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【書籍化】未来で冷遇妃になるはずなのに、なんだか様子がおかしいのですが…  作者: 狭山ひびき
第二部 ラファエル王太子の最愛

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歓迎されない婚約者 4

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 馬車が城の前で到着すると、ローズはラファエルの手を借りた馬車を降りた。

 見上げた城は、ほかの町で見た城と同じように、半円の形をした屋根をしている。城を囲むように四本の尖塔が建っていて、その先にはマルタン大国の国旗が揺れていた。

 ローズがアルベリク国王と謁見する間、ミラは城の客室にて待機だ。謁見後、ミラはローズと一緒に王宮へ向かうことになっている。

 セドックはラファエルの留守中にたまった仕事を確認してくると言って、一足先に城の中へ消えて行った。


(落ち着いてわたし。こういう時は深呼吸……)


 城の玄関に立っただけですでに心臓がバクバクしはじめた。

 ラファエルにエスコートされながら、ローズはアルベリク国王が待つ謁見の間に向かうため、胸に拳を当てるマルタン大国流の敬礼の形を取る警備兵に見守られながら玄関をくぐった。

 玄関をくぐってすぐに驚いたのは、吹き抜けになっている天井が恐ろしく高いことだった。

 天井には青を基調としたモザイク画が描かれていた。マルタン大国は太陽神を信仰しているから、青空と太陽を描いているのだろうと推測する。


「広いですね」

「広いだけだよ。主に執務のための部屋と、来賓のための客室が準備されているだけだから、生活感がなくて殺風景だし、あまり面白みはないと思うよ」


 そうは言うが、廊下の壁に飾られている絵や、明るい色彩の壺、磨き抜かれて鏡のような床、どれも驚くべき荘厳さである。


「滑らないように気を付けて。二階は絨毯が敷かれているんだけど、一階の廊下は大理石のままだからね。雨の日とかうっかり滑りそうになるときがあるんだ」


 実用性より景観を優先し、一階の床や廊下には絨毯が敷かれていないらしい。

 広い玄関を進み、壁に沿って左右から円を描くように作られている中央階段を上る。滑って落ちたら命にもかかわるので、階段はむき出しの大理石ではなく、赤い絨毯が敷いてあった。

中央階段を上ってすぐに、謁見の間がある。


「緊張しなくていいよ。父上と、あと側近しかいないはずだから」


 ローズが怯えないように、大臣以下、城で執務にあたっている人間は入れないようにと事前に連絡を入れておいてくれたらしい。


「ローズの顔見せの機会はそのうち儲けようと思うんだけど、ここでの生活に慣れてからの方がいいだろう?」


 ローズがすごしやすいように、ラファエルはいろいろ手を回してくれているようだ。


「ありがとうございます」


 ラファエルの細やかな気遣いにローズが微笑めば、彼はにこりと微笑み返してくれる。


(こんなに気を回してくれているんだもの、ラファエル様をがっかりさせないように、陛下への謁見は失敗しないようにしなきゃ……!)


 兵士の敬礼作法が違うように、グリドール国とマルタン大国ではカーテシーの作法も少し違う。

 ドレスの裾を軽くつまみ、顎を引いて、けれども視線は前を向いたまま片足を下げて軽く膝を折るのがグリドール国のカーテシーだが、マルタン大国は片手を胸に宛てて視線をわずかに下げる。視線を合わさないことは、相手へ「敵意はありません」と伝える意味があるのだ。

 ラファエルとともに謁見の前に入ると、最奥の玉座に壮年の男性が座していた。ラファエルよりも少し薄いシトリン色の髪に、同じくザクロ色の瞳をしている。ラファエルが三十年ほど年を重ねたら同じような外見になるだろうとすぐに想像できるほど、アルベリク国王とラファエルはよく似た顔立ちをしていた。


「長い休暇期間は充分に楽しんだようだな、ラファエル」


 ラファエルが帰還の挨拶をするとすぐに、アルベリク国王が苦笑しながらそう返した。


「ええ、おそらく人生の中で一番充実した休暇でしたよ」

「私にしてみれば想像だにしていなかった報告ばかりで、気が気でなかったがね。それで、そちらがラファエルが見初めたローズ王女殿下かな?」


 アルベリク国王の視線がローズに移った。

 ローズは短い期間にアリソンから叩き込まれたマルタン大国流のカーテシーで応じる。


「お初にお目にかかります、アルベリク国王陛下。グリドール国第二王女、ローズと申します」


 ローズが完璧にマルタン大国のカーテシーを披露すると、国王をはじめ彼のうしろに控えていた側近二人も目を丸くした。ラファエルも「どこで覚えたんだろう」と驚いた顔でローズを見る。


