戦国の世界でも、占いだけで生き抜いてみせます。
第一話
桜の花びら舞う、四月。
私は、はれて大学生となった。これから私の人生はどこへ向かって行くのか・・・。
(ここから始まるのね)
門の前で気合いを入れて一歩、進んだ。
(よしっ、行こう!)
満開の桜並木を一人で歩く。私は桜の花びらが風に舞う景色をしばらく眺めていたかった。周りが急に騒がしくなる。
新入生を見かけると、手当たり次第に声を掛けまくるサークルの誘い 。誘う側からすれば必死なのだろうが、私はウンザリしていた。サークルには参加するつもりは無い。まるでナンパの練習をしているつもりなのかと疑いたくなる。こちらにお構い無しで気軽に話しかけてくる。
(うっとおしい)
もはや、景色を見ているような余裕は無い。一刻でも早く立ち去りたい。あらゆる勧誘を無視。スタスタと立ち去った。
(なんなのよー、まったく・・・)
朝からヒドイ目にあった。初日から遅刻なんてあり得ない。何とかギリギリセーフ。・・・タイミング的にはアウトだったかも知れないが、ここにビデオ判定は無い。私は素知らぬ顔をした。
私は、最近ちょっと名前を知られてきた新進気鋭の占い師。それなりの収入もある。自分の店もある。皆のようにサークルで和気あいあいと遊んでいられない。
(・・・ごめんなさい)
学内で私は常に浮いている。食事も勉強も独りでいることが多い。私は賑やかで派手な生活は苦手。静かに図書館で本を読んでいる方がいい。私が友と呼べるのは四人だけ。アダ名で呼んでいるリーチ、ハンジ、カンゾー、ナオミ。
そんな学生生活に終わりを告げるような事件が起きた。突然の出来事だった。
その頃、私は悩みを抱えていた。どこで調べたのか分からないが、脅迫文が家に送られてきていた。
その内容は「占い師を引退せよ! さもなくば・・・」と書かれていた。警察に相談したのだが、受け付けてもらえなかった。仕方がなく占い師を引退しようと思った。私にとって、占いなんてその程度だった。趣味の延長だと思っていた。私の占いで救われた人がいることなんて考えたことはなかった。
私は、いつも通りの時間、いつも通りの通学路を通っていた。普段、何も起きなかったせいか油断をしていた。
ある日、私は通学路で黒服を着た男達に拉致をされた。睡眠薬を染み込ませたハンカチーフ。それを顔に押し付けられ、意識を失った。どれだけ車で移動したのかは分からない。降ろされた場所は、見覚えのない土地。人気のない崖だった。同業者が雇った男達に私は崖に追い込まれ、足を滑らせた。崖の下は海。そこまでは覚えている。・・・それからの記憶は無い。
私は、暗闇にのみ込まれた。
第二話
新緑の大地がカサカサと風に揺れる。
鉄格子の窓から見る景色はいつも変わりがない。青い空。白い雲。
東の空から西の空へ太陽が移動する。それを追いかけるように月が東の空に出る。またそれを太陽が追いかける。日々それの繰り返し。もう空にも見飽きた。
暇すぎて昼寝をすることにした。
「オイ! 起きろ!」
番人が大声で叫んだ。この命令口調が気に入らなかった。一気に不機嫌となる。
(寝たばかりなのに・・・)
番人を無視することに決めた。私は眠い。狸寝入り。
ガチャリと牢屋の鍵が開けられた。ギーと鉄格子の扉が開く。ズカズカと番人が近づいて来るのが分かる。
「起きろ! 取り調べの時間だ!」
番人は無理矢理立たせようと腕を引っ張りあげた。流石にキレた。
「痛い。レディの扱い方がなってないわ!」
「ふん。身元不明の女なんて、この程度だ!」
耳元で大声をだされたのが腹立たしい。耳がキーンとする。それにこの扱い。腕を後ろに回され、両手首を木板の枷で固定されていた。
「とっとと歩け! 急げ!」
(いつか覚えてなさい!)
