手紙 1
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ポー、と船の汽笛を耳にしたローズは、どんよりとした気分で海を眺めていた。
あと一時間もすれば、プリンセス・レア号はセルド国のフイグ港に寄港する。
フイグ港には四日間ほど停泊し、その間の乗り降りは自由だ。
失踪したレアはいまだに見つからず、つかめた足取りも、仮面舞踏会の日に二階に降りるのを見たというサービス係の証言のみ。
その証言をもとに二階を捜索するも、レアらしき人物の姿はどこにも見つからなかったという。
ローズ自身も捜索に乗り出そうとしたものの、ラファエルから「危ないから一人で動き回るのは禁止」と厳命されてしまって、せいぜいサービス係に状況を聞いたり、レアの部屋に何か手掛かりがないかと探すことくらいしかできなかった。
(部屋の中にはドレスはあったけど、宝石類は持ち出されていたから、換金して逃亡資金にするつもりなのかしら?)
もちろん、レアが船に持ち込んだドレスは宝飾品の数はローズにはわからない。だが、レアの部屋のクローゼットには相当な数のドレスが残されていた。ドレスに合わせて宝飾品を持ち込んでいたならば、それなりの数があったはずだ。国王からも王妃からも可愛がられていたレアが所有していた宝石類は、相当な価値のあるものだろう。残念ながらローズに宝石の価値はわからないが、逃亡資金としては充分ではなかろうか。
(せめてお姉様が持ち込んだアクセサリーの形とかがわかるといいんだけど……)
姉が持っているものだ。宝飾品類はどれも一点ものと考えていい。ならば、その形状がわかれば、レアがたとえフイグ港で下船して姿をくらましたとしても、質屋などから足取りがつかめるかもしれないのだが、あいにくとローズは姉の宝飾品を知らない。
バルコニーの手すりに肘をついて、ローズは物憂げなため息をこぼす。
正直言って、今のローズには、レアを探したいのか探したくないのか、それすらもわからなかった。
フイグ港に着く前にレアを探し出さなくてはと焦る一方で、レアが見つからなくても、それはそれでいいのではないかと思う自分がいる。
ラファエルは優しいから、もしかしたら記憶にある未来と違う未来が待っているのではないかと期待してしまうのだ。
それに、レアが見つかればラファエルは予定通りレアと結婚するはずで――そう考えると、どうしてか胸が痛い。
「ローズ様、昼食はどうなさいますか? レストランに向かいますか? それともお部屋で?」
部屋の中からミラが訊ねてきた。
ラファエルはフイグ港に到着する前にやることがあると言ってどこかへ出かけているから、今日の昼食は一緒ではない。
悩んだローズは、レストランで取ると答えた。可能性は低いだろうが、もしかしたらレアがレストランにいるかもしれない。一定基準のルームサービスが無料の一等客室と違い、二等客室以下はルームサービスはどれも有料だ。ここまでレアが見つからないということは、姉はどういう手段を使ったのかはわからないが、二等客室もしくは三等客室にいるのは間違いない。金銭や宝石類を持っていたとしても、二等客室以下で連日ルームサービスを使っていれば、サービス係の記憶に残ってもおかしくなく、レアがそんな危険を冒すとは考えにくかった。
すると、食事をするときはどこかしらのレストランを使うはずで、もしかしたらばったり遭遇するかもしれない。楽観的かもしれないが、少しの可能性も拾い上げておきたかった。
「かしこまりましたわ。それでは、少しだけお化粧しましょ」
朝から部屋にいたので、今日のローズは化粧をしていない。ラファエルは朝だろうが夜だろうがいつでもローズに会いに来るし、下手をすれば一日中側にいるので、ローズの素顔も知っている。素顔を見てもラファエルは何も言わないし、化粧をしたところでたいして変わらないだろうからしなくてもいいような気もするのだが、ローズを着飾ることが大好きなミラはそうではないらしい。
ぐいぐいとローズを化粧台まで引っ張って行って、鼻歌を歌いながらおしろいをはたいていく。
「今日は何人がローズ様の顔に見とれるでしょうか。わたくしはそれが楽しみで楽しみで!」
「……気のせいだと思うけど」
「ローズ様は自己評価が低すぎでございます」
「ミラのわたしの評価が高すぎるのよ」
ミラと一緒にレストランへ行くと、「今、あの方、ローズ様に見とれていましたわ!」「あちらの方はローズ様を見てそわそわしていらっしゃいます!」と嬉しそうに報告してくれるのだが、どれもミラの勘違いだと思うのだ。どれだけミラの化粧の腕がよくても、十人並みのローズは着飾ったところでせいぜい十人並みが九人並みになるくらいで、大差ないと思う。
それを言うたびにミラは嘆かわしそうに「ローズ様はご自分の顔を見慣れていらっしゃるから、美人の基準がおかしいのですね」というのだが、そんなこともない。ラファエルを見ても、彼らの友人たちを見ても美しいと思うし、姉のレアも母である王妃も美人だと思う。ローズの美意識がおかしいわけではない。ミラの「ローズ評価」が高すぎるのだ。
「お食事で落ちるでしょうから、口元は控えておきますね」
ローズの頬にチークを入れて、ミラは化粧筆をおくと、最後に薔薇の香りの香水を首の後ろに吹きかけて満足そうに頷く。
「素敵です! 完璧です! わたくしのローズ様は世界一でございます!」
手放しで絶賛してくれるミラにローズは苦笑を浮かべつつ、化粧台から立ち上がる。
ミラと一緒にレストランへ向かうと、フイグ港にもうじき到着するからか、レストランには人が少なかった。下船して、港で食事を取るつもりの人が多いのだろう。
給仕が窓際の席まで案内してくれる。
今日のメインは鶏肉のパイ包みだった。
「フイグ港に到着いたしましたら、船を降りますか?」
ミラがパイ包みを切りながら言う。
ミラはレアの捜索にさほど興味を示していないので、フイグ港に寄港したら下船して観光を楽しみたいのだろう。ミラに言わせれば「贅沢が染みついているあのレア様ですよ? いつまでも逃げ続けられるはずありませんもの。気にしなくても、そのうちひょっこり出てきます」とのことだ。確かにミラの言い分にも一理あるが、レアが見つからなかったから、ローズは未来で冷遇妃になるのであって、決して楽観視できる問題ではないのだ。
(お姉様が見つからなかったら……ラファエル様は記憶にあるみたいに冷たくなってしまうのかしら?)
おかしなことに、レアが見つかるよりも、ラファエルが変わってしまうのかしまわないのかということが気になる。
胸のあたりがもやもやして、ずきずきして、ともすれば思考を放棄してしまいたくなるのは何故だろう。
ローズがパイ包みを口に運びながら、こっそりため息を吐いた時だった。
「失礼いたします。こちらをお預かりいたしましたので、ご確認ください」
給仕が近づいてきて、ローズに一通の手紙を差し出してきた。
びっくりして目を丸くするも、こういうことは珍しくないのか、給仕は手紙を渡すと、ほかの客に呼ばれてさっさとどこかへ行ってしまう。
封筒には差出人の名前はなく、ローズは首をひねりながら封を開けた。
そして――
(これ……)
瞠目したローズに、ミラが興味津々に訊ねてくる。
「もしかして、ラブレターですか⁉」
ミラには、この手紙がラブレターに見えたのだろう。
ローズはさりげなく手紙を封筒の中に戻しながら、曖昧に笑った。
「そう、ね。そのようなものだわ」
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悪役令嬢の愛され計画~破滅エンド回避のための奮闘記~
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