「ラファエルからは、純粋で優しくおっとりしていて天使のように可愛い女性だと報告があったが、どうやらそれだけではなさそうだね」

「父上!」


 暴露されて、ラファエルが顔を赤く染めてアルベリク国王を非難する。

 ローズも真っ赤になると、アルベリク国王がクツクツと喉を鳴らして笑った。


「いやいや、可愛らしいね。ラファエルが夢中になった女性はどんな子だろうかと思ったが、なるほどわかった気がするよ」

「父上、余計なことは言わなくて結構です! 事前に報告した通り、俺はローズと婚約しますからそのつもりでお願いしますね」

「はいはい。そう嚙みつかなくても、反対したりしないよ、私はね」

「……『私は』?」


 ぴくり、とラファエルの形のいい眉が跳ね上がる。


「どういうことですか?」

「さて、あれもはっきりと考えを口にしないからわからないが、あれからの伝言だ。『ローズ王女には城の部屋を準備させます』だそうだよ」

「な――」


 ラファエルが絶句し、ローズも思わず瞠目した。ラファエルの話では、ローズは王宮に部屋を用意されると聞いていたからだ。

 しばし絶句していたラファエルが、目をつり上げて国王に嚙みついた。


「ローズとの婚約は父上も許可しましたよね? それなのにどういうことでしょうか? それとも何か文句でも? 母上がそのつもりなら真っ向から受けて立ちますよ⁉」


 アルベリク国王が「あれ」と呼んだのはラファエルの母ジゼル王妃のことだったようだ。


(もしかしなくても、わたし、王妃様に歓迎されていない……?)


 途端に不安を覚えて、ローズはそっと胸の上を押さえる。

 理由はわからないが、ローズはジゼル王妃に嫌われたのかもしれない。

 王妃は国王や王太子に次ぐ権力者だ。王妃に嫌われたら、最悪ラファエルとの結婚話が白紙に戻るかもしれなくて――思わず不安で泣きそうになるのを、ローズは唇をかむことで必死に耐える。

 ローズが泣くのを我慢している目の前で、ラファエルとアルベリク国王の応酬は続いていた。


「あれにもあれの考えがあるのだろう」

「レアのときには口出ししなかったじゃないですか!」

「ええい、うるさい! 婚約を反対すると言っているわけではないのだから少しぐらい冷静にならんか! いいか、わかっていると思うが王宮のことは王妃の管轄だ。私やそなたが好き勝手な主張を押し通せば王宮の秩序が乱れる。あれも理由なく反対するようなことはせぬはずだから、おそらく一時的な措置だろう。王太子の正式な婚約者を迎え入れるとなると、相応の部屋を用意せねばならぬし、準備期間がほしいだけではないのか?」

「だったらその準備とやらが整うまで、俺も城で生活します」


(え⁉)


 ローズはびっくりした。

 王族の居住場所が王宮である以上、ラファエルもそちらに部屋を持っているはずだ。それなのに、ローズに合わせて城で生活するという。

 さすがにそれはまずいのではと思ったが、アルベリク国王はあっさり許可を出した。


「好きにしろ。どの道、そなたにはやってもらいたいこともあることだしな」

「やってもらいたいこと?」


 ラファエルの石榴色の瞳に警戒の色が宿る。

 嫌そうな顔をしたラファエルに、アルベリク国王はさも当然のことのように言った。


「一か月以上遊んでいたんだ。戻って来たからにはしっかり働いでもらうぞ」

「何をさせるつもりですか」

「レオンス殿下には船の中でお会いしたのだろう?」


 ローズはラファエルとアルベリク国王の話を聞きながら、ブロンデル国王太子レオンスの姿を思い浮かべる。淡い茶色の髪に青灰色の瞳をした、優しそうな青年だった。マルタン大国に行くと言っていたので、ローズとラファエルがのんびり観光を楽しんでいる間に、城に到着しアルベリク国王への謁見をすませていたのだろう。


「レオンス殿下が何か? というか殿下はいったい何をしに来たんですか?」

「停止中の国交の再開の協議のためだ。しかし、今のままではブロンデル国と我が国の主張は平行線のままで、話し合いは先に進まぬ。そなたを本件の責任者に任ずるゆえ、うまくまとめてみせろ」

「無茶言いますね」

「王太子だろう。そのくらいやってみろ。どちらにせよ、本件はそなたとそしてレオンス殿下が王位を継いだ時にも関わる問題だ。互いに国の頂点に立つ者同士、己の治世で互いにどうかかわっていくのか、そなたらで話し合い決めればよかろう」

「うまく言ったみたいですけど要するに丸投げじゃないですか」


 ラファエルが額を押さえて嘆息した。


「どう転んだって知りませんよ」

「ああ。ただし、これ以上悪化はさせるな」

「わかっています」


 アルベリク国王は満足そうな顔で頷き、ローズに笑顔を向けた。


「ローズ王女。ラファエルはいろいろ面倒くさい性格だが、よろしく頼む」

「は、はい! こちらこそ、不束者ではございますが、これからどうぞよろしくお願いいたします」


 ローズは慌てて背筋を正し、頭を下げた。

 面倒くさいは余計だとラファエルが憮然とした面持ちで文句を言って、アルベリク国王の許可を得てローズの手を引いて退出する。

 謁見の間の外では、事前にアルベリク国王の指示があったのだろう、一人の女官が待っていた。


「お部屋にご案内いたします。侍女の方はお先にご案内しておきました」


 ラファエルとともに女官のあとをついて行きながら、ローズは改めて覚悟を決める。


(もし歓迎されていないのだとしても、歓迎されるように頑張らないと……!)


 不安だけれど、ここで逃げるわけにはいかない。ローズはラファエルと一緒にいたいのだから。


(それに、わたしは一人じゃないもの)


 つながれたラファエルの手の暖かさを支えに、ローズは何度も「頑張ろう」と自分に言い聞かせたのだった。





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