアだった。
「お母様どうしてここに?」
「大きな物音がしたと思って来てみれば、あなたたち何をしているの?」
「アリシアよ邪魔をするでない。今は親子で大事な話をしているところだ」
「あら、親子と言うのなら私はこの子の母親よ。大事な話なら、私も参加する権利はあるわよね?」
「いや、しかし………」
「あ・る・わ・よ・ね〜」
「うっ………」
「それで、アリスはお父さんと何を話していたの?」
「お父様に魔王の座を継ぐように言われました」
「そう。それであなたはどうしたいの?」
「継ぎたくありません!」
「なるほどね。それでさっきの物音がしたのね」
私は無言で首を縦に振って頷いた。
お母様は私からお父様へと視線を移した。
「あなたはちゃんとこの子の意志を聞いたの?」
「無論だ。冒険者になりたいと言っていたな。本当に愚かな娘よ」
「っ!………」
「まぁまぁ、アリス落ち着きなさい」
お母様は私の頭を撫でてから、ゆっくりと落ち着いた口調で問いかけてきた。
「アリスはどうして冒険者になりたいと思ったの?」
「お母様が昔読んでくれた『勇者物語』みたいな冒険がしてみたくて」
「勇者物語………あぁ、そういえば、あなたが五歳になった誕生日の時に読んで聞かせたことがあったわね」
そう言って、お母様は再びお父様に視線を移して問いかけた。
「あなたは娘が初めてわがままを言っているのを聞いて嬉しく思わないの?」
「子供は親の言うことを聞くものだ」
「それはあなたが思っているだけよ。アリス、私はあなたの夢を応援するわ、自分の思うがままにやりなさい」
「ありがとうございます。お母様」
「アリシアまたお前は勝手なことを!」
「この子は今までの十五年間で一度も自分の意志を言ってこなかったのよ!だからこそ意志を尊重してあげるべきだと思うのよ」
「………ならぬ」
お父様は胸の前で腕を組んで少し時間を置いてから、再度お母様の言葉を拒否した。
「なんで!………」
私は腹の底から叫んだ。
「さっきも言っただろう。お前を人間達の世界に出すわけにはいかぬのだ」
「くっ!………もういい!」
私は唇から血が出るほどグッと噛み締めながら、勢いよく窓際に向けて走り出す。
「アリス待ちなさい!それにはちゃんとした理由があるのよ!お願いだから話を最後まで聞いて!」
「やはり、何度言っても無駄のようだな。我は先ほど最後の忠告をした。そんなに出て行きたいのなら、勝手にするが良い。アリスよお前をこの魔王城から追放する!」
「むしろ、そう言ってくれて助かったわ!」お母様ごめんなさい……」
私は勢いよく走って、割れた窓から飛び出していった。
♦︎
「あなたアリスに外に出てはいけない理由を話してないわね?どうしてあんなこと言っちゃうのかしら………」
「そのことはアリスが私の後を継いでから話そうと思っていたのだ」
「それではダメよ。大事なことは最初に話さなくては………」
「アリスが断るとは思っていなかったのでな」
アリシアは魔王の返答を聞いて大きなため息を漏らした。
「誰だって頭ごなしに否定されたら怒るに決まってるじゃない!」
「そう言うものか………」
アリシアは両手を広げて呆れている。
「まぁ………それがあなたなりのあの子への優しさなのよね………」
アリシアはそう言いながら苦笑いお浮かべる。
「どうしてあの子に後を継がせようとしたの?」
「愚問だな。無論アリスを守るためだ。新たな魔王として名を挙げればヤツらも簡単には手を出せぬであろう?」
「あなたは、あなたなりにあの子を守ろうとしたのね。本当に素直じゃないんだから………」
「お前はなぜ止めなかったのだ。自分が腹を痛めて産んだ子であろう?」
「私の子だもの。そこに関しては何も心配してないわ!」
「我の子でもあるのだぞ!」
「きっと大丈夫よ。あの子なら………信じましょう。私たちの子を」
「ああ………」
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