ローズの実力 2
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なんとかダリエ夫人を説得して、マルソール語の会話を中心に教えてもらえることになった翌日。
ローズは午後の余暇を潰すため、ニーナの案内で城の中を歩いていた。
午後をどうやって潰そうかと考えていたところ、ニーナに城の中のことを覚えてはどうかと誘われたのだ。
「見取り図はございませんので、目で見て覚えてくださいね」
そう言いながら、ニーナはまず、ローズに与えられている客室のある二階を案内してくれた。
国王や王太子をはじめ、文官たちが仕事をする執務室と客室は棟がわかれており、客人が好き勝手に執務棟に入り込まないよう、棟の入口には衛兵が常に立っているという。そこから先に進もうとしても衛兵に制止されるとは思うけれど、間違っても行こうとしないようにと釘を刺された。
「下手にそちらへ近づくと、間諜を疑われますから。少なくともラファエル様との婚儀が終わるまでは、執務棟にはお近づきにならないことをおすすめします」
ラファエルの婚約者の立場であっても、結婚前でまだ籍を移していないので、ローズの国籍はグリドール国だ。ローズもミラも、重要機密などが集まる執務棟に不用意に近付くとあらぬ嫌疑をかけられる可能性があるという。
「客室のある棟にはほかに、ティーサロンや図書室がございます。こちらは自由に出入りしていただいて構いませんが、現在ブロンデル国の王太子殿下ご一行もお泊りでございますので、それだけ念頭に置いておいてくださいませ」
「ブロンデル国の方々にはあまり近づかない方がいいということかしら?」
ローズは優しそうなレオンスの顔を思い浮かべながら問う。プリンセス・ローズ号の中では何度か顔を合わせて話をしたが、マルタン大国に到着してからはまだ挨拶もしていない。
ニーナは一瞬言葉に詰まり、困惑顔で首を振った。
「いいえ、そう言うわけではないのですが。我が国とブロンデル国の関係には難しい問題がございますので、あまり親密になさるのはお控えいただけますと助かります。かといって邪見にしろと申しているわけでもないのですが……」
関係改善のためにレオンスが来ている以上、相手に不快感を抱かせない程度には親切にしておく必要があるが、まだどちらに転ぶかわからない現状で深入りしすぎるのも問題、ということだろうか。
(国同士の問題があるのは、大変ね)
ローズはおっとりと頬に手を当てた。
レオンスはいい人そうだったし、ラファエルとも親しげだったからローズとしても仲良くしたい。だが、ローズはラファエルの婚約者なのでマルタン大国側の人間だ。相手がブロンデル国を背負っている以上、適度な距離感というものが大切である。
ローズはこれまで、国同士の込み入った事情を考えて生きてこなかったが、これからはそういうことにも配慮しなければならないのだ。
ローズが頬に手を当てたまま、ぽわんとした顔で頷けば、ニーナが不安そうな表情になった。
「おわかりいただけましたか?」
「ええ」
「そう、ですか?」
ニーナが「その顔で本当にわかっているんですか?」と言いたそうな顔をしたが、ローズにはどうしてそのような顔をされるのかがわからなかった。
「ローズ様がこういう表情をするときは、わかっていないのではなくて考えているときです」
ニーナの不安に気づいて、ミラがローズの隣で補足した。
ローズは気づいていなかったが、ミラによるとどうやら考え込んでいるときにぼーっとした表情をする癖があるという。
ラファエルが常日頃から、ローズはぽやんぽやんしていて可愛いと言うのが疑問だったが、どうやら少なくともその半分は、ローズが考え事をしているときの表情を指して言っていたようだ。
ニーナが念のためレオンスたちが泊まっている部屋の位置も説明すると言って歩き出すと、ローズはぽやぽやした顔のままついて行く。指摘されたところで、こればかりは意識してどうこうできる問題ではない。表情を取り繕うことに集中したら、考え事に集中できないからだ。
(距離感って難しいわね)
ローズの頭の中は、レオンスとの「適度な距離感」がどの程度のものなのかという問いででいっぱいだった。
アリソンから机上で学べることはたくさん学んできたけれど、これまでろくに人付き合いをしてこなかったローズにとって、「適度な距離感」というものを理解するための具体例がないのである。それなりに他者と関わって生きてきた人たちならばすぐに察することができる内容でも、ローズには難問なのだ。
(あら?)
