冷遇妃の未来は「ウェルカム」ボードを持って待っている 2
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「部屋を移るって、どういうことですか?」
ラファエルの言っていることがよくわからず不思議そうな顔をするローズに、彼はにこやかに答えた。
「君にはレアが使っていた部屋に移ってもらう」
「え⁉」
「君は、俺と協力してレアを探すのだろう?」
「そうですけど……」
それがどうして部屋の移動につながるのだろう。
ラファエルは長い足を組むと、さも当然だろうとばかりに言う。
「俺の部屋は船首側。ここは船尾側。遠いじゃないか」
「…………」
(だから何?)
ローズは部屋が遠くてもかまわない。むしろ、遠い方がいい。なぜならラファエルの部屋の隣がレアの部屋で、その部屋にはレアの使用人が五人もいる。そのほか護衛が三人いたはずだ。彼らはローズを見たら嫌な顔をするだろう。王にその存在を否定される第二王女は、城の使用人たちからも嫌われている。
それに、ローズは本来、部屋から出ないようにと国王から厳命されていて、それを破ってふらふらしているところが見られると非常にまずい。レアの部屋に行くなどもってのほかだ。
ローズが頷かないからだろうか、ラファエルが続けた。
「協力してレアを探すのだから、近くにいた方がいろいろと都合がいいだろう? それに、レアの部屋にも何か手掛かりがあるかもしれない。婚約者と言えど、男が女性の部屋をひっくり返して探すのは問題だ。その点ローズは女性でレアの妹。君に部屋を移ってもらうのが一番てっとり早いとは思わないかい?」
そう言われればそんな気もしてくるが、うまくレアが見つかっても、のちのち部屋を移動したことを父王に咎められるのでは、ローズの未来は明るくない。
国王はいつでもローズを幽閉する準備はできていて、それをしないのはただ単に外聞が悪いからという理由だけなのだ。だが、ローズが自分の命令に背いたと知ると、プリンセス・レア号から降りたローズの未来は冷遇妃の未来と何ら変わらないものになる。
ローズが難しい顔をして黙り込んだからだろうか、ラファエルがオレンジケーキを勧めながら言った。
「ほかにも何か心配事が?」
ローズは逡巡した。ローズ側の事情を話しても問題ないだろうか。話さなければきっとラファエルには理解されないだろうが、果たしてその話を彼が信じてくれるかどうか。
悩むローズの口元に、一口大に切ったオレンジケーキが押し当てられる。
顔をあげるとにっこりと微笑まれたので、おずおずと口を開けば、口の中にケーキを押し込まれた。
先ほどから思うけれど、どうしてラファエルはローズにお菓子を食べさせたがるのだろう。
「おいしい?」
もちろんおいしいので、ローズはこくんと頷く。
オレンジリキュールがふんだんに使われていて、オレンジピールも練り込まれているから、しっかりとしたオレンジのさわやかな風味が感じられてとても美味しい。
にこにこと笑うラファエルは本当に機嫌がよさそうで、彼が未来でローズを冷遇妃として塔に軟禁するなんてとてもではないが思えない。
しかし、ここまでの未来があたっているのだから、ローズの脳にある未来の記憶は間違っているとは言えず、記憶と現実のギャップに戸惑ってしまう。
(でも……今の彼なら、話せば信じてくれるかも……)
冷遇妃の未来を回避できたとしても、父王に同じような目にあわされるのであれば意味がない。
ローズがおずおずとレアの部屋に移れない理由を語ると、黙ってローズの話に耳を傾けてくれたラファエルが、徐々に表情を険しくした。
それは、ローズの記憶にあるラファエルの不機嫌な顔を同じで、思わずびくりと肩をすくめてしまう。
「……一か月も船室に閉じこもっていろ。本当にそんな命令をされたのか?」
この様子では、信じてはもらえなかったようだ。国王はローズにはひどく冷淡だが、王としては賢王と呼ばれている。その優れた君主が、娘にそのような命令を下すとは、到底思えないだろう。当然のことだ。
(失敗しちゃったな……)
信じてもらえるどころか、これでラファエルのローズに対する心象も下がった。今までにこにこと微笑んでくれたのに、すっかり険しい表情を浮かべてしまった彼の様子に、ローズの胸がズキンと痛んだ。
冷遇妃の未来は回避したいが、ここで知り合った彼はいつも優しかったのに――
「……これは一度、調べる必要がありそうだ」
ラファエルがぼそりと言ったが、落ち込んでいるローズの耳には入らなかった。
俯いて、ぎゅっとドレスのスカートを握りしめていると、突然口元にぴとっと何かが押し当てられてハッとする。
顔をあげると、先ほどまで険しい表情を浮かべていたラファエルが、再び笑顔に戻っていた。
「次はマカロンだ」
驚いて半開きになった口に、一口大のマカロンが押し込まれる。
ピスタチオの香りに目を白黒させながら、かしゅっとマカロンをかみしめると、口の中一杯に幸せな甘さが広がった。
「大丈夫、俺の命令だと言えばグリドール国王も何も言わないさ。だから、俺の隣の部屋に行こう。もしそれでも何か言われるようなら、簡単なことだ。俺の国に来ればいい」
ちょっとお宅訪問をするような簡単な問題ではないのにラファエルがそんなことを言うから、ローズはうっかり笑ってしまった。
「ああ、君はそうやって笑っているといい。子供みたいに裏表ない君の笑顔が、俺は存外気に入っているんだ」
優しい表情のラファエルがローズの頬に軽く触れるから、ローズの心臓がドキリと大きく揺れた。
(……まさか、信じてくれたの?)
口の中一杯に広がる甘さとラファエルの微笑みに、どうしてだろう、ローズはちょっとだけ、泣きたくなった。