罠 2
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両手両足を縛られたローズは、床に転がされたまま、きゅっと唇をかみしめた。
思考回路が凍り付いたように停止している。わかるのは、この状況がとてもまずいということと――そして、ひどく恐ろしいということだけだった。
後ろ手で縛られている手が小刻みに震えている。
狭い部屋の中には二人の男がいた。
破れたズボンと、汚れたシャツを着ている。筋肉質な太い二の腕や、日に焼けた顔を見る限り、彼らが労働者であるのは一目瞭然だったが、それにしても人相が悪い。
ローズが三〇七七号室を訪れたとき、男は三人いた。
彼らは、三〇七七号室の扉を開いた瞬間、ローズに掴みかかって来て、こうして手足を縛りあげた。そして、ローズのドレスのスカートの一部を破り取り、三人のうちの一人の男が、それを持ってどこかへ出かけて行ったのだ。
いったい何がどうなっているのか、さっぱりわからない。
部屋中にはレアはおらず、いないはずの男たちがいて、そしてローズは縛り上げられている。考えてもわからなそうだが、混乱と恐怖で脳がまともに機能しないので、考えることすらまともにできそうもない。
「わりぃな、べっぴんさん。お嬢ちゃんには恨みはねぇんだが、ま、これも仕事でね」
(仕事?)
仕事とはどういうことだろう。ローズを捕えるのが仕事ということだろうか。そんな馬鹿な。ローズを捕えたところで、彼らには何の利益もないはずだ。身代金を請求しようにも、父王はローズが殺されそうになったってびた一文支払わないだろう。
「依頼人はべっぴんさんを壊せっつってたけど、まー、こっちもあんま騒ぎを起こしたくねぇんだ。ここ、壁薄いんでね。おとなしくしてれば、今日の夜にでもフイグ港の知り合いの店に五体満足なまま売り飛ばしてやるからよ。だからちょっとばかし、このままいい子にしててくれねぇかな? おじさんもべっぴんさんの顔を殴りたくはねぇし、傷があったら高く売れねぇからな。なあに、お嬢ちゃんは上玉だから、店でもすぐに誰かが可愛がってくれるさ」
何を言っているのだろう。
(……売るって、どういうこと?)
ローズを壊せとは、どういうことだろうか。
(お姉様はどこ……? もしかして、お姉様も捨てられたの?)
それに、『依頼人』とは誰のことだろうか。ますます混乱してきて、ローズは茫然とした。
おとなしくしていれば、彼らはローズに危害は加えないと言う。騒ぐのは賢明ではないが、このままここにいたら港で売り飛ばされてしまうらしい。ローズは泣きそうになって、歯を食いしばった。
(ラファエル様……)
彼に黙ってこんなところまできた罰が当たったのだろうか。それとも、レアが見つからなければいいと一瞬でも身勝手なことを考えてしまったから神様が怒ったのだろうか。愛されるはずのないローズが、ラファエルのそばにいて幸せになりたいと思ってしまったから、だから——
食いしばった歯の隙間からわずかな嗚咽が漏れて、ぽろりと涙が零れ落ちる。
ローズは無力だ。手足を縛られたこの状況から抜け出せる手立てはない。港で売られてそこから逃れるのも難しいだろう。……このまま、二度とラファエルには会えないかもしれない。
港で売られることよりも、このまま永遠いラファエルに会えないかもしれない方が怖かった。
「ラファエル様……」
口の中で、泣きながらラファエルの名前をつぶやいた、その時だった。
「ローズ‼」
ローズの大好きな声が聞こえたと思った瞬間、三〇七七号室の扉が乱暴に開け放たれた。
息せき切って現れたのは、いつもきれいに整えられているシトリン色の髪を乱したラファエルの姿で、彼を見た途端に、堰を切ったようにローズの目からぼろぼろと涙が零れ落ちる。
男たちが慌てふためいて逃げ出そうとしたが、ラファエルの背後から部屋になだれ込んできた彼の護衛が、男たちを捕えるのはあっという間のことで。
「ローズ、この、ばかっ!」
ローズはラファエルに抱き起こされて、その腕にぎゅっと抱きしめられながら、彼の息の乱れた叱責を聞いた。