考え事をしながらニーナについて歩いていたローズは、緋色の絨毯が敷かれた廊下の上に白いハンカチが落ちているのを見つけた。
「ニーナ、ハンカチが落ちているわ」
「お気になさらなくて結構です。掃除のメイドがそのうち回収するでしょうから」
「そうかもしれないけど……」
落とした人は探しているかもしれない。
ローズは足を止めて、ハンカチを拾い上げた。
「拾わなくてよろしいのに」
「落とした方が困っているかもしれないから」
嘆息するニーナに微笑み返して、ローズはハンカチを確かめる。上質なシルクのハンカチだった。落とし主の手掛かりはないだろうかとハンカチを調べると、隅の方に刺繍が刺してある。
刺してあった刺繍は鷲を象ったもので、鷲の下に文字も入っていた。
「レオンス殿下のものみたいね」
「どうしておわかりになったのですか?」
ニーナが不思議そうな顔をしたので、ローズはハンカチの刺繍を見せた。
「ブロンデル国の王太子殿下は、代々鷲の紋章を使うの。それから、ここにブロンデル語で『ロアノフ』と書いてあるから。『ロアノフ』はブロンデル国では王太子殿下を指すでしょう?」
そのため、レオンス・ブロンデルは、正式にはロアノフ・レオンス・ブロンデル。ロアノフが王太子を意味する称号になる。
ローズが説明すると、ニーナは目をしばたたいた。
「ブロンデル語にも精通していらっしゃったんですか……」
ブロンデル語はマルタン大国でも特にマイナーな言語だという。八年前に国交が停止し、それ以前もあまり盛んではなかったため、必要に駆られないから誰も学ばないらしい。
「精通しているわけではないわ。だって、恥ずかしいことに、読めるけど喋れないもの……」
ローズが恥ずかしそうに頬を染めると、ニーナが眩暈に耐えるように額を押さえた。
「なるほど、どうやらローズ王女殿下は、ほかの者と認識に相違があるようですね。一般常識で言えば読めるだけで充分すごいですよ。ちなみに、今後同じように驚きたくないので確認させていただいたいのですが、ほかにどんな言語を習得されているのですか? あ、『読めるだけ』の言語で結構ですので」
「それなら……この大陸の言語はたぶん……」
「は? 全部網羅しているんですか⁉」
「こ、古語とかになると無理よ? あとさすがに、少数民族の言語とかはわからないけど、そのほかなら普通に読むだけだったらなんとか……」
唖然とするローズの横で、ミラがどや顔を浮かべた。
「ふふん、当然のことです」
「ダリエ夫人が驚くはずですね……」
「そうは言うけど、ニーナ。わたしは読むことしかできないけど、ミラは大陸の半分以上の言語を会話レベルで習得ずみよ?」
「はい⁉」
「ローズ様の侍女たるもの、当然のことです」
胸を張るミラに、ニーナが絶句してしまった。
(そうよね、そういう反応になるわよね? だってミラはすごいもの!)
ミラのすごさに驚いてくれて、ローズは自分のことのように得意げになった。
「そんなの、下手な外交官の何倍も優秀じゃないですか。なんで侍女なんてやっているんです?」
「なんでって、ニーナはどうしてそんな当たり前な質問をするんですか? 侍女じゃなかったらローズ様のそばにいられないじゃないですか。わたくしは一生ローズ様の側にいると決めているので」
「わたしも、ミラがそばにいてくれて嬉しいわ」
「わたくしもローズ様のお側にいられて嬉しいです」
ふふふ、と顔を見合わせて微笑み合っていると、ニーナが遠い目になってしまった。
(こんなところで話し込んでしまったらだめよね? ニーナが困ってしまったみたいだわ)
ローズはとりあえず、手元にあるハンカチをレオンスに届けることにした。
ニーナに案内されてレオンスの部屋へ向かうと、出迎えたのはレオンスの側近の一人だった。
『何かご用でしょうか?』
ブロンデル国に多い茶色の髪の側近は、どうやらブロンデル語しか操れないらしい。
すかさずミラが間に入って通訳をはじめる。
ミラによると、側近はダヴィドと言う名前らしい。レオンスは現在、執務棟でラファエルと国交改善に向けて会議中だという。
ミラがハンカチを拾ったから届けに来たことを告げると、ダヴィドはニコリと笑って丁寧にお礼を述べてくれた。
『レオンス殿下がお戻りになられたら、お礼にお伺いいたしますね』
「いえ、廊下で拾っただけなので、お礼は結構ですよ」
ハンカチを拾っただけでお礼を言われるほどでもないと断り、ローズはレオンスの部屋をあとにする。
「ティーサロンにご案内いたします。ついでにそこで休憩いたしましょう」
レオンスの部屋を去るころには、ミラの実力を知ってショックを受けていたニーナも立ち直り、そう言いながら改めて城の案内を再開してくれた。
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