第9話 仕事はみんなで分散しないとね。あと頑張ったらちゃんと褒めて!!
パヤック村の住居や各種作業に使う道具の修理、更に怪我人の治療等々、存分に働きまくった私だけど、この村の村長にしてコルド達の父親であるゴードンさんが帰って来たことで、そうもいかないらしいことが分かった。
理由は単純。この村は今、食料がないから。
魔物が跋扈する森の中、いくら食べられる物がたくさんあろうと、それを回収してくるのは命がけだからね。中々思うように作業が進まなかったんだって。
「はーい、皆さん食料採れましたー? じゃあ帰りましょうかー」
まあ、私は魔物避けの魔道具があるから関係ないんだけども。
「待て待て待て、なぜ魔物が一体も出ない!? どうなってるんだ!?」
「いえですから、魔物避けの魔道具使ってるので。獲物と交戦中とかで興奮状態の魔物が運悪く突っ込んでこない限り、向こうから距離を置いてくれますよ」
夕焼けに照らされる森の中、獣人の皆さんと一緒に先ほどのリベンジということで採取にやって来た私は、キノコや木の実、食べられる野草等の食料を持てるだけ持ち、未だ魔物に対する警戒が抜けきらないゴードンさんにそう説明した。
魔物っていうのは大抵、自分より強い魔力を放つ存在は避ける存在だからね。その魔力感知を誤認させ、実態より強く見せる特殊な魔力を放射する魔道具を持ち歩いているのだ。
その名も、『魔物バイバイ君九号』。同僚達には比較的マシなネーミングだと言われた一品。でも獣人の皆さんには微妙な顔をされた。なぜ?
「確かに、普段ならもう三度は魔物に出くわしているところだし、効果のほども信用するしかないが……今の説明だと、運が悪ければ遭遇するということか?」
「そうですねー、ちょうどそこに出ましたし」
「何!?」
噂をすれば影とでも言えばいいのか、村に帰ろうとする私達を出迎えたのは例の熊魔物。
随分と興奮して私を睨み付けてるその様子を見るに、昼間コルド達を助けるために撃退した子かな? あの一件を根に持ってるみたい。
「まずいぞファミア、あれはライオベア……! この森に出没する魔物の中でも特に強力な奴だ。真っ向から立ち向かえば今の俺達ではとても……!」
「ふっ」
ゴードンさんが何やら解説してくれている間に、私は細長い筒状の武器――吹き矢を取り出し、ライオベアへと一射。
別に達人というわけでもなんでもない私の放った矢は、特別強大な威力を持っているでもなんでもなく、ライオベアの皮膚にほんのちょびっとだけ傷をつけ――
「グオォォォ!?」
その瞬間、ライオベアは悲鳴を上げながらその場に崩れ落ち、もがくように苦しみ始めた。
よし、ちゃんと機能してるね。良かった。
「なっ、なっ、なっ、何を、一体何をしたんだ……!? ライオベアが一瞬で……!?」
「毒……とはちょっと違いますけど、触れた相手の体内魔力をかき乱す魔法を込めた魔道具です。魔力がない普通の動物や獣人、私みたいな人間には効果ないですけど、こういう強力な魔物ほど魔力を持て余して動けなくなります。それより、後はお願いしますね」
「む?」
「これ、効果時間はそれほど長くないので、トドメ刺しちゃってください。今日は熊鍋ですよ!!」
「あ、ああ……」
私がさあさあと促すと、ゴードンさん以下獣人の方達が武器を構え、ライオベアへ殺到。サクッとトドメを刺していく。
魔物の肉はちゃんと調理すればかなり美味しいって聞くし、今夜はご馳走だ!!
……と思ったんだけど、ゴードンさん達は微妙に納得がいかない表情。どうしたんだろ?
はっ、もしや熊獣人がいる前で熊肉なんて食えない!! みたいなのあるんだろうか? だとしたらちょっと今の発言はヤバかったかも!?
