歓迎されない婚約者 2
あけましておめでとうございます!
2026年が皆様にとって幸せな年でありますように。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします(*^^*)
マルタン大国は「大国」と名のつく通り、広い国土を有している。国土面積はグリドール国のおよそ四倍。周辺国の中で一番大きな国なのだ。
そして、国土と国家権力の大きさが必ずしも比例するわけではないけれど、マルタン大国の場合は広大な国土に加えて建国から長い歴史があり、また軍事力、経済力、そして文明レベルも高いことから、周辺国の中では一、二を争う巨大国家である。
古き時代の建造物も多く、新しく建てられた建設物もその美しい景観を崩さないようにと配慮されていて、ローズの目には見るもの見るものすべてが新しく輝いて見えた。
建造物は真っ白な壁のものが多くて、屋根は赤や青など鮮やかな色をしている。
長い歴史の中で何度か王都も移されており、国内のあちこちに昔の王族が使用していた城や王宮があるらしい。
(屋根が丸いわ。面白い)
ラファエルが最初にローズを連れて行きたがったのは、レレイバ港からほど近いところにある旧都で、そこには半円の形をした屋根を持つ、六百年前に建てられた城があった。半円の屋根の大きな城の周りには、鋭く尖った尖塔と城壁が、城をぐるりと四角く取り囲むように立っている。
訪れたときはちょうど日が沈みかけたときで、尖塔の先にオレンジ色の太陽が引っかかって、蝋燭のように見えた。赤から藍色に変わる空が、古き城を幻想的に映し出す。
「この景色、アート・ギャラリーにあった気がします」
「さすがローズ、よく見ているね。船のアート・ギャラリーに、ここの景色を描いたものがあったよ」
「やっぱり!」
以前の船旅でラファエルからアート・ギャラリーのパンフレットをプレゼントしてもらったので、あとで見返してみよう。
ラファエルが燃えるように赤い太陽に目を細めて笑う。
「こういう景色、ローズは好きだろうなと思ったんだ。連れてきてよかった」
「はい、大好きです!」
「っ、……本当に君には参るね」
食い入るように城を眺めていたローズが満面の笑みで振り返ると、ラファエルが不意を突かれたように目を丸くして、うっすらと目元を赤く染めた。
ローズがきょとんとすると、ラファエルが指を絡めるように手をつないでくる。
「その顔はすごく可愛いけど、俺の前以外でするのは禁止ね」
「顔?」
「あんまり純粋な顔で弾けそうな笑顔を浮かべないでってこと」
「はあ……」
(どういうことかしら?)
ラファエルが何を言っているのかわからない。ローズが不思議そうな顔をすると、ラファエルが「四六時中張り付いていたくなるよ」と苦笑した。
今、ローズはラファエルと二人きりでゆっくりと町の中を歩いている。もちろん離れたところに護衛の兵士たちがいるようだが、彼らは目立たないように行動しているからローズの目にはどこにいるのかわからない。
「ローズ、どこか行きたいところはある?」
城の美しさをしっかり堪能した後で、ラファエルが訊ねてきた。
ローズは宿の部屋に残して来たミラを思い出す。ラファエルとのデートの邪魔になるからと言って、ミラはついて来なかったのだ。
「ミラにお土産が買いたいです。どんなものがいいでしょうか……」
「そうだな。ランプとかどうかな。色ガラスで装飾してあるランプでね、火を灯すとカラフルな灯りが部屋を照らすんだ。女性に人気なんだよ」
「女性に……」
それはいいかもしれないと思うと同時に、女性に人気と言い切ったラファエルは、もしかして誰かにプレゼントしたことがあるのだろうかとちょっぴり不安になってしまった。
塔に幽閉されて冷遇される未来はもう訪れないと思いたいが、今後もしラファエルに、ローズ以外の好きな女性ができたらわからない。
チクチクと胸の中が痛くなって、でもそんなことは口に出せなくてローズが曖昧に笑うと、ラファエルがハッとしたようにつけ加えた。
「王宮の女官たちの間でちょっと前からブームになっているんだよ」
断じて誰かにプレゼントしたわけではないと言うラファエルに、ローズはホッと息を吐きだした。
安心したローズが心からの笑みを浮かべると、ラファエルがちょっと意地悪な顔をして探るように顔を覗き込んでくる。
「ローズ、やきもちを焼いてくれたの?」
「やきもち……なのでしょうか?」
「俺が他の女にプレゼントしたと思って嫌な気持ちになったんだろう?」
「はい」
真顔で頷けば、ラファエルが一瞬言葉に詰まって、片手で口元を覆う。
「だから君は、どうしてそう純粋なのかな……。こっちが照れてしまうよ。参ったな」
よくわからないが、ローズの返答がラファエルを困らせてしまったようだ。
ローズがおろおろすると、ラファエルが気を取り直したように、ローズの手を引いて歩き出した。
「商店街に行こう。そこにならランプもたくさん並んでいるだろうからね」
「はい!」
ラファエルに連れられて商店街へ向かえば、彼の言う通りカラフルなランプが売られていた。吊り下げるタイプのランプや卓上に置いて使える小さなものまでたくさんの種類がある。
ランプのほかにも、いろいろな雑貨が売られていたが、どれも色彩豊かで鮮やかだ。
(ミラが使うなら、卓上ランプがいいわよね?)