お尻を蹴り飛ばされそうになったが、役人が見ていたのでフリだけで済んだ。門番から役人へ私を突き出された。
「君は、いつもこのような態度かね?」
「いや・・・。その。・・・スミマセン」
その番人は顔色が変わった。興奮した赤色から、今は青色だ。どうやらこの役人は何かしらの権力を持っているようだった。
「大丈夫でしたか?」
背が高いスラリとした男が私をエスコート。
・・・かと思ったのだが、笑顔でスルリと腰ひもをくくりつけられた。手慣れている。流石、ザ・役人。
(いやいや、そうじゃない・・・)
感心している場合ではない状況。
「さぁ、行きましょうか?」
「・・・」
首を縦にうなずくだけだった。もはや怒る元気も無かった。
役人に連れていかれた場所は想像した部屋では無かった。てっきり拷問されるものだと思っていた。
王室の一角である部屋のように思えた。飾りがスゴい。流石は大臣室。
(なんで猿が・・・)
「失礼します、大臣。連れてまいりました」
「ご苦労。下がっていいぞ」
「ハイ、失礼します」
その役人はアッサリと部屋を後にした。
(ちょっと待って・・・今、大臣って言った?)
「さてと・・・」
その大臣は窓のカーテンをすべて閉めていった。
(ま、待って・・・)
私は顔が青ざめた。これから猿にイヤらしいことをされてしまうことが、なんとなく想像できた。
(だ、ダメよ。何とかしなくては・・・このエロ猿)
絶体絶命。手首には枷。腰にはヒモで巻かれている。
(お願い、誰か助けて・・・)
第三話
大臣室で事件は起きていた。
(誰か助けて・・・猿に襲われる)
壁際まで逃げた。怖くなり、震えていた。
助けを呼びたかったが、恐怖で声がでない。
大臣が、じわりじわりと近づく。
(キャー。や、止めて・・・)
背中には壁。足がガタガタと震える。顔面蒼白。大臣が壁をドンと叩く。人生初の壁ドン。
(それがこの猿なんて・・・)
私は自然に身体が動いていた。
突然の金的攻撃。まさかの反撃に大臣は泡を吹いて、もん絶。
(今の内に、逃げなくっちゃ!)
大臣が倒れた付近には鍵が落ちていた。
(まさか・・・)
枷を外すための鍵? でも・・・。
手首には枷が、はめられたままだ。床にキスをした。
何とか口で拾うことに成功。まだ喜べない。
(この状況をどうするのよ?)
直ぐに閃いた。
口から鍵をテーブルの上にプッと吐き出す。
それを手で持った。
後ろにある手枷では、どうすることもできない。
(一か八か・・・)
手の間に足を通してみた。意外と私は軟体だった。
何とか身体の前に手枷を持ってこれた。口を上手く使い手枷を外した。こそこそと忍び足で部屋を移動。扉の前までやってきた。・・・本日、二度目の壁ドン。
(あっ、ヤバイ・・・)
ソーッと後ろを見た。大臣が怒っている。今も股間が痛そうだった。
身体をソファに突き飛ばされる。
(い、いやー・・・)
私は目をつぶった。覚悟を決めた。犯されるくらいなら・・・。
しばらく無言で大人しくしていた。
大臣は私に近づいてこなかった。
(あれっ? た、助かったの?)
