レアの事情
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レアは『二等客室』のバルコニーから海を眺めて、うっとりと目を細めた。
プリンセス・レア号はもうじき、ゼルド国のフイグ港に寄港する。
レアはそこから、愛しい人と新たな人生を送るのだ。
二等客室の室内は一等客室や城の自室と比べると実に質素で味気なく、そしてとても狭かったが、これも好きな人と一緒になれるのだと思えば我慢できる。
(これでわたくしは自由よ)
思えば、何不自由のない人生を送ってきたレアにとって、唯一不足していたものが恋のときめきだった。
マルタン大国の学園で出会った婚約者ラファエルは、確かに美しくて誰もがうらやむ地位もあり、レアの自尊心を満たしてくれる存在ではあるが、彼に恋をしているわけではない。
グリドール国の貴族に嫁いでその他王勢の女と同じ扱いを受けるのが嫌だったから、適当なところで手を打っただけだ。
未来の王妃という響きはそれなりにうっとりしたし、好きではなくても他人の賞賛が得られるならそれでもいいと思っていた。
しかし、レアは「運命」と出会ってしまったのだ。
レアがこれまで厳重に隠してきた「秘密」を知ったうえでも愛していると言ってくれたあの人以上の男は、きっと存在しない。
(婚約を解消してくれなかったけど、だったら逃げちゃえばいいだけだもの)
ラファエルにレアは追えないだろう。なぜなら彼はレアを「レア」だと気がつかないはずだ。
(ふふっ、馬鹿な男)
唯一の心配事はレアの秘密を知る侍女たちの存在だったが、ラファエルのことだ、きっとレアが失踪した時点で責任を追及してどこかの部屋に閉じ込めるなりなんなりしてそばから追い出すだろう。スーリンたちにはこれからレアのしようとしていることについては嘘の情報を与えてあるから、例え彼女たちから情報を聞き出そうとしても無駄であるし、落ち着いたら呼び寄せて今よりも素敵な暮しをさせてやると言ったレアの言葉を信じている彼女たちは、そう簡単には口を割らないはずだ。
スーリンたちはレアの「秘密」を知ることで、家族以上の強い結束をレアに感じている。「あなたたちだけがわたくしの味方よ」という言葉を信じている彼女たちはそう簡単に裏切らない。
(わたくしがいなくなったあとも問題ないわ。お父様は馬鹿じゃない。ローズ一人を差し出せば丸く収まる問題なら、あんないるのかいないのかわからないような出来損ないなんて、すぐに差し出すでしょうし)
あんな無能で不細工なローズを押しつけられるラファエルには同情するが、彼も為政者としての自覚がある人間だ。ローズを受け取っておけば問題が片づくならそうするだろう。この問題を大ごとにしてしまうと、例え被害者であろうとも、彼自身も多少のダメージを負うからだ。
(あの役立たずにも利用価値があったんだから、感謝してほしいものよね)
父も母も厄介払いができて満足するに違いない。
「ふふふっ」
「楽しそうだね」
背後から愛しい男の声がして、レアは笑顔で振り返る。
「ええ。だってもうじき、あなたと一緒になれるんですもの」
「昨日からそればかりだね」
小さく笑った男は、レアの隣に立って彼女の肩をそっと引き寄せた。
「僕は一生君を離さない」
レアはその言葉に満足して頷くと、日差しを反射してキラキラと輝く海に視線を投げる。
海も空も、まるでレアの前途を祝福しているかのように美しかった。