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手紙 5

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 朝食のあと、ラファエルは今日もどこかへ出かけていった。

 乗船客の大半が観光のために下船しているからか、船の中がとても静かに感じる。

 ローズはドレスのポケットにレストランで受け取った手紙を隠し持つと、ミラにライブラリーに行くと告げて部屋を出た。


 部屋を出ると、ラファエルの護衛がローズの姿を見つけて声をかけてきたが、ライブラリーで本を読むだけだと告げると、それならば大丈夫だろうと頷いた。どうやらラファエルは、ローズが一等客室専用エリアから出る場合は護衛について行くように命じていたようだ。


 ローズはラファエルの過保護さに苦笑しつつ、ライブラリーのある船尾側に向かって歩き出した。

 ローズはこれまで、護衛らしい護衛をつけてもらったことがない。それこそ、いつどこで死のうと別にかまわないと思われているのだろう。幸いにしてずっと城の中で生活していて、身の危険を感じたことはなかったが、姉のレア然り、ラファエル然り、王族とはどこへ行くにしても厳重に護衛がつくものなのだろう。ラファエルがモルト伯爵に扮して護衛の目をかいくぐって遊びたくなる気持ちが少しだけわかった気がした。さすがにいつも張り付かれては、息が詰まることもあるだろう。


 その点、護衛も侍女の目もかいくぐって姿を消したレアは、もしかしたら相当に念入りに今回の計画を練っていたのかもしれないと思った。運悪くガラの悪い連中に捕まってしまったようだが、それがなければレアの逃亡計画は完璧だったのではなかろうか。

 誰からも愛されて、恵まれているように見えたレアが、どうしてその環境を捨ててまで現状から逃亡したかったのかはわからない。

 だが、護衛にも見つからないように用意周到に計画していたのではないかと考えると、レアにとって、この逃亡計画はよほど意味のあるものだったのだろう。


(お姉様は、助け出した後も逃げようとするのかしら……?)


 レアを助ければそれで丸く収まると思っていたが、用意周到に逃亡計画を立てていたのならば、レアが素直に戻ってくるとは考えにくい。

 そのままレアは、当初の目的の通り、どこかへ逃げようとするのだろうか。ローズに、逃がしてくれと言うのだろうか。もしそう言われれば、ローズはどうすればいいだろう。


 ――必ず君を我が国に連れ帰るよ。


 ラファエルの言葉を思い出す。

 ローズはもう、自分の気持ちに気づいてしまった。

 もしもこの先、ラファエルの態度が急変して、冷遇妃の未来が待ち受けていたとしても、ラファエルとともにマルタン大国へ行きたい。


 でも、このままレアを逃がすのは駄目だと思う。王族の一員としての扱いを受けたことはないけれど、王族としての義務ならば乳母から教えられて育った。レア一人の勝手な行動が、国同士の諍いに発展しないとも限らない。ラファエルは穏やかに収めてくれる気がするけれど、それではダメなのだ。ちゃんとレアは、自分の口で今回のことを説明し、それなりの落とし前をつけなくてはならないのだ。それが王族であるレアの義務で、ローズも、例え自分がラファエルのそばにいたいからと言って、自身の感情で判断してはいけないことだった。


 ライブラリーの前に到着すると、ローズはちらりと後ろを振り返る。護衛はついてきていない。

 ローズはぐっと拳を握りしめて、ライブラリーの前を素通りすると、急いで二階に続く階段を下りた。手紙に書いてあったのは三等客室の、右舷側の三〇七七号室。三等客室は船の一階だ。ローズは一階に続く階段を下りながら、ぐっと拳を握りしめる。


 本当は、ちょっと怖い。

 レアの手紙には、レアを閉じ込めた連中はフイグ港に遊びに出かけていて日中はいないと書いてあったけれど、もしも彼らがそこにいたらどうしようと心配になる。

 だが、レアはドレスを奪われていて、そんな姿を人目にさらしたくないと言うのだから、誰かを一緒に連れていくことはできない。


(大丈夫よね。護衛の目をかいくぐって逃げることに成功するくらいお姉様は頭がいいもの。できないことを書いているはずはないわ)


 ローズがレアの救出に失敗したら、レアだって困るのだ。そのあたりは頭のいいレアのことだから、きちんと考えているはずである。


「お客様、どちらへ?」


 一階に降りると、廊下を回っていたサービス係に呼び止められた。

 三等客室のある一階には高そうなドレスを着ている人間はいないから目立つのだろう。一回も乗客は少なかったが、ローズが着ているようなドレス姿の人間は見当たらない。


「知り合いに会いに来たんです」

「お知り合いですか? 失礼ですが、お客様はどちらへお泊りで?」


 ローズはもともとの自分の部屋と今使っているレアの部屋のどちらの番号を伝えるか悩み、今使っている部屋の番号を告げた。サービス係がその部屋の番号を聞いて大きく目を見開いたところを見ると、やはりマルタン大国の王太子の婚約者の部屋は有名なのだろう。


「どちらへ向かわれるおつもりですか?」


 これも、言ってもいいだろうか? 言わないと怪しまれて、ついてくると言い出すかもしれない。そうなればレアが困るので、ローズは仕方なく答えた。


「三〇七七号室です」

「三〇七七号室……ですか? 本当に?」

「はい。大丈夫です。知り合いに会ったらすぐに戻りますから」


 ローズが言うと、サービス係はまだ解せない表情を浮かべていたが、渋々と言った様子で頷いた。


「かしこまりました。それでは、あまり長居をなさいませんよう。大きな声では申せませんが、ここには少々素行の悪い方々もいらっしゃいますので」

「ご忠告ありがとうございます。あまり長居はしません」


 ローズが大きく頷くと、サービス係は諦めたように見回りに戻っていく。

 ローズはサービス係がついてくる気配がないことを確認して、人気の少ない廊下を三〇七七号室に向かって進んでいった。

 一階の廊下は三階のように絨毯が敷かれていなくて、ともすれば足元が滑りそうで不安定だ。手すりを使いながら三〇七七号室の前にたどり着いたローズは、大きく深呼吸をして、ドアノブに手をかけた。


「お姉様……、――!」


 部屋にいるはずのレアに向かって呼びかけたローズは、けれどもそこにいた人物を見た瞬間、声にならない悲鳴を上げて硬直した。


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