薄目を開けた。
大臣は向かいの席でティーカップにコポコポと紅茶を注ぐ。
「そろそろ、座り直したらどうだ?」
私の行動はバレていた。渋々、この大臣の言う通りにした。
私は、落ち着きを取り戻した。差し出された紅茶をいただいていた。
「落ち着いたか・・・」
「ハイ。・・・そ、そのー。ごめんなさい」
「いや、こちらも挙動不審だったな。申し訳ない」
照れくさそうに髪の毛をさわる猿顔の大臣。
私の方が恥ずかしくなった。
それに乙女がそのー・・・き、金的攻撃なんて・・・。なんてことをしたのよ。忘れようと紅茶を飲み干した。また、さりげなく紅茶がティーカップに注がれる。
「ところで、いったい君はどこの国のお姫様なんだい?」
(ひ、姫様ですって・・・)
うーん? 私はただの学生。お姫様ではない。この国の衣装とは違う服装をしているだけ・・・。
(そ、そういえば。私はいったい、ここはどこなの?)
「あのー、この国の名前は何?」
大臣は困った顔をした。まさか知らないのかという顔。
「この国の名前はニポーン王国。この地はオワーリ領。私は大臣のヒデヨーシ。さっきの役人がミツナーリだ」
(どこかで聞いたような・・・)
戦国時代へ私は飛ばされたのだろうか?
「私は・・・」
名前を名乗るのをちゅうちょした。
(ちょっと待って・・・)
正直に名乗っていいものか? いかがわしい名前の国名に地名、それに秀吉に三成ですって・・・。
(本当のことは、できるだけ隠すのが得策ね)
偽名を名乗ることにした。普段、SNSで使っている名前を言うことにした。
「私はヒミコよ。周りからそう言われている」
「そうか・・・ヒミコか。いい名前だ」
「そう。・・・ありがとう」
この大臣は顔が猿なだけで、いい人のようだった。
(それに私を襲わなかったからね)
一時はどうなるかと思ったが、何とか無事生きてます。
(そもそも、なんでこうなったのよ!)
第四話
やっと長い一日が終わる。
ミツナーリに連れていかれた場所は、薄暗い牢獄ではなかった。意外だった。ここ何日かは、退屈な牢獄だったから・・・。
(身元の分からない私をどうするつもりかしら?)
私に用意されたのは木板の・・・広さで言えば四畳くらいの部屋。ロウソクの灯りが部屋を照らす。
布団がたたまれて、部屋のすみに置かれていた。
(よかった。もう牢獄はこりごりよ)
「それでは、私はここで・・・」
「どうもありがとう。ミツナーリ」
「明日は我が王が会うとのことです。それまで自由にしていただいて結構です。くれぐれも逃げようとなされないように・・・」
「・・・分かっているわよ! 大人しくしているわ」
「それが賢明です。・・・それでは、また明日」
「・・・ハイ」
扉を閉めてミツナーリは出ていった。
「はー」と、ため息が漏れる。
(どうして、このようになってしまったのかしら・・・)
ゆっくりと思い出してみた。
(私は・・・)
私は大学生。
「氷見川姫子」
趣味はタロット占い。
私の占いは、よく当たる。今まで外したことがない100%的中。まるで未来を見透すように・・・。
だから、ヒミコと呼ばれていた。
いつでも占えるようにタロットカードは肌身離さず持っていた。捕らえられてからは、それはどこにあるのか消息不明。恋人と引き裂かれたような感覚を感じている。
(明日、ミツナーリに聞いてみよう)
布団を部屋のすみに敷いた。バフっと倒れ込む。中にこそこそと潜り込んだ。
(久しぶりだわ。嬉しい)
布団の温もり。今まで当たり前だと思っていた。特に考えたことは無かったが、この布団にありがたみを感じていた。牢獄を数日間経験したことが、私をそう思わせた。もう寒さで起きることはない。
(・・・おやすみなさい)
「キャー」
私は夢を見た。
イヤな出来事を再現していた。
ある日、私は通学路で黒服を着た男達に拉致をされた。睡眠薬を染み込ませたハンカチーフ。それを顔に押し付けられ、意識を失った。
どれだけ車で移動したのかは分からない。
降ろされた場所は、見覚えのない土地。人気のない崖だった。この状況はサスペンスドラマさながら・・・。
私は、ある雑誌で占いコーナーを担当していた。
口コミで、よく当たる占い師と評判だった。
・・・それを恨まれたのだろう。同業者が雇った男達に私は崖に追い込まれ、足を滑らせた。そこまでは覚えている。・・・目覚めたらこの世界にいた。
気がついた時には、兵士達に囲まれていた。私は意味が分からないまま、捕らえられて牢獄の中だった。
運が良かったのは、乱暴なことをされなかったこと。
この領土の王がそう命令を下したから・・・らしい。
その王に私は生かされている様子。
明日は私にとっては戦場だ。王を言葉で打ち負かさないと次の日の命がない。
(・・・神様は、私をどうするつもりなの?)
