手紙 4
前話が短かったので、本日二回目の更新です!
朝食をとるためにラファエルとやってきたレストランは、驚くほどに人が少なかった。
フイグ港には美味しいものが多いそうで、多くの人が港で食事を取っているのだろう。
ラファエルは今日も予定があるそうで、ローズとともにフイグ港を観光できなくて申し訳ないと言った。
「もう少ししたら全部が片づくから、そうしたら残り寄港先は一緒に遊べそうだよ」
ラファエルが何か忙しそうにしていることは知っているが、何をしているのか知らないローズは曖昧に笑う。
ラファエルはローズあてにレアからの手紙が届いたことを知らない。レアが見つかればラファエルが今と同じようにローズをかまうことはなくなるだろう。ローズは元の船尾側の部屋に戻り、ラファエルの隣の部屋は持ち主のレアが使うことになる。
「なんだか元気がないみたいだね」
ラファエルがローズの口元にブドウを押しつけながら言った。
彼がこうしてローズの口に食べ物を運ぶことももうなくなるのかと思うと、どうしようもなく淋しいと感じてしまう。
ラファエルは、レアにもこうして食べさせていたのだろうか。レアが見つかったら、ラファエルはローズではなくレアとこうしてレストランで仲良く食事を取るのだろう。
ローズがぼんやりとブドウを咀嚼していると、ラファエルが給仕を呼びつけて何かを頼んだ。ややして、ローズの席にフルーツのクリームが山のように乗ったパンケーキが運ばれてきた。ラファエルがスプーンでクリームとフルーツをすくって、ローズの口に近づける。
「ほら、甘くておいしいよ」
美味しそうだが、朝食のあとにこの量はさすがに多い。
ラファエルが差し出すままに口をあけながら、ローズがそっとお腹のあたりを押さえると、ラファエルが笑った。
「残りは部屋に運ばせよう」
ローズが食べきれるくらいの量を取り皿に取り分けながらラファエルが言うからローズはホッとした。部屋に運んでくれたらミラも食べられるし、パンケーキを無駄にしなくてすむ。
ローズが微笑むと、ラファエルがほっと息をついた。
「うん。俺はそうやって笑っている君の顔が好きだな」
「え?」
ドキリとした。突然ラファエルが「好き」なんて言うから。もちろんその「好き」はただローズのことが好きだという意味ではないとわかっているけれど、胸がざわめいて落ち着かない。
「ローズ。前にも言ったけど、この船旅が終わったらマルタン大国においで。うちの国にはたくさん綺麗なものがあるし、美味しいものもあるから、きっと楽しいと思うよ」
「でも……」
そうできたら、どんなにいいだろうか。冷遇妃にならず、ラファエルと二人でマルタン大国で暮らすのだ。それは夢のように幸せな未来だった。でも彼は、レアが見つかったあとも同じことを言うだろうか。正当な婚約者が見つかれば、ローズはお払い箱だ。
ずきずきと胸が痛む。この胸の痛みの正体を、ローズはなんとなく気がついていた。認めるのが怖かったけれど、認めざるを得ない。ローズは姉の婚約者のこの優しい青年が好きなのだ。
レアをこのまま助け出さなければ、ラファエルはローズを婚約者として扱ってくれるだろう。そんな誘惑に傾きそうになる自分の心が嫌になる。
(しっかりしないと……、お姉様をこのままにはしておけないわ)
姉はきっと苦しんでいる。家族の情を受け取ったことはないし抱いたこともないけれど、それでもレアは姉だから、ローズは彼女を助けなければならない。なぜならレアは、ローズだけに助けを求めてきたのだから。
ローズはラファエルが差し出すパンケーキを口に入れながら、望みくらいは口に出していいだろうかと、小さくつぶやいた。
「……わたしも、ラファエル様とマルタン大国に行きたいです」
きっとその望みは叶わないだろうけど。
ローズは悲しみを我慢するように目を伏せたけれど、ラファエルはまるで勝利を勝ち取ったかのように満面の笑みを浮かべた。
「必ず君を我が国に連れ帰るよ」
その言葉だけで、ローズは充分だと、そう思った。