第10話 労働には正当な報酬が必要なのは確定的に明らかなので、つまりはそろそろもふもふをお世話したい!!
「さてコルド君や、私は今日頑張ったと思うのですよ」
戦士のみんなとライオベアを討伐したその日の夜、私はひとまずの宿泊先としてあてがわれた村長宅の一室にて、コルドと対峙していた。その隣には、シリルの姿もある。
無駄に神妙な態度で自らの頑張りをアピールする私に、コルドは少し訝しみながらも頷いてくれた。
「そうだな、ファミアのお陰でみんな夜は腹一杯喰えたし、家もすげーしっかりしたのになった。めっちゃ感謝してるよ」
「明日はサーナさんや、他にも病気の人達のために色々動こうと思ってるけど……そのためにも、今晩はしっかり英気を養う必要があると思うのね」
「それはそうだな、母さんや病気のみんなのことは心配だけど、今日明日に死んじまうような状態じゃないんだろ?」
「うん、それは大丈夫だと思う。だからね? 私にも一つご褒美が欲しいなと思うわけですよ」
「ご褒美……?」
こてりと首を傾げるシリルに、私は大きく頷いた。
そう、ご褒美。頑張った人には、ちゃんと相応の報酬が必要だと思うわけですよ。
もちろん、魔物肉の美味しい部分たくさん貰えたし、労いや感謝の言葉もたくさん聞けて、とても充実してる。
でも、それはそれ。私が最も欲して止まないものをまだ貰えてない。
「分かった、俺は何すればいいんだ?」
何でもこいとばかりに身構えるコルド。
そんな彼に対して、私は堂々とその要求を口にした。
「一緒にお風呂入ろう」
「よし分かった風呂だな! ……ってなんでだよ!? おかしいだろ!?」
途端、なぜかコルドは怒り出す。
失敬な、何もおかしいところなんてないよ!
「私はただ、コルドと一緒にお風呂に入ってその体を丹念に洗ってあげたいという至極真っ当な報酬を要求しているだけだよ!!」
「どこが真っ当なんだよ!? ていうかなんで俺!?」
「昼間触った時、せっかくの綺麗な毛がベタっとしてたから勿体ないなって。今すぐにでも洗ってふわっふわにしてやりたい。そしてあわよくば撫でまわしたい」
まあ、ついさっきまで日々を生きるのに精一杯だった村だし、ちゃんと体を洗う余裕なんてなかったんだろう。
近くに川が流れてるから、水浴びくらいはしてるのかもしれないけど、コルドはそれが雑なのかシリルと比べても特に毛の状態が悪かった。
せっかくのもふもふを手入れの甘さでダメにするなんてもっての外。ここは私が徹底的に処置してやらねば!!
「おいシリル!! ファミアの奴なんか怖いんだけど!? こいつ何考えてんの!?」
「えーっと、精霊達は普通にしてるから……少なくとも、コルドを虐めたいわけじゃないと思うよ」
「本当かよ!?」
若干鼻息荒く詰め寄る私に、身の危険を覚えたコルドが部屋の隅まで後退してしまった。
ぐぬぬ、ちょっと欲望を曝け出し過ぎたか。反省。
「まあ、無理強いするつもりはないけど……明日にはサーナさん達病人のみんなをお風呂に入れて体を綺麗にしてあげたいから、それまでに獣人の誰かと一緒に入ってちょうどいいお湯加減を試しておきたいっていうのもあるんだよね」
「そ、そうなのか?」
こくりと頷くと、コルドは半信半疑な様子で困惑してる。
まあ、体や生活空間の衛生環境が病気の原因だとかって話は人間の間でもつい最近分かって来たことだしね。コルド達が分からなくても無理はない。
「というわけで、これは決して私の欲望を叶えるためだけのものじゃないんだよ!! だからコルド、出来ればシリルも一緒に入らない?」
「私は……いいですよ」
「ほんと? やったー! シリル大好きー!!」
「ふわっ……えへへ」
感極まって抱き締めると、気持ちよさそうに私の胸に鼻先を擦り付けて来た。
すんすんと匂いを嗅がれてちょっとくすぐったい。
「ファミアさん、いい匂いです……それに思ったより柔らかい……」
「シリルもちゃんと洗えばこんな匂いするようになるよ。ただ思ったよりってどういうことかな? ん?」
「ええと……ごめんなさい?」
私だって一応は成人してますからね? まだまだお子ちゃまなシリルに比べたら全然胸だってありますとも。多少貧相っていうだけでちゃんと柔らかいよ!! ただでさえ微妙なサイズに着痩せが入ってまな板に見えるだけで!!
