婚約者は試される 2
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ミラが持って来た荷物を部屋に片づけ終わったところで、女官がラファエルの部屋の準備が整ったと報告に来た。
ラファエルは部屋を確認した後で、アルベリク国王から与えられた仕事に着手するため、執務室へ移動するらしい。
「長旅で疲れただろう? ローズはゆっくりしていていいからね。夕食の時にまた戻って来るよ」
ローズの頬を軽く撫でてラファエルが部屋から出ていくと、ローズは急に淋しくなってきた。ここのところ寝る時以外ずっとラファエルがそばにいたからかもしれない。
「お飲み物をご用意させますね。それから後程、ローズ王女殿下の侍女が挨拶に来ますので、ご対応よろしくお願いいたします」
「ちょっと待ってください」
女官がにこやかに告げると、ミラが険しい顔で待ったをかけた。
「ローズ様の侍女はわたくしです。新たにご用意いただく必要はございません」
ミラはローズの周りに人を近づけたがらない。グリドール国では、ローズは使用人にすら「不義の子」として下に見られていたので、ローズの周りに悪意を持った人間が近づかないようにミラは気を張ってくれていたのだ。
(でもここはマルタン大国だし、ミラ一人だと大変だと思うの)
ミラもマルタン大国についたばかりでこの国の勝手はわからない。早くこの国の文化に慣れるという意味でも、この国の人を侍女として用意してもらえるのはありがたいのではなかろうか。
「ミラ、せっかくだしお言葉に甘えましょう? ミラも一人では大変だと思うし、侍女が増えると助かるでしょ?」
「そうは言いますけどローズ様」
「申し訳ございませんが、このあとに参る予定の侍女は王妃殿下が選定したものですので……」
女官が困った顔で言葉を濁す。王妃が選定した侍女ならば、ローズたちには拒否権はない。ミラもあきらめたようだ。
「わかりました。ただ、ローズ様の身の回りのものは必ずわたくしに許可を取ってから触るようにしてください。それでもかまいませんか?」
「伝えておきましょう」
女官がホッとした表情で、「それではお茶を用意させてきますね」と言って去っていく。
「ミラ、そんなに警戒しなくてもいいんじゃないかしら?」
「いえ、ローズ様。勝手がわかるまで、グリドール国にいたとき以上に用心しなければいけません」
「どうして?」
「ローズ様はラファエル殿下が唯一の妃として迎え入れる方ですから。側妃であればここまで用心する必要はなかったかもしれませんが、正妃でしかも唯一の妃となれば話は別です。面白く思わない人たちから狙われることもあるかもしれませんから」
(そういうものなのかしら?)
こういうところが世事に疎いと言われる所以なのだが、そうとは知らないローズは、そこまでの警戒の必要はないように感じる。
「何があってもいいようにお母さんに習ってマルソール語をマスターしてきましたから、ローズ様はできるだけわたくしの側から離れないでくださいね」
母のアリソン譲りで頭のいいミラは、ローズがまだ読み書きだけしかできないマルソール語を、会話レベルでマスターしているようだ。さすがである。
「ローズ様はわたくしが守ります」
そう息巻くミラはとても頼りになるのだが、無理をしすぎないかどうかだけが心配だ。
女官の指示でメイドがお茶とお菓子を運んでくる。
運ばれてきたのはスパイスのきいたミルクティーと、以前プリンセス・ローズ号がプリンセス・レア号という名だった時に船内でラファエルが用意してくれたお菓子だった。薄い生地を何層も重ねて、生地と生地の間に細かく砕いたナッツを挟んで焼き上げたあとで、シロップにつけた甘いお菓子である。
メイドたちが毒見もかねて、その場でお菓子を一つ口に入れて、ミルクティーを啜った。正直、ローズはそんなことをさせるのが申し訳なかったが、日陰者として誰からも相手にされなかったときと違い、こういうことにも慣れなければならないのだと改めて思い知る。