ミラに似合いそうなものを、とランプを手に取って検分しながら、ローズは自分が少し興奮していることに気が付いた。
ずっと閉じ込められて育ったローズは、自分で買い物をした経験がないのだ。お金を持たされたこともない。プリンセス・ローズ号から降りるときに、多少は持っていた方が安心だろうからとラファエルが渡してくれたお金が、生まれてはじめて手にしたお金だった。ちなみにこのお金は、ラファエルがグリドール国王から慰謝料の一部として奪い取ったものをマルタン大国の貨幣に換金したものらしい。
――ローズがこれまで与えられるはずだったものはすべて奪い取ってやったよ。だからこれらは全部君のものだ。
ラファエルが朗らかな笑顔で言ったのを思い出しながら、ローズはポーチの中から財布を取り出す。
ラファエルも、ローズがはじめての買い物にわくわくしているのに気づいたからか、自分が支払うとは言わなかった。
「好きなだけ買うといいよ。お金が足りなくなったら言って。……まあ、この店に並んでいる商品なら、ローズが持っている金額で充分足りそうだけどね」
ローズの持っている財布の中には、金貨が十枚詰まっていた。ラファエルによると、この店に並んでいる商品すべてを買おうとしても足りるだろうとのことだ。
ローズはびっくりしたが、ふと、出航前に乳母のアリソンに教えられたことを思い出した。
(そう言えば、マルタン大国の金貨の価値は、グリドール国の金貨の価値と違うのよね)
金貨の大きさもあるが、マルタン大国の金貨一枚の価値は、グリドール国の金貨の十枚相当らしい。
博識なアリソンは、ローズがマルタン大国へ向かっても困らないようにと、出航までの短い間に、可能な限りの知識を与えてくれたのだ。
お金の知識は頭の中に入っているが、実際に使ったことのないローズには、どの商品にどれだけの価値があるのかは、あまりよくわかっていない。うっかり馬鹿なことをしないように気をつけつつ、ローズは商品につけられている値札を確認した。
「あ、ローズ。その文字は……」
「こっちが銀貨一枚で、こっちが銅貨七十五枚ですね」
「え……?」
ローズが金額を確認していると、ラファエルが息を呑んだ。
「ローズ、マルソール語が読めるの?」
ラファエルとローズは、大陸の共通言語で会話をしている。しかし、マルタン大国は大陸共通語のほ
かにマルソール語と呼ばれる母国語があるのだ。市民は必要に駆られないかぎり大陸共通語ではなくマルソール語を使用するので、値札の文字もマルソール語で書かれている。
ローズは商品を選びながら、何でもないことのように答える。
「読むしかできないのでお恥ずかしいんですけど」
「いや、恥ずかしいって……マルソール語ってほかの国の人からしたら難しいんだよ? どこで習ったの?」
「乳母から学びました」
グリドール国ではローズは国王たちに放置されていたので、しかるべき教育は受けていない。けれどもアリソンが博識で、いろいろな知識をローズに授けてくれていたので、最低限のことはわかるのだと答えると、ラファエルは唖然とした。
「最低限どころじゃないだろう……。レアも簡単な挨拶しかできなかったのに……」
「いえ、わたしは読めるだけで、最低限の挨拶も話すことはできませんから……。早いうちに習得しなければとは思っているんですけど。乳母からも、時間がなくてこの程度のことしか教えられなくて申し訳ないと言われたくらいですし、本当にまだ全然で……」
「なるほど、ローズの認識がずれている原因は君の乳母だな。どうやら君は、とんでもない大物に育てられたらしいね」
アリソンを褒められるのは嬉しいが、乳母がすごくてもローズが同じようにすごいわけではない。
「乳母は確かに聡明な人でしたけど、わたしはまだまだ彼女の足元にも及ばないんですよ。アリソンの顔に泥を塗らないように頑張らなきゃとは思っているんですけど……」
グリドール国でも、愚者だ無知だと馬鹿にされてきたローズである。これからたくさん頑張らないと、ラファエルに迷惑をかけることになるだろう。
ラファエルが「ローズの自己評価はおかしいよ」とぼやいているのにも気づかず、未来の夫の足を引っ張らないように頑張ろうと決意したローズは、一つのランプを手に取った。
「決めました! この青い花柄のランプにします」
「そ、そう……」
「あ、でも、あっちのコップも可愛いです。両方買ってもいいでしょうか……」
「もちろんだ。その財布に入っているのは君のお小遣いだからね、遠慮はいらない」
ローズはぱあっと顔を輝かせると、鮮やかな緑色をした蔦模様のコップを手に取る。
そのほかにもいくつかの商品を手にして、金額を確認すると、「全部で銀貨三枚と銅貨十八枚ですね」と言って金貨一枚と一緒に商品を店主に渡す。
「計算も早いし完璧……。はあ……君には本当に驚かされる。って、ちょっと待つんだローズ。ミラのお土産しか買っていないじゃないか。君がほしいものも買わないと」
「わたしがほしいものですか?」
今まで与えられたてきたものが少ないからこそ、自分のものを購入するという思考に至らなかったローズは、ラファエルの言葉にハッとした。
(わたしのものも、買っていいのね……)
ここはグリドール国ではない。父や母の監視の目もない。ローズがローズ自身のものを購入しようとも、怒る人はいないのだ。
ローズは購入予定の商品を店主に預けたまま、ミラと色違いのランプを手に取った。
「ミラとお揃いで買います!」
「ランプ一つで嬉しそうに……。愛おしすぎて頭がおかしくなりそうだ」
購入した商品を袋に詰めてもらって満足そうな顔でラファエルのそばに戻っていくと、やや困った顔をした彼に、ぎゅうっと抱きしめられてしまった。