試しにそれとなく聞いてみれば、「熊獣人と熊を一緒にされても困る」とのこと。
「人間と猿を同じだと言われたらどう思う?」と聞かれたので、そういうものなのかと納得した。
「じゃあどうして浮かない顔を?」
「いや……大したことじゃない。こうもあっさり倒されるのを見ていると、今までの俺達はなんだったのかと思ってな……」
情けない話だが、とゴードンさんは自嘲するように笑う。
村一番の戦士として、みんなを守らなければいけない立場なのに、結局は誰も守ることが出来ていなかったんだと。
……ふむ。
「ゴードンさんは気負い過ぎですよ、もっと肩の力を抜いていきましょう!」
「そういうわけにもいかん。俺は村長で……」
「それですそれ! 村長だからって、何でもかんでも背負わなくていいと思います!」
村長だろうが何だろうが、それで何もかもこなせなきゃダメだなんて間違ってる。
私も、そうだった。
下働きだから、扱き使われるのが役目だからって押し付けられる仕事の山を全部一人でこなしていた。
でも、そんなのはいつか必ず破綻する。
「今だってそうですよ、ゴードンさん達だけじゃこの魔物は倒せなかったかもしれないですけど、私だけでも足止めしか出来ませんでした。こんな細腕じゃ、どんな武器で攻撃しても大してダメージにならないですしね」
むん、と力こぶを作ってみても尚ぷにっぷにな自分の腕を指して笑えば、ゴードンさんは驚いたように目を丸くした。
「みんな同じです、一人じゃどうしたって限界があるから、みんなで協力して頑張らないとダメなんですよ。それに……ゴードンさんがみんなを守れてないなんて、私は思いません」
「どういうことだ?」
「ほら、先ほど皆さんが戻った時、炊き出ししましたよね? あれ、私じゃなくて村のみんなの発案なんですよ。余裕があるなら、外回りから戻ってくる戦士の皆さんをちゃんと労いたい。いつも村のために頑張ってくれているから、って」
「……!!」
元々、獣人達が住む村だってことでここに住みたいと言い出した私だけど、そんな村人たちの姿を見て、今は獣人がどうとか関係なく力になりたいと思ったんだ。
みんながみんなを尊敬して、感謝して、その頑張りを労える温かい環境。私も、その一員になりたいって。
「だからゴードンさんも、戦士の皆さんも情けないだなんて全く思いません。今日討ち取ったこの戦果も、私達みんなで勝ち取ったものですから。胸を張って、凱旋しましょう!」
ね? とウインクを飛ばしてみると、その場にしばしの沈黙が横たわる。
あ、あれ? ちょっとあざと過ぎた? 私まだ二十歳前だし全然若いはずなんだけど、流石に子供っぽすぎたかな?
「ハハハ! そうだな、俺達の役目は誰が活躍したかじゃない。狩った獲物を手に、村はもう安泰だと自信を持って示すことだ。お陰で大事なことを思い出せたよ、礼を言うぞファミア」
「えーっと、どういたしまして?」
ゴードンさんの大きな手に肩をバシバシと叩かれ、ちょっと、いやかなり痛い。
それだけで終わらず、他の戦士の人達からも背中を叩かれたり頭を撫でられたり……いやちょっと、スキンシップ激しいね獣人の皆さん! いや私としては全然構わないんだけども!
「よし、仕留めたライオベアを持って村に帰るぞ! 俺達の村に新たな仲間が出来た祝いだ、今晩は宴だぞ!!」
「「「おぉー!!」」」
歓声が上がり、戸惑う私の体をゴードンさんがひょいと肩車する。なんでも、今日の主役が一番目立たなくてどうするということらしい。
別に構わないと言ったんだけど、他の皆さんも頑としてそれを譲ろうとしないので、ひとまずはそれを受け入れることに。
「あはは、流石にちょっと照れちゃうね……」
こうして私は、正式にパヤック村の一員として迎え入れられるのだった。