メイドたちが去ったあとで、ローズはさっそくお菓子を一つつまんだ。このお菓子はフォークを使わず手で食べるのだ。噛むとナッツの香ばしさと、じゅわっと溢れ出る甘いシロップが口いっぱいに広がる。お菓子と一緒に用意されていた濡れタオルで指先を拭い、ローズは幸せな甘さにうっとりした。
「わたし、このお菓子が好きだわ」
「確かに美味しいですね。わたくしには少し甘いですけど」
そう言いながら、ミラが甘さ控えめのミルクティーに口をつけた。
ミラと二人、旅で疲れた体を癒すようにのんびりとティータイムをすごしていると、コンコンと扉を叩く音がした。
ミラがソファから立ち上がり、扉の外を確認しに行く。
「ローズ様、侍女の方がいらっしゃいました」
ミラがそう言いながら連れてきたのは、灰褐色の髪に黒い瞳の二十歳くらいの女性だった。キリリとした表情を浮かべて、ローズに向かって隙のないカーテシーで挨拶をする。
「ニーナと申します。王妃様の命で本日からローズ王女殿下付きの侍女となります。よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
「わたくし相手に頭を下げてはなりません。それから侍女相手に敬語を使っては侮られますよ」
ローズが立ち上がって、ニーナに向かって頭を下げようとすると、その前にニーナがぴしゃりと言い放つ。ニーナのうしろで、ミラが怖い表情になったのがわかって、ローズは内心でひやりとした。
(ミラ、この程度のことで怒らないで!)
注意されるようなことをしたローズが悪いのだ。
「ニーナ、今、ミラと一緒にお茶をしていたの。一緒にいかがかしら?」
場を取りなそうとローズが訊ねるも、「いえ、結構です」とニーナはつれない。
ミラがどんどん怖い顔になって、ローズはおろおろした。
(どうしましょう! ここでミラとニーナが喧嘩になったら大変だわ……!)
ミラは短気なところがあるのだ。特にローズが関わるとそれが顕著になる。何とかしてミラをなだめなければと思うのだが、それに気づかないニーナはさらに爆弾を落とした。
「王妃様からのご伝言を申し伝えます。明日から、ローズ王女殿下の教育が開始されます。教師が一名派遣されますので、以後、教師の指示に従って学習をはじめてください」
「なんですって?」
ついに我慢の限界に達したのか、ミラが低い声を出した。
「ニーナと言いましたね。到着早々なんなんですか、いったい。教育? ローズ様に教育が足りていないと、そう言いたいんですかね?」
「ミラ!」
「グリドール国とマルタン大国では勝手も違います。覚えていただくことは多岐にわたるのです。ラファエル殿下の婚約者となられたからには、そのくらいの覚悟はお持ちかと思われますが?」
ニーナも負けていない。真顔でミラを見つめ、平然と言い返した。
(ひえ!)
これは大変だ。会って早々に険悪な雰囲気が漂いはじめたミラとニーナに、ローズは青くなった。
「ミラ、ニーナが言うことももっともだと思うわ!」
「ローズ様、でも」
「これからマルタン大国でお世話になるんだもの、きちんと学ぶことは大切だと思うの」
「そうであっても、言い方が……」
じろりとミラがニーナを睨むと、ニーナは小さく息をつく。
「言い方が気に入らなかったのであれば謝罪いたします。ただ、先ほど申したことは決定事項ですので、受け入れていただかなくては困ります」
「ええ、もちろんよ。いいわよね、ミラ?」
「ローズ様がそう言うなら……。でも、今のはローズ様も怒っていいことだと思いますよ」
口ではそう言いつつも納得いかないのか、ミラの顔はまだ険しい。
ローズはミラをなだめるため、にこりと微笑んだ。
「だって、ミラがかわりに怒ってくれたじゃない。だから充分よ」
「ローズ様……」
感動したミラが、ひしとローズを抱きしめる。
ようやく落ち着いたとホッとしながらミラをぎゅっと抱きしめ返したローズは、ニーナがそんな二人を見て嘆息していたことには気が付かなかった。
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