レアの捜索 6
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昼食は、昼前になって部屋にやってきたラファエルと一緒に取ることになった。
レストランへは向かわず、部屋のバルコニーに食事を用意させるという。
ローズの部屋に入ってきたラファエルは、ローズを見て優しく微笑んだけれど、どうしてだろうか、憤っているように見えた。
バルコニーにあるテーブルの上に食事が並べられる間、ソファに並んで座って待っていたが、ラファエルの口数は少ない。一言二言何かを喋っては、考え込むように黙り込む。普段饒舌な彼から考えると、あきらかにおかしかった。
(わたし……、何かしちゃった?)
気がつかないうちにラファエルを怒らせるようなことをしただろうか。ローズの胸に不安が広がる。ラファエルの言う通りローズは迂闊だから、何か失礼を働いたのかもしれない。
ここは謝った方がいいだろうか。だが、何が原因かもわからずにとりあえず謝ろうとするのは、ラファエルに対して失礼だろう。
ローズが悩んでいると、ソファの前のローテーブルの上の一輪挿しに気がついたラファエルが、そっといけられている赤い薔薇の花びらに触れながら言った。
「これは、俺が届けた薔薇?」
「そうです。素敵な贈り物をありがとうございます。花をもらうのははじめてだったので、すっごく嬉しかったです」
ローズがにこにこと答えると、ラファエルはまた黙り込んでしまった。
何かを思い悩むように顎に手を当てて俯いたラファエルは、唐突に顔をあげると、思いつめたように言った。
「レアが見つかろうとどうしようと、君を正式にマルタン大国へ招待しようと思う」
「え?」
あまりに突然すぎて、ローズはぱちぱちと目をしばたたいた。そして、ハッと息を呑む。ラファエルが急にそんなことを言い出すなんて、レアの行方を追うのは絶望的なのだろうか。
レアはまだ船の中にいるはずで、ラファエルがサービス係にレアを探すように告げているのに、依然として手掛かりはない。
だからラファエルは早々にレアを諦めて、レアの置手紙通りローズを冷遇妃として迎え入れよう、そう言いたいのではなかろうか。
「で、でも……」
ローズは胸の上を押さえて視線を彷徨わせた。
冷遇妃の未来を回避しようと決めたのに、どこにいてもローズの生活が変わらないのであれば、ラファエルの近くがいいと考えてしまうなんて、どうかしている。
その反面、こんなに優しくしてくれているラファエルが、ローズに冷ややかな視線を向けて、ほかに大勢の愛妾を抱え、会いにも来てくれない未来を想像すると胸が張り裂けそうだった。
戸惑っているローズに、ラファエルはふっと目元を和ませた。
「マルタン大国には綺麗なものがたくさんある。ローズには、それをいろいろ見てほしい」
どういうことだろうか。見てほしい、ということは塔に閉じ込められるわけではないのだろうか。ますますわからなくなって首をひねると、ラファエルがローズの頭を撫でる。
「もっと早くに気づいていればよかった。……そうしたら、もっと前に、君を救い出してやることができたのに」
ラファエルの言っている意味がわからない。
ローズが怪訝そうな表情を浮かべたとき、バルコニーに昼食の準備をしていたサービス係から声がかかった。準備が終わったようだ。
二人そろってバルコニーに向かうと、丸いテーブルいっぱいに食事が並べられている。ローズがもともといた船尾側の部屋で食べていた食事よりも豪華だった。おそらく無料のサービスではなく、別料金のサービスを使ったのだと思われる。
「特別にマルタン大国の料理を作らせたんだ。口に合うといいけど」
プリンセス・レア号はグリドール国の船なので、船内で出される料理はグリドールで食べられている料理ばかりだ。マルタン大国はエペーレ内海の南に位置する温暖な気候の国で、文化も食事も異なるという。ローズはもちろんマルタン大国へは行ったことがないし、かの国の文化についてもまったく知らない。並べられている料理はどれも見たことがないものだったが、どれも美味しそうで、ローズは知らない国の食事を前にわくわくしてきた。
並べられているものは肉料理が多いが、肉を塊で焼くステーキなどではなく、どれも一口大に切られていたり、スライスされたりしている。串に刺して焼いてあるものもあり、どうやって食べるのだろうかと悩んでいると、ラファエルが「手で持って食べるんだ」と言って実践したので、ローズは目を丸くした。
グリドール国の食事で手を使って食べるものは、パンくらいしか思いつかない。
ローズがラファエルに習って串焼きを手で持って口に運ぶと、ラファエルが嬉しそうに微笑む。
「ローズは抵抗がないんだな」
抵抗がないと言えば嘘になるが、嫌悪するようなものでもない。これが文化なのだから、そうやって食べるのがきっと一番おいしいはずだ。
肉の串焼きは、とてもスパイシーだった。ピリッとした刺激が舌の上に広がり、目を白黒させていると、ラファエルからサフラン色の米を勧められる。米料理はリゾットしか知らなかったローズは、固く焚き上げられている米に驚いた。
「色はついているが味はついていない。その串焼きは味が濃いだろう? 一緒に食べるとちょうどいいよ。ほかにも……、そうだな、その串焼きは牛だが、こっちは羊だ。牛よりはあっさりしていが、辛味はこっちの方が強い。こっちのサラダはレモン風味でさっぱりしている。これは豆を煮て潰したもので、味もしっかりついているからパンに塗って食べるといい。これは米をブドウの葉にまいて煮たもので、ブドウの葉は食べられないからはがして食べる。あとは……」
ラファエルが一つ一つの料理を解説しながらローズに食べるように勧めてくる。マルタン大国の料理はどれも美味しくて、嬉しそうに口に運んでいると、いつの間にかラファエルの機嫌も直ったようで、いつもの饒舌な彼に戻っていた。
「コーヒーの味も違うんだが、かなり濃いからな。ローズが飲むならミルクと砂糖を多めに入れなければ飲めないかもしれない。もし試してみる気があるなら、食後にどうだ?」
「ぜひ!」
ミルクと砂糖がたっぷりなら、きっと美味しいに違いない。
ローズが大きく頷くと、ラファエルが綺麗なザクロ色の瞳を優しく細めた。
「ローズ、ほかにほしいものはあるか?」
「ほしいものですか? 特には思い浮かびません」
ラファエルはアート・ギャラリーのパンフレットも、オペラのパンフレットも買ってくれたし、薔薇も贈ってくれた。それだけで信じられないほどに嬉しいから、ほかにほしいものは思いつかない。
「ドレスや宝石、そうだな……、望むならアート・ギャラリーの絵をすべて買い占めることだってできるけど」
「そんなことをしたらほかの人が見られなくなっちゃいます」
「……そうか」
ラファエルが手を伸ばして、ローズの口元についていたソースを拭う。
「ものでなくとももっとほかの、例えば君を――……いや、なんでもない」
ラファエルは言いかけて口を閉ざすと、料理の中からパイに似た一口大の甘いお菓子をつまんで、ローズの口元に押しつけた。ローズがそれを口に入れて微笑むと、ラファエルも微笑む。
「君が笑っているなら、俺はそれでいい」
ラファエルの言っていることはよくわからなかったが、ローズの口いっぱいに広がったパイはこれまで食べたどのお菓子よりも甘くて、その幸せな甘さにローズはふにゃりと微を緩ませた。