第五話
久しぶりの布団は魔物だった。私を飲み込んで離さない。ぐっすりと安眠していた。そこに耳障りな声。
「オーイ! いつまで寝ている。早く起きろ!」
(もう少しだけ・・・。後五分・・・)
うるさいと布団に潜り込む。もっとぬくもりに包まれていたい。
「ミツナーリ! 布団を剥がせ!」
「ハッ!」
その役人は大臣の命令を忠実に実行する。ためらいがない。
「キャー、な、何?」
布団を剥ぎ取られて、私は下着姿だった。
慌てて、役人から布団を奪い返し、身体に纏った。
「ち、ちょっといきなり何をするのよ!」
「ワシがワザワザ起こしに来てやったというのに、いつまでも気持ちよさそうに寝ているお前が悪いんじゃ!」
「そうですよ。謁見の時間に遅れたら、我々が王に怒られます」
顔が真っ赤。二人に下着姿を見られた。恥ずかしい。私は生娘なのに・・・。
(・・・そう言えば、そうだった)
今日は王と会うことをスッカリ忘れていた。・・・恥ずかしいが、二人の見ている前で服を着た。私に人権などなかった。いつ殺されても仕方がない状況下ではそうするしかない。
(・・・お、覚えてなさい!)
二人に連れられて、王の間で床の上に座らされた。
(ふーん、ここが王の間ね・・・)
板の間の無駄に広い部屋。そんな印象。もっと豪華なものだと想像していた。大臣室があれだったのだから、余計にそう思えた。ここの王様は見栄を張らないことが見てとれる。
大臣と役人の二人は壁際で座った。王が奥の部屋から現れる。
その姿は威厳のオーラが見えるほど立派な男性。肉食恐竜のような眼光。私は草食動物のように怯えた。
「・・・そんなに緊張することはないぞ! 気楽にしろ!」
王様にそう言われても、ウサギのような私では無理。昨日は知らなかったから、言葉で打ち負かすなんて考えていたことは謝ります。ごめんなさい。
「ところで、お前の所持品にこんな物があったが、これは何だ?」
(あれは・・・)
そこには私のタロットカードがあった。
「それは、私の物です。返してください!」
取り乱したように叫んだ。肉食恐竜の目の色がみるみると変わっていく。私は恐竜の怒りに触れた。
「答えろ! これは何だ!」
王様は質問に答えていなかったのが、腹立たしい様子だった。私はそれを取り返すことしか考えられない。
「それは、占いの道具よ。早くそれを返して・・・」
「・・・ほう。それで占いとは何だ!」
「そのカードで近い将来のことを調べられるのよ。占いとはそのことよ」
「・・・ならば、目の前でその『占い』とやらをやって見せよ!」
王様は従者に命令。私の目の前にタロットカードが台座と共に置かれた。その時、慌てて王の間に入ってくる者がいた。
「王様、報告致します。ウジザーネの大軍二万が攻めこんできました。次々と砦を落とされております」
「おのれ! ウジザーネめ!」
王様はどうするものかと考えていた。黙っていたが、ふと何かを思い出したように私の方を見た。
「・・・面白い! 絶望的なワシの命運を占って見せよ!」
「・・・いいわ! 見せてあげる。私の占いの力をとくとご覧あれ!」
私にとっては、ここが戦場。王様の気分次第で、私の命は消える。最期になるかもしれない占いに、私はすべてをかける。普段はしないパフォーマンスをした。
カードを宙に舞わせる。右手から左手へ。受け取りシャッフル。左手から右手へマジシャンさながらのパフォーマンス。本当はそんなことをしなくても、占いはできる。最期になるかもしれない占いが、私にそうさせた。王様も周りの部下達も言葉を失ない、黙ってそのカードの舞いを眺めていた。
