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仮面舞踏会の夜

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 ミラによる完璧な化粧、顔の半分を覆う仮面で武装して、ローズはいざ運命の仮面舞踏会の扉をくぐった。


 そこは、ローズが今まで見たこともないきらびやかな世界だった。

 絶えず優雅なワルツの音色が響き、キラキラとしたシャンデリアの灯りがダンスホールを照らす。

 仮面をつけ、着飾った紳士淑女が華やかな笑みを浮かべて、ダンスや談笑を楽しんでいた。


(うわあ、すごい)


 ローズはダンスの邪魔をしないように隅の方へ移動すると、まるで絵本の中から飛び出して来たかのような素敵な光景に酔いしれた。

 残念ながら、ダンスの基礎知識は持っていても、ダンスをしたことのないローズが、この洗練されたダンスの輪に加わることはできないだろう。

 だが、見ているだけでも充分に楽しめる。


(っていけないいけない! お姉様を探さないと!)


 うっかり当初の目的が脳内から飛び出して行きそうになり、ローズは慌てて首を横に振った。

 ローズはここに遊びに来たのではない。姉レアを見つけ、彼女の失踪を阻止すべくここに来たのである。


(お姉様はどこかしら? 黒髪だけでも何人かいるわね……。うう、仮面をつけていると案外人の顔ってわからないものね)


 背格好と髪の色で何とか三人にまで絞ったが、そのうちどれがレアなのか見当もつかない。かといって、一人一人話しかけに行くわけにもいかないだろう。ここにローズがいるとレアに気づかれてはならないのだ。


(お姉様なら口元にほくろがあるはず。少し近づいたらわかるかしら?)


 一人はダンスホールにいるから今は近づけない。もう一人は三人の男性に囲まれていて、こちらも近づきにくい。バルコニーの近くでシャンパンを飲んでいるもう一人なら、何とか近くまでは寄れるだろう。

 うまくすれば一人目で見つかるかもしれないし、レアでなくとも可能性の一つが潰せる。


 ローズはバルコニーに出るふりをしてそーっと姉候補その一に近づいた。

 そして、もう少しで顔の正面に回れると思った、その時だった。


「こんにちは、バタフライ・マスクのお嬢さん」


 突然視界に背の高い誰かがぬっとあらわれて、ローズは飛び上がらんばかりに驚いた。姉候補その一に近づくことばかり考えていて、周囲への注意を怠っていたらしい。

 どうやら彼はローズに声をかけているようだった。

 シトリンのような色味の髪には見覚えがある気もするが、仮面のせいで誰なのかが思い出せない。


(この仮面、バタフライ・マスクって言うのね)


 ミラがどこから見繕ってきたまるで蝶のような形をした仮面は、その形が示すとおりの名前をしていたようだ。


「ええっと……、ごきげんよう」


 こういう時の挨拶は「ごきげんよう」でよかったはず。小説の中の知識だから怪しいといえば怪しいが、とにかく適当にこの場をやり過ごして、早く姉候補その一に近づきたい。


「いい夜ですね」

「ええ。とっても」

「素敵な夜に可憐な蝶に出会えて、俺は幸運だ」

「まあ! ちょうちょがいたんですの?」


 船の上だが、どこからか迷い込んできたのだろうか。どこにいるのだろうときょろきょろと視線を彷徨わせれば、目の前の彼が小刻みに肩を震わせた。


「く、くく……、やっぱり君はレッドリストに載っているんじゃないか?」


 その揶揄交じりの口調の声に聞き覚えを感じたローズは、仮面の下でわずかに眉を寄せた。


「あなた、もしかしてモ……」

「しぃ! ここでのルールは?」

「そうでした」


 ローズは慌てて口をつぐんだが、ニヤニヤと笑う仮面の青年は間違いなくモルト伯爵だと確信する。髪の色が違うが、この夜のためにウィッグか何かを用意していたのだろう。綺麗なシトリン色だ。


「さて、レディ、一曲お願いできますか?」

「え……」


 すっと手を差し出されて、ローズは戸惑った。

 できれば目の前の姉候補その一の口元にほくろがあるかを先に見たい。それにダンスは知識だけで実践経験ゼロだから踊れない。だが、躊躇っている間にも、モルト伯爵が強引にローズの手を取ってダンスの輪に引きずり込んでしまった。


「大丈夫、俺に寄り添って、動きについて来ればいいから」

「でも……」


 ダンスホールまで来てしまったら仕方がない。ここで逃げ出すことはできないから、バルコニー前の姉候補その一はまたあとで考えよう。それよりも、ダンスホールに来たのならば、ダンス中の姉候補その二の口元を確かめた方がいい。


(度胸よ、ローズ。スローテンポだから多分大丈夫……よね?)