「こうなったらシリルにはお仕置きが必要だね……全身くまなくこの手で徹底的に洗ってあげるから覚悟しなさーい!」
「え、ええと……お、お手柔らかにお願いします……」
「ま、待てファミア!! シリルに何をするつもりだ!?」
「知りたい? 知りたければコルドも一緒に入るといいよ」
私の再度のお誘いに、コルドは一瞬だけ硬直。
長い長い葛藤の末、ついに……。
「わ、分かった……元々俺に出来ることならなんでもするって言ったしな。入ってやるよ一緒に!! 俺の体を好きにしろぉ!!」
「よく言った。じゃあ、早速行こうか?」
コルドの言葉に、私はにんまりと笑みを浮かべる。
実は最初からこれを見越して、村長邸の一室にしっかりとお風呂場を作っておいたのだ。二人を伴い、まずはそこへ。
「水汲みは昼間の内に済ませておいたし、あとは魔道具で温度調整を、と」
ぽちゃんと水の中に放り込んだ魔道具から、ぶくぶくと泡が出る。
使用者の意識した水温まで、魔力の続く限り温めてくれる便利な魔道具だ。これは王都じゃ普通に流通してる奴だけど、もちろん魔力がない私でも使えるようにカスタマイズはしてある。
「それじゃあ後は、お風呂が沸くまでの間に二人とも体洗おうかー♪」
「はーい」
「くそぅ……ファミアお前、女のくせに恥ずかしいとかないのかよ……」
王都から持ち込んだタオル一枚の恰好でお風呂場に立つ私に、コルドが顔を真っ赤にしてそう言った。
おやおやぁ? やたら嫌がってると思ったら、そういうことですか。むふふ、可愛いね。
「ぜーんぜん? コルドこそ、そういう風に色気づくのはまだ五年は早いぞー?」
「俺だってもう十二だっての!! ってうわっ、抱き締めんな!!」
暴れるコルドを抱き締めて、水桶で石鹸を泡立ててからその体を優しく洗う。
獣人として、幼いながらも過酷な自然を生き抜いてきたからか、瑞々しい体はスラっと引き締まっていて意外と逞しい。
「ひうっ!? こら、そんなとこ、やめっ……!!」
「あー、動いちゃダメだよ、こういうとこが汚れ溜まりやすいんだからねー」
優しく優しく、体の汚れを落としてやった後、髪の毛や尻尾なんかも洗ってあげる。
「わふっ、ふおぉ……!?」
コルドが逃げ出さないようにしっかりと胸に抱きながら、ベタついた毛を丁寧に揉み洗い。
くすぐったいのか、変な声が漏れそうになるのを必死に堪えてる姿が何とも可愛らしい。
「ま、まだか……!?」
「もうちょっとだけー」
すごく悪戯心を刺激されるけど、初めてのお風呂で苦手意識を持たれても困るから、ここは我慢我慢。
真面目にしっかり全身を洗って、最後に頭から水をかけて泡を洗い流す。
「はい、目を閉じてねー」
「んっ……!」
ざばぁー、と流し終えると、水に塗れてぺたっと体に毛が張り付いたコルドが現れる。
その感触が気持ち悪いのか、すぐにぷるぷると体を振って水を弾き飛ばす姿は、まさにワンコそのものだ。
「お兄ちゃん、こっち飛んでるから!」
「わ、悪い」
「ふふっ、それじゃあ次はシリルだよ。コルドは先に湯舟入って? あ、熱かったりしたら調整するから言ってね」
「分かってるよ」
そそくさと逃げるように湯舟に飛び込むコルドに苦笑しながら、今度はシリルの体をコルドと同じように洗ってあげる。
丁寧に優しく、綺麗になれと心を込めて。
「ふあっ、あふっ、ふあぁ……♪ ファミアさんの手、気持ちいいです……」
「そう? ふふふ、ありがとうねー?」
コルドとは打って変わって、すっかりリラックスした状態で体を預けてくれるシリルの可愛さに、私の顔はもう緩みっぱなしだ。
ふふふ、反抗的でやんちゃなコルドに、人懐っこくて愛らしいシリル……いやぁ、二人とも可愛いなぁ……!
「今更だけどさ、ファミアにとってこれが本当に報酬になるのか?」
「え? うん、それはもう。二人とも可愛いし、お世話するの楽しいもん」
「ふーん、変なヤツ。……あと、俺は男だから可愛いって言われても嬉しくないぞ」
湯舟に顎まで浸かったコルドが、顔だけ出してジトリとした視線を送って来る。
うんうん、そこまでしっかり浸かって大丈夫なら、問題なさそうだね。やっぱり、獣人と言っても動物よりは人間に近い体なのかな?
それにしても、変なヤツかぁ。まあ、人間なのにこうして獣人の村に定住しようとしてるんだし、変わり者と言われればその通りなのかも?
「さて、シリルも終わり! それじゃあみんなでお風呂入ろうか」
「はいっ」
シリルの体も流し終わり、三人で湯舟へ。
シリルも特に水温に問題ないようで、二人揃って随分とまったりしていた。
……コルドだけ、私に背中向けてるけど。
「お風呂あがったら、しっかり乾かしてあげるからねー。あと寝る時も一緒がいいんだけど、ゴードンさん達許してくれるかな?」
「ここまでやっといて今更だろ。別に構わないよ」
「おおっ、コルドからそう言ってくれるなんて……うしし、やった! ぎゅってしながら三人一緒に寝ようねー♪」
「は、はいっ」
「本当に変なヤツだな、お前……けど、俺達がこんだけしてやったんだから、明日はちゃんと母さんやみんなのこと治してくれよ」
恥ずかしがりながら、あくまでもお母さんや獣人の仲間のことを優先するコルド。
ふふ、初めて会った時もそうだったけど、優しい子だよね、ほんと。
「うん、もちろん頑張るよ。一朝一夕で即回復とはいかないだろうけど、みんな元気にしてみせるから。二人にも手伝って貰うからね?」
私がそう言うと、二人揃って元気な頷きが返って来る。
よーし、私のためにひと肌脱いでくれた二人のためにも、明日はもっと頑張るぞー!




