ローズの実力 3
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翌日の朝、ダリエ夫人の到着が遅れると一報があったので、ローズはミラとともに城の庭を散歩していた。
当初計画していた教育内容から変更を余儀なくされたダリエ夫人は、ローズが希望するマルソール語の会話をメインに、教育内容を見直してくれている。
本日ダリエ夫人が遅れるのは、急遽取り寄せた教材の到着が遅れているかららしい。
「神経質そうで感じが悪い方に思えましたが、ダリエ夫人は意外といい方ですね」
「ミラ、その言い方は……」
今日はニーナがいないのをいいことに、ミラが好き勝手なことを言う。ミラは口が悪いところがあるので、ローズはひやりとして慌てて周囲を見渡した。
離れたところに人影があるが、ここからだと会話の内容までは聞こえないだろう。
(まったくもう、ミラったら。誰かの耳に入ったらどうするのかしら)
ローズは付き合いが長いのでミラに悪気がないことくらいわかるが、ほかの人ではそうはいかない。ミラが咎められたら大変だ。
(それにしても、本当に素敵なお庭ね)
マルタン大国の城の広大な庭には、季節の花々が咲き乱れ、中央には大きな噴水がある。噴水の周りには背の高いソテツの木が植えてあった。ソテツは成長の遅い木だと本で読んだことがあるので、大きさから考えるとずっと昔に植えられたものなのだろう。
ソテツ以外には背の高い植物は見当たらず、城壁の門からまっすぐ伸びる石畳の両脇と噴水の近く、そしていくつか点在する四阿の近くに花壇があり、それ以外のところは芝に覆われている。
四阿は数人が入れる大きさのドーム状で、しっかりと日差しが遮られる作りになっていた。
石畳の道の脇の花壇を眺めながら歩いていたローズは、何気なく空を仰いで、雲一つない澄み渡った青空に今日も暑くなりそうだと苦笑する。
(この暑さで秋だって言うんだもの、夏はどのくらい暑いのかしら?)
来年の夏までにはマルタン大国の気候に慣れておかなくては。体調を崩してラファエルに迷惑をかけるわけにはいかない。
「当面はマルソール語の会話メインでしたよね?」
「ええ、そうみたい。早くマルソール語が喋れるようになりたいからとても助かるけど、ダリエ夫人はマルタン大国の歴史に造詣の深い方なのでしょ? マルソール語を習得したら、そのあたりも教えてほしいわ」
「ローズ様そういうの好きですよね。歴史とか、神話とか。一番は恋愛小説なんでしょうけど。純情で、背中のあたりがむずがゆくなりそうなやつ」
「ミラったら、もう。恋愛小説、素敵じゃない」
揶揄われたのがわかって、ローズはちょっぴり拗ねたように口を尖らせる。
ローズはグリドール国ではほぼ閉じ込められて育ったため、楽しみと言えば本を読むことくらいしかなかった。アリソンやミラが次々に本を用意してくれたから、ローズの読み終えた本の数は恐ろしいほどある。ミラはローズの好きな恋愛小説をメインに用意してくれたが、アリソンが用意する本には統一性がなく、手当たり次第という感じだった。そのおかげで、ローズは他国の歴史や神話にも詳しくなり、興味を持つようになったのだ。
「昨日ニーナに案内してもらった図書室に恋愛小説も置いてありましたから、空いた時間に図書室に通うのも悪くないかもしれませんね。ラファエル様は当分お忙しそうですし」
「そうね。ニーナも自由に入って大丈夫だって言っていたし、そうさせてもらおうかしら」
図書室には読み切れないほどたくさんの本があったので、時間を潰すにはもってこいだろう。
「ローズ様、恋愛小説を読んだらすぐに泣くんですから、図書室では気を付けてくださいね。ぼろぼろ泣きながら恋愛小説を読んでいるところを誰かに見られたら、笑われちゃいますよ?」
「もう、ミラ! ひどいわ!」
「ふふふ」
楽しそうに笑うミラに、むぅっとした目を向けていると、遠くから「ローズ王女」と呼ぶ声が聞こえてきた。
顔をあげると、こちらに駆けて来る淡い茶髪の男性の姿がある。それはレオンスだった。供を一人もつけずにいるところを見ると、休憩中なのだろうか。
「おはようございます、レオンス殿下」
「おはよう、ローズ王女。会えてよかった。部屋に行ったら庭だって聞いたからね」
