第5話 転職先は不憫でボロボロなもふもふ村に決めました。自己アピールはしっかりとね!
「なるほど、そうですか……うちの子供達を助けてくださって、ありがとうございます、ファミアさん」
ボロ家だらけの中では比較的まともな建物にて、私はコルドとシリルの母親だという人物に紹介され、頭を下げられていた。
シリルによく似た銀色の髪に、優しそうな垂れ目。そして何より線の細い見た目ながら立派にピンと立った狼の耳。ふむ、素晴らしい。
「いえいえ、たまたま通りがかっただけですから、気にしないでください。むしろご飯までいただいちゃって、私の方が助かりました。ありがとうございます、サーナさん!」
リンゴをすり潰し、香草で薫り付けをしただけのシンプルな料理を指して、私も頭を下げ返す。
なんでも彼女、この村を取り仕切る村長の奥さんだということで、結構なお偉いさんだ。コルド達、一応はお坊ちゃんとお嬢様ってことになるのかな? 意外。
「そうは言っても、そのリンゴですらファミアさんが採ってきてくださったものですし……本当なら、子供達を救っていただいたこの恩義、しっかりお返ししたいところなのですが、村はこの通りの有様で……我が事ながら、情けないことです」
「ええっと、差し出がましいかもしれませんが、なぜこのような状態に? やっぱり、立地とか……私達人間に関係するんでしょうか?」
言いにくいであろうことを、敢えてこちらから尋ねてみる。
すると、やはり私の予想は間違っていなかったのか、その表情を曇らせながらサーナさんは語り出す。
「……はい。元々、私達獣人はもっと南にある広大な森で暮らしていたのですが、人間による奴隷狩りが横行する中で土地を追われ、ここに流れ着いて来たのです。しかし……」
聞くところによると、この辺りは土地が肥沃で特別農地を作らなくても食料がたくさん採れるし、その点で見れば天国みたいな所らしい。
ただ、あまりにも肥沃過ぎる大地が魔物の発生を生み、この村に度々襲い掛かって来るんだとか。
うん、大体予想通りか。
「魔物は強力で、村の戦士達は度重なる戦いの中で疲弊し、頼りになる男手はどんどんと失われていきました。村の建物や道具、戦いの武器を整備するにも、防護柵が最優先で手が回らないまま、慣れない土地で病人と怪我人ばかりが増えていく……そんな状況で、私も……げほっ、げほっ!」
「お母さん!」
「大丈夫か、母さん!」
「大丈夫よ、心配しないで」
どうやら、サーナさん自身も何かの病気を患っているみたい。
それで、コルドとシリルの二人は、どうにかお母さんに元気になって欲しくて、食料を求めて村を抜け出したのだと。
うぅ……二人とも、いい子だね……!!
「すみません、なんだか人間を責めるような形になってしまい……」
「いえ、大丈夫ですよ。実際、その通りですしね」
全く、こんな素晴らしきもふもふ達を困らせるなんて、人間許すまじ!! 特に奴隷商、お前らだよ元凶は!!
「なので、ここは私に任せて貰えませんか?」
「任せるって、一体何を……?」
「私達人間が迷惑をかけたお詫びに、この村を私が再建します! それはもう、マジ天国か! ってくらいに!!」
ふんすと胸を張りながら、私は豪語する。
いや、正直言えば別に本気でどこぞのクソ奴隷商の行いに責任を感じてるわけじゃないんだけど、私が協力するにも何かしらの理由付けは必要だからね。精々利用させて貰おう。
主に、私がこの村で過ごすために。
ここで、私の夢のスローライフを……獣人達とのもふもふ天国を作り上げるために!!
「そ、それはさすがに……」
「分かります、私も所詮は人間ですから、信用出来ないんですよね? ですがどうか、一度だけでいいのでチャンスを!! 絶対に結果と行動で示してみせます!!」
「いえそういうわけではなく……お礼も出来ませんし……」
「お礼なんてそんな、この村に置いて貰えるだけで十分です!! ぶっちゃけますと私も人の町を追い出された口なので、行く当てがなくて困ってたんです!!」
嘘は言ってない。辺境の町に向かうつもりではあったけど、そこでも似たような売り込みをして、強盗から巻き上げたお金で家を買って過ごすつもりだったし。その場所がここになっただけだ。
「お母さん、ファミアさんを家に置いてあげて?」
「俺もシリルに賛成だ。人間はムカつくけど、こいつは悪い奴じゃないって!」
私が必死に頭を下げていると、コルドとシリルの二人が一緒になって頼み込んでくれた。
うぅ、二人とも、ありがとう……!
「それに母さん、ファミアはすげーんだぜ、俺でも使えるような魔道具を作れるんだ! こいつなら本当に村を救えるかもしれない!」
「コルドが使える魔道具を? 本当?」
「はい!! これでも魔工師なので、魔道具製作はお手の物です!! 主に、魔力が無くても使える魔道具を手掛けておりました!!」
主に自分のためにね。人の町じゃあまり需要がないから、発想だけパクられることが多かったけど。
「それ以外にも、炊事洗濯掃除その他雑用なんでもこなせます!! 何なら食料を獲りに森にだって入りますとも!!」
「それは……二人の話を聞くに、本当なのでしょうね」
熊の魔物の件は既に話してあるし、そこから無傷で逃げ帰った実績はちゃんと評価されてるみたい。
よしっ、あとひと押し!!
「それから、病気や怪我の治療も……本職ほどじゃないけど出来ますよ!! サーナさんの体も治せるかも……ぶべっ!?」
「本当か!? なら頼む、母さんや村のみんなを助けてくれ!! 何でもするから!!」
「わ、分かった、分かったから降りてコルド……!!」
私の精一杯のアピールがよほど響いたのか、コルドが私に飛び掛かりながら懇願してきた。
いやまあ、作業中に出た怪我人を誤魔化すために覚えた技能だから、そこまで役に立つかは微妙だけど……それはそれとして、今なんでもって言ったよね? 忘れないよ? ぐふふ。
「お母さん……」
シリルもまた、懇願するような目でサーナさんを見詰める。
その瞳に浮かぶ案じるような光を見て、サーナさんもようやく折れてくれた。
「分かりました、主人の方は私から説得しますので、是非ともこの村に滞在してください」
「ありがとうございます!! じゃあ、早速ひと働きさせて貰いますね!!」
新しい環境では、最初の第一印象が大事だ。
ひとまず、コルドとシリルの二人を助けたことでそれなりに好意を持って貰えてることだし、ここでもっと出来る女アピールしておいた方が、スムーズに村で受け入れられるはず。
まあ、タダとは言わないけどね。散々ブラックな環境でやってきたんだから、頑張った分はちゃんとコルドに支払って貰いますとも。ぐふふ。
「何をするんですか?」
「そうですねえ、薬なんかはまだ材料とかの問題がありますし、ひとまず……」
私はその場から立ち上がり、周囲に視線を巡らせる。
そして再びサーナさんと顔を合わせ、にこりと。
「この家、リフォームとかしたくないですか?」