第六話
まるで時が止まっているかの静けさ。
その結果に固唾を飲んでいる。
「・・・出ました!」
「それでどう出たのだ! その『占い』とやらは?」
「・・・」
「早く言え!」
「まだ、王様の命は亡くなりません!」
「ほう、我が軍は三千しか無いのだぞ! 二万に勝てると言うのか?」
「・・・それは分かりません。ただ、王様の命はこの戦で亡くなりません。今まで私の占いが外れたことはありません!」
私は自信を持って断言した。先程までの『か弱いウサギ』だった姿ではない。タロットカードが私の運命を切り開く。王様は笑うしかない様子。
「ハハハ、ワシはどうやら神様を拾ったようだ! 者共、戦の準備を致せ! こちらには兵力二万の女神がついておる。ワシについてまいれ!」
「ハッ!」
部下達は急いで部屋から出ていった。
ポツンと私は取り残された。王様と二人きり。
「お前は・・・いや、貴女様はここでお待ちください! 必ずや勝利をお持ち致しましょう」
王様は従者を引き連れて、戦場へと駆けていった。鎧兜を着た恐竜が馬に股がっている姿は、元の世界では見られない光景だった。実は、その王様は恐竜ではなく魔王と呼ばれていることを知ったのは後のこと。
(お待ちくださいか・・・)
ガランとした建物からは逃げられそうだったが、止めた。後で追手を差し向けられる。そうなれば私の命はどうなるか考えなくても分かる。キョロキョロと辺りを見た。私の監視する役人は残っていた。
(それはそうだよね)
身元の分からない女に信用があるハズがない。
「ミツナーリ、あなたは戦場へ行かないの?」
「私はあなたの監視と護衛に残っています」
「・・・そう。お水をいただいてもよろしいかしら」
「分かりました」
ミツナーリがパンパンと手のひらを打つと年老いた女性が現れた。
「こちらの方にお水を持ってきてあげなさい」
「はい、かしこまりました」
その女性はゆっくりと歩いてお水を汲んできた。
「ありがとうございます」
その女性に一礼をして、いただいた。緊張から私は喉がカラカラだった。何でもない水が聖水のように身体を癒す。喉を潤す。ひと息つくことができた。
「・・・一つ質問してもよろしいですか?」
ミツナーリが私に尋ねた。
「もちろん、いいわよ」
「貴女は何故、王様の命が尽きないことを分かったのですか? 我が軍は三千、相手は二万ですよ。普通なら勝ち目はありません。・・・でも貴女は王様が死なないことを断言した。その意味が分からないのです」
「・・・さぁ? 私にも答えられないわね。カードがそう教えてくれたとしか説明できないわよ。・・・そうだ。あなたのことも見てあげるわ」
さっさとカードをシャッフル。
「先程とは違うのですね」
「先程は人が見ていたからね。ちょっと大げさにしてみたの。でも、導かれた結果は変わらない。決して手抜きでは無いわよ」
「・・・そうですか」
「うん、分かったわ。あなたは、いずれ大臣になるわ。努力することね」
「私が大臣ですか・・・。分かりました、努力します」
私はいずれ天下を二分するような戦いで、彼が命を落とすことを伝えなかった。
第七話
戦いが終わる。占い通り、王様は無事帰還。
本当に二万対三千の無謀な戦いを勝利。見事な地形を活かした兵法。相手の油断を突いた奇襲戦法。オワーリの王、ノブナーガの名は一夜にして各地の王を震え上がらせた。誰もが小国の王など