第1話 どうせクビになるなら最後くらい思いっきり不満ぶちまけたいよね?
「仕事が回らないのは私じゃなくてそっちのせいでしょうがばぁーーーか!!」
言ってやった。いや、言ってしまっただろうか?
目の前でぷるぷると破裂寸前のトマトみたいな顔をして震えているこのハゲ……げふん、リベイク・ボンビーノ伯爵は、私の上司。この魔工師ギルドを取りまとめるギルドマスターだ。
その肩書通りのお偉いさんで、貴族なだけに結構なコネがある相手にこの発言。ちょっと、いや結構問題があるんだけど、言ってしまった言葉は今更戻って来ない。
でも、それくらい言いたくなるのも仕方ないと思うんだ。何せこのハゲ、つい今しがた唐突に私のことをクビだと宣告して来やがったのだ。何も悪いことしてないのに。
「ふぁ、ファミア・キャンベル貴様!! 言うにことかいて、このワシに向かってバカじゃと!? 魔力も持たない身でありながら魔工師として使ってやった恩を忘れおって!!」
魔工師というのは、魔道具を作る専門の職人のこと。
魔力を込めることで誰もが特別な訓練をせずとも魔法を使えるようになる魔道具は、今や様々な用途で活用されている。
日用品のランプや、水の出る水道、洗濯に料理に旅先の獣避けに、果ては軍隊の装備品や楽団員のパフォーマンスにまで。
それはもう、魔道具無しには生活が成り立たないと言っていいほどの状態で、当然、それを作り出す職人というのはどんな場所でも重宝される。
……普通なら。
でも私の体には、なんと魔力が全くない。生まれつきすっからかん。
いくら訓練なしに誰でも魔法を使えるのが魔道具だと言っても、魔力がなきゃどうしようもない。
魔道具の作動を確かめるにも魔力がいるし、そういう意味ではハンデのある私を雇用して貰ったことには感謝してもいい。
でも、だからってこれはないと思うの。
「そっちこそ、魔道具の設計に実験器具の用意に経費計算掃除に外回りにその他雑用に、どんっっっだけ私を働かせれば気が済むんですか!? その癖ボツになった案件の責任まで押し付けて来るような人なんてバカで十分ですよバカバカバーーカ!!」
元々私は、私みたいに魔力がない人でも使える魔道具を作ろうと考えてこのギルドに入り、それに向けてちゃんと努力もしてきた。
下働きとして扱き使われようと文句の一つも言わず、時間を見ては魔道具の設計開発に携わり、仕事を覚えてギルドに貢献し続けて来た。
その結果……気付けば、次から次へと山のような仕事を押し付けられるのが当たり前になっていたのだ。
働けど働けど終わらない仕事に、全く増えない給料。その癖責任だけ無制限に引き上げて、少しでも仕事が遅れたりミスがあったら私のせい。今回も、大口の取引が仕事の遅れでキャンセルになったのは私のせいだから責任を取れと言って来た。
いや、その遅れは私のせいじゃないから!! 私に丸投げして働こうとしないあんたらのせいだから!!
「こんのっ……!! さっさと出て行けこの役立たず!! お前のような雑用係の代わりなんぞいくらでもいるんじゃ!!」
「ふーーんだ、私抜きで仕事を回せるもんなら回してみろってんですよ!! 精々働きすぎでそのハゲ頭がてっかてかのつるっぱげにならないように気を付けることですね!!」
「は、ハゲとらんわ!! これはすこーしキツめの真ん中分けにしとるだけじゃ!! ちょっと待て貴様、やっぱり戻れ!! ワシに向かって暴言を吐いた罪をこの場で処断してくれるわ!!」
「出てけって言ったのはそっちでしょ!! それではー!!」
べーっ! と舌を出してやりながら、すたこらさっさとその場から逃げ出す。
魔工師ギルドの職務室を飛び出しながら、置き土産とばかりに転がした小道具に足を取られてスッ転ぶ伯爵が目に入って、思わずにっこり。ざまぁみろ!
「さて、ノリと勢いで割ととんでもないことしちゃったけど、どうしようかなぁ」
昔から、感情任せに突っ走るのが悪い癖だとは自覚してるけど、こればっかりは中々ね。
それに、今回は何も言わなくたってクビになることは確定してたんだから、最後に文句を言ってスッキリした方がお得でしょ。
「おいファミア、待てよ」
「クビになったって本当なのか?」
「ん? あなた達、どこから聞いたのその話……私も今言われたばっかりなのに」
そうしてギルドの外に出ようと走っていると、私と同時期に入った男どもに呼び止められた。
下働き時代はそれなりに仲良くしていたけど、この二人は私を置いてさっさと昇進していったんだよね。全く羨ましいことだよ。
「なあ、何したか知らないけどさ、今からでも謝っといた方がいいって」
「そうそう、魔力がないお前がここ辞めたら、他に行く当てもないだろ? そりゃあ仕事はキツイだろうけどさ、大人しく従っておこうぜ?」
親切で言ってる……つもりなんだろうなぁ、この二人は。
実際、魔道具ありきの仕事が多いこの王都じゃ、私の就職先なんて探しても見つからないだろう。
でも、別にいいのだ。そんなことは覚悟の上であれだけ思いっきり口喧嘩したんだから。
「私、ちょっと勢いでマスターに暴言吐いちゃったからさ、もうこの王都に居られないと思うんだよね。というわけで、素直に田舎に引っ込むことにするよ。これまで勉強した知識があれば、一人でもやっていけると思うし」
「はあ? 田舎? 無理無理やめとけって」
「不便なばっかりでいいことなんて何もないぞ。魔物も出るし、魔道具もロクにないし、俺だったら死んでもごめんだね。あ、お前は魔道具使えないんだっけか、悪い悪い。ははは!」
けらけらと笑う二人に、すこーしだけイラッと来た。
そう、私の仕事量がやたらと増えていたのは、何もあのハゲ一人のせいじゃない。結局のところ、このギルドに所属している人達がどいつもこいつも、魔力を持たない私を心の底ではバカにして、いいように顎で使って来たからだ。
要するに、こいつらが私を引き留めたがってるのも、仕事の押し付け先が減るのを嫌がってるだけ。本心では、私のことなんてどうでもいいのだ。
「ふん、今に私の手で、あんた達の言う死んでも行きたくないようなド田舎を、王都にも負けない大都会にしてやるから! そうなった時こっちに来たいとか言っても、ソッコーで蹴り出してやるからね!」
「ははははは!! その時を楽しみにしてるぜ」
「出来るもんならなー」
最後まで私のことを蔑んだように笑う同僚達にも、先ほどのハゲと同じようにべーっ! と舌を見せてやりつつ。
私はいっそ清々しい気持ちで、ギルドを後にするのだった。
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