「まあ、それは申し訳ございません。ご足労を……」
「いやいや、事前のローズ王女の予定を確認しなかった私が悪いんだよ」
ローズは「ごめんなさい」と頭を下げようとしたが、レオンスに慌てて止められた。
「ダヴィドから、ローズ王女がハンカチを届けてくれたと聞いてね。お礼をと思って。あ、これ、こんなものしか手持ちになかったんだけど、よかったら」
「そんな、ハンカチを拾っただけですから……」
ハンカチを拾っただけなのにお礼の品なんてもらえない。ローズが断ろうとすると、レオンスが茶目っ気たっぷりに片目をつむった。
「マカロンだよ? ラファエル殿下からローズ王女はマカロンが好きと聞いたから持って来たんだけど」
「マカロン……」
その言葉につられて、ローズはついちらっとレオンスの持つ箱に目を向けてしまった。そして慌ててぷるぷると首を横に振ると、レオンスがけたけたと笑い出す。
「ははは、ローズ王女は本当に可愛いなあ!」
「か、可愛くなんて……。あの、本当にハンカチを拾ってお届けしただけですから……」
「うーん、そしてなかなか頑固だね」
ローズがマカロンの箱を受け取らないでいるとレオンスは考えるように一度上を見てから、ニッと口端を持ち上げた。
「昨日のハンカチはね、何の変哲もないハンカチに見えても、私にとってとても大切なものだったんだ。昔、ある人からプレゼントされたものでね。その人が刺してくれた刺繍だから、世界に一つしかない貴重なものだったんだよ。ローズ王女も、自分にとって値段なんてつけられないほど価値のあるものって、ないかな?」
「それなら、あります」
ローズはふと、赤い薔薇で作ったポプリを思い出した。
「それは何?」
「ポプリです。ラファエル様からいただいた薔薇で作ったものなんです」
ポプリの元になったのはラファエルがプリンセス・レア号でプレゼントしてくれた赤い薔薇だった。部屋に飾って楽しんだ後、思い出に花びらを乾燥させてポプリにしたのだ。香りを楽しむための薔薇ではなかったので、あまり香りはしないけれど、ローズにとってはとても大切なものだった。
レオンスが微笑ましそうに目を細めて、大きく頷く。
「もしそのポプリを紛失し、誰かが拾って届けてくれたら、ローズ王女はどうする?」
「もちろんお礼にお伺いします!」
「私にとっては昨日のハンカチはそういうものだった。だからお礼をしたいんだ。受け取ってもらえないと、とても困ってしまうな」
「あ……」
ローズはハッとしてレオンスの手元にあるマカロンの箱を見た。ローズが同じ立場なら、お礼に持参したものを受け取ってもらえなかったらとても困ってしまう。レオンスも同じ気持ちなのだろう。
「そういうことでしたら、喜んで頂戴いたします」
笑顔でお礼を言いつつマカロンの箱を受け取って、ローズは改めてレオンスの顔を見つめた。
(この方……どことなくラファエル様に似たところがあるわ。顔立ちは全然似てないのに、不思議ね)
自分の都合のいいように会話を誘導していく手腕などがそっくりだった。王太子とは、どこの国もこうなのだろうか。ローズの兄がどうだったかは、まともに会話をしたことがないので知らないけれど。
ローズがじーっとレオンスを見つめていると、レオンスが戸惑ったように青灰色の瞳を揺らした。
「ローズ王女、さすがにそんなに見つめられると、照れてしまうんだけど」
「あ! 大変失礼いたしました!」
ラファエルに似ていると思ったからか、レオンスの中にラファエルとの共通点を探すことに夢中になってしまった。
ローズがレオンスから慌てて視線をそらし、マカロンの箱をミラに預けていると「レオンス!」と甲高い声が聞こえてきた。
顔をあげると、銀色の巻き髪の綺麗な女性が柳眉を逆立ててこちらへ歩いてくるところだった。
レオンスが、おや、と目を丸くする。
「もしかしなくてもブランディーヌかな? 見ない間に、さらに綺麗に――」
「どういうつもりよ!」
レオンスの言葉を遮り、彼の前まで歩いて来た女性――ブランディーヌが、腰に手を当ててキッとレオンスを睨みつけた。
(ブランディーヌ様って、ラファエル様のお姉様の?)
会ったことはないが、ラファエルからその名を聞いたことはある。レオンスと以前婚約していたラファエルの姉だ。
(あ、ご挨拶しなきゃ!)
ブランディーヌの剣幕にあっけに取られてしまっていたが、ここで挨拶をしないのは失礼にあたる。
「あの……」
怒っているのがありありと伝わってくるのでちょっと怖いなと思いつつ、ローズはブランディーヌに声をかけようとしたが、その前に、彼女の白くて細い指先がローズを指した。
「この女は何⁉」
「こらこら、ブランディーヌ、ローズ王女に失礼だよ。ローズ王女、ブランディーヌがごめんね。ほら、ブランディーヌも謝――」
「ローズ? もしかしてラファエルが連れて来たって言うグリドール国の第二王女かしら?」
レオンスの言葉を再び遮って、ブランディーヌが今日の空のように青い瞳で、じろじろとローズの全身に視線を這わせた。ふん、と鼻を鳴らした。
「実のお姉様から婚約者を奪った方は、男漁りにお盛んなのね」
(え?)
ローズが首をひねったのと、ぺき、と小さな音が背後から聞こえてきたのはほぼ同時だった。
何の音だろうと肩越しに振り返ると、ミラが笑顔のまま額に青筋を浮かべるという器用なことをしつつ、手に持ったマカロンの箱を握りつぶしていた。
(あ、大変!)
このままだとミラが爆発する。ローズはミラの視界を塞ぐように立ち直した。ローズは身長が低いので完全には視界を塞げないけれど、多少は違うはずだ。
ローズがミラに気を取られている間に、険しい表情をしたレオンスがブランディーヌを叱っている。
「ブランディーヌ! 失礼にもほどがあるよ! 今すぐ謝罪するんだ!」
しかし叱られたブランディーヌは、それが気に入らなかったようで、顔を真っ赤に染めて手に持っていた扇をレオンスに向かって投げつけた。
「もう婚約者でもないくせに、わたくしに偉そうな口を利かないで!」
そのままくるりと踵を返し、ブランディーヌは憤然と立ち去って行った。
(なんというか……嵐みたいな方ね)
半ば茫然とレオンスとブランディーヌのやり取りを見つめていたローズが、おっとりと頬に手を当てていると、レオンスが弱り顔で頬をかく。
「ブランディーヌがごめん、ローズ王女。でも、気は強いけれど、根は悪い子じゃないんだよ? あれを見たあとでは信じられないかもしれないけど」
「いえ、大丈夫です。お気になさらず」
さすがにびっくりしたけれど、相手はラファエルの姉である。ローズとしては仲良くなりたいし、あのセリフも、きっと何らかの誤解があったからだろうから、目くじらを立てるような問題でもない。
ただ、ミラが激怒しているようなので、このあとでなだめるのが大変そうだ。
(いただいたマカロンも、箱の中でぺしゃんこでしょうね)
ミラにマカロンの箱を渡したのは失敗だった。潰れても食べられなくはないが、マカロンはあの空気のように軽い触感が楽しいのだ。
潰れたマカロンの箱にがっかりしたローズは、気を取り直してレオンスに向きなおる。
「八年前まで、ご婚約されていたんですよね?」
「うん? そうだね。仲は良かったと思うよ。両国の関係悪化の影響で、破談になってしまったんだけどね。……でも、あの様子だと、私はすっかり嫌われてしまったみたいだ」
レオンスは自嘲するように薄く笑うと、悲しそうに目を伏せた。
☆
王妃ジゼルは、ティーカップから立ち上る香りを楽しみつつ、口端を持ち上げた。
「あら、それはちょっと予想外だったわね。いい意味で、だけど」
視線を向ける先には、ローズの侍女を命じたニーナの姿がある。
「ダリエ夫人が認めるくらいだもの、知識は申し分ないのでしょう」
「そうかもしれません。ただ……」
ニーナが言いよどむと、ジゼルが嘆息しながらその先を引き取る。
「今のままでは、やはりラファエルの正妃として認めるわけにはいかないわ」
ジゼルはティーカップをおいて、ゆっくりと立ちあがる。
王宮の窓から城を見やって、そっと目を伏せた。
「優しさは美点だけど、優しいだけではだめなのよ」
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本作コミックス④巻の書影が出ました!3/19発売予定です(*^^*)
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発売日 : 2026/3/18
ISBN-10 : 408893878X
ISBN-13 : 978-4088938783
☆あらすじ☆
家族に疎まれながら育ったグリドール国の第二王女ローズは、夢を見た。姉であるレアが豪華客船内で失踪し、自分が姉の身代わりとしてマルタン大国の王太子ラファエルに差し出され、冷遇妃になるという予知夢だ。ローズはそんな未来を回避すべく奔走。すると、夢とは異なりラファエルに気に入られて、お互い想いを募らせていくことに――。さらには、身勝手な恋の逃避行で失踪したレアを捕まえることにも成功する。いままで不遇な環境で育ってきたローズ。両親から顔すら覚えられていない彼女だったが、ラファエルから愛されたことで運命が変わり…? 二人の恋の行方、そして新章突入のじれ甘溺愛ラブストーリー、第4巻!!