 モルト伯爵にぐっと腰を引き寄せられて、ぴったりと体が密着する。ローズはその密着具合に真っ赤になったが、さすが伯爵、ダンスに慣れている彼はこの距離感にも慣れているらしい。

 腰を抱かれたまま進行方向に引き寄せられて、彼につられてゆっくりと足を踏み出す。


「そうそう、三拍子を意識して。あとは俺に身を任せていれば何とかなる」


 モルト伯爵の声がすぐ耳元でするが、ローズはその声に恥ずかしがるよりも、彼の足を踏まないようにする方が重要で、ひたすら足元を見ながら「三拍子三拍子」と頭の中で繰り返す。


「……レディ、ダンスは楽しんでなんぼだよ」


 モルト伯爵のあきれたような声がしたが、ダンス初心者がダンスを楽しめる要素なんてどこにもない。

 とうとう脳内だけではなく、口に出して「いち、にっ、さん」とつぶやきはじめたローズに、モルト伯爵はローズをダンスで楽しませることは諦めたらしい。


「俺を前にして足元しか見ない女性ははじめてだ……」


 ショックを受けたような声で呟きながら、ダンスホールの外へと連れ出してくれた。

 そしてモルト伯爵からシャンパンを受け取ったローズはハッとする。


(しまった! お姉様候補の口元を確かめるのを忘れてたわ!)


 ダンスをしながら確かめればいいと思っていたが、ダンスがはじまるとそれどころではなくなって、せっかくの機会を水に流してしまった。なんたること。

 ローズがしょんぼりと肩を落として、シャンパングラスに口をつけると、モルト伯爵は給仕からフルーツを受け取って、それをローズに差し出しながら言った。


「楽しんでもらおうと思って招待状を渡したんだが、楽しくないかな?」

「え? いえ! そんなことはないですよ!」

「でも、なんだか心ここにあらずだ」


 それは、この仮面舞踏会でレアの失踪を防げなければ、ローズの未来がお先真っ暗になってしまうからだ。


「嘘だな。前に言わなかったか? 俺は女性の嘘を見破るのは得意なんだ」

「あ、う……」

「もっとも、君の場合は全部顔に出るからわかりやすいけどね。仮面をつけていてもわかるくらいに顔に出るんじゃ、君は嘘をつくのには向かないかな。……俺の知り合いと違ってね」

「お知り合いさんは嘘をつくのが得意なんですか?」

「そうだな。俺でも騙されたくらいだから、まあ、得意なんじゃないかな? 彼女の場合は何もかもが嘘の塊で、嘘ばかりだから気がつかなかったのかもしれないけどね」

「それはすごい! そのお知り合いさん、役者さんか何かなんでしょうか?」


 そこまで完璧に嘘をつけるなら、きっと女優か何かなのだろうと瞳を輝かせると、モルト伯爵はわずかに閉口し、それから肩を震わせて笑い出した。


「……ああ、いいね。君は本当にいい。世の中君みたいな女性ばかりだったら、さぞかしこの世は美しい世界だろうな」

「?」

「ともかく、そう言うことだから俺は嘘を見破るのが得意なんだ。だから困ったことがあれば助けてあげるけど、君は何に心を奪われているんだろう」


 姉の失踪事件とこの先の未来です、とは口が裂けても言えない。

 ローズが弱り顔で黙り込んだ時だった。

 急にホールの証明がすべて落とされて、仮面舞踏会の会場が暗闇に覆われる。

 ローズは突然のことに悲鳴を上げたが、怯える前にモルト伯爵が抱き寄せたので、びっくりして目を見開いた。


「ほら、動かない。暗い中で動くと危ないからね。大丈夫、これは演出だよ」

「演出なんですか」

「そ。ごく一部しか知らない秘密の演出だけどね。ほら、バルコニーの方を見て」


 ごく一部しか知らない秘密の演出をどうしてモルト伯爵が知っているのだろう。

 促されたローズがバルコニーの方を見た時だった。

 パァン! と大きな音がして、夜空に花火が打ちあがる。


「わあ……」


 ローズは思わずモルト伯爵の腕の中から身を乗り出した。


「すごい……」


 花火は何発も打ちあがる。


「すごい、すごくきれい! わあっ」


 ローズは我も忘れてはしゃいだ。花火を見たのは生まれてはじめてだ。

 子供のように手を叩いて喜ぶローズに、モルト伯爵がくすくすと笑う。


「そんなに喜んでもらえるなら、企画したかいがあった」

「え?」

「いや、こっちの話だ。ほら、最後に一番大きな花火が上がるよ」


 モルト伯爵が言った通り、最後に特大の花火が上がった。

 夜空に大きな花を描いたあと、はらはらとまるで花びらが散るように消えていく。

 うっとりとしたローズは、花火が終わって会場に再び灯りが灯されたあとも、しばらく呆けたようにバルコニーの外を見つめていて――いつの間にか、会場から姉候補のうちのバルコニーの近くにいた一人が姿を消していたことに、ローズはまったく気がつかなかったのだった。


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