レアの捜索 2
くまなく探すとは言ったものの、ローズ自ら客室を回るわけにも行かないので、ラフェルの提案でプリンセス・レア号で働くサービス係の協力を得ることとなった。
というか、実はすでにラファエルが手を回していたらしく、すでに密かに船内の捜索活動は開始されていたらしい。
(最初から教えてくれればいいのに)
ローズは必死に考えたのに、すでにラファエルが先回りしていたとはちょっと悔しい。
サービス係たちから報告が上がるまで、ローズがすることは何もない。せめて一等客室の客への聞き込み調査をしようかと思ったが、それはラファエルに止められた。
「君はいろいろ迂闊だからね。聞き込み調査ついでに部屋に連れ込まれるくらいされそうだから、気が気じゃないから却下」
ラファエルのこの言い分はよくわからなかったが、言うことを聞かないならそれこそ寝る時だって張り付くぞと脅されれば、頷くよりほかはない。
ただ待っているのも退屈だろうと、昼食を取ったあとで、ローズはラファエルにゲーム・デッキに誘われた。船首側にある広い娯楽スペースで、テニスコートやプールなどがある。
プールに誘われたが水着がないと言えば、船内にあるショップに連行されてしまった。水着は布面積が少ないので心もとないが、ラファエルはなかなか強引なので、断ることができない。悠長に遊んでいる気分ではないのだが、「何もすることはないだろう」と言われれば確かにそうだったので、買ってもらったばかりの水着に着替えてプールに向かった。
そこで、ローズはラファエルから本物のモルト伯爵を紹介された。
モルト伯爵はラファエルがかぶっていたウィッグと同じ赤毛で、しかし目は栗色をしていた。身長はラファエルと大差ないほど高く、そしてラファエルよりも少し筋肉質だ。当然だが、顔立ちは似ていない。ラファエルと違い、モルト伯爵は眉が太く、雄々しい感じだ。
ぼーっとローズがモルト伯爵の顔を見つめていたら、ラファエルがムッとしたように眉を寄せた。
「何を見つめ合っているんだ」
すると、モルト伯爵が笑った。
「いや、レア王女の話と大分違うなって思って。なんというか……美人だな」
「そうだが、そんなに見つめるな。減るだろう」
「なんで減るんだ」
モルト伯爵とラファエルが軽口の応酬をしている。
「なるほど、殿下の機嫌がよくなったわけだ」
モルト伯爵がぽんっとラファエルの肩に手を置いて、「またあとで」と手をひらひらと振りながらテニスコートの方へ歩いて行った。伯爵はこれから友人たちとテニスらしい。彼らはレアの失踪にこれっぽっちも関心がないという。
ローズがラファエルとともにプールへ向かうと、広いプールなのに人は少なかった。航海は一か月もあるから、毎日プールにやってくるようなもの好きはおらず、初日は比較的人が多いものの、自然と人数が減っていくらしい。特にここは一等客室専用のゲーム・デッキのため、二等客室以下に宿泊している人が上がってくることもなく、ゆったりとくつろげるそうだ。
ローズはプールサイドまでラファエルに連れられてやってくると、キラキラと日差しを反射して輝く水面を見つめて硬直した。意外と深そうに見える。
「どうかした?」
先にプールに飛び込んだラファエルが、水面から顔をあげて訝しそうに訊ねた。
ローズは眉尻を下げた。
「えっと……、プールは、はじめてで」
ローズは生まれて一度も泳いだことがない。水の中に入ると言っても、せいぜいお風呂に入るくらいなもので、こんなに広くて深いプールは見るのもはじめてだ。
「ローズの身長でも足はつくぞ。そうだな。ローズは小さいから、肩のあたりまでは浸かりそうだが」
「肩……」
それはかなり深いのではないだろうか。
ローズが逡巡していると、プールの中からラファエルが両手を差し出してくる。
「ほら。俺につかまれば怖くないだろう?」
ラファエルがいても怖いものは怖いが、やけに自信満々に言われるので否定できない。
仕方なく、ローズは恐る恐るプールの中に入った。途端に、感じたことのない浮遊感と、足裏が安定しない恐怖にすくみそうになる。すぐにラファエルがローズを抱き寄せて体を支えてくれたが、肩のすぐ下まで水が着ていて、少し体勢を崩すだけで溺れそうなこの状況は素直に楽しめそうになかった。
「そうガチガチになられるとな……。仕方ない。このまま捕まっていろよ。あっちの方は水深が浅いから怖くないはずだ」
プールの水深は場所によって変わるらしく、今いる場所が一番深いそうだ。ラファエルが支えてくれて、そのままプールを進んでいくと、確かにだんだんと水深が浅くなっていく。
ローズの腰ほどの水深の場所に来ると、ラファエルは足を止めた。
「ここが一番浅い。そこに段差があるから、座るか?」
水深が浅くなったから先ほどのような恐怖は感じなかったが、プールの中を歩き回ったからか少し疲れた。
ローズは頷いて、ラファエルとともにプール側面に作られた段差に腰を下ろす。
「あの、ラファエル様は泳いできても大丈夫ですよ。わたし、ここにいるので」
ローズにつき合っていては、ラファエルは退屈だろう。
しかし、ラファエルは首を横に振った。
「そんな無防備な格好のローズを一人にしておけば格好の餌食だ」
「はい?」
「ともかく、俺もここにいる。飲み物でも頼もうか」
ラファエルがプールにいるサービススタッフを呼びつけてフルーツジュースを二つ頼んだ。ややしてサービススタッフが持って来たフルーツジュースは、ジュースの中にたくさんのカットフルーツが浮かんでいて、カラフルでとても可愛らしかった。
「しかし君は泳いだこともないのか。……泳ぎを教えてやってもいいが、さっきの感じだとあまり好きそうではないな。ほかに、何か気になったものはないのか?」
基本的に城の部屋から出ることがなかったので、訊かれたところでなにも思いつかない。ローズの娯楽と言えば、本を読むかミラと話をするかくらいなもので、世の中に何があるのかもあまり詳しくないのだ。
ローズが返答に困っていると、ラファエルの顔が曇った。
「本当に……人の話は信じるものではないな」
ラファエルがグラスの中のフルーツをスプーンですくってローズの口元に近づけた。朝からずっとラファエルに食べ物を運ばれ続けたからか、すっかり慣れてしまったローズは素直に口を開く。
ローズにフルーツを食べさせながら、ラファエルが言った。
「そうだな。絵や本が好きなら、あそこなら楽しめるかもしれない。ローズ。夜にでも劇場にいかないか? 今夜はオペラの公演がある」
「オペラ!」
見たことはないが存在は知っている。いつだったか、ミラが城下で流行しているオペラの原作小説を持ってきてくれたことがあって、そのときにいろいろ話を聞いたのだ。
ローズが興味を示したからか。ラファエルがホッとしたように息を吐いた。
「ようやく笑った……」
ラファエルがそういうほどに、ローズの顔は強張っていたのだろうか。
ラファエルが運ぶフルーツを食べながら、ローズはそっと自分の頬に手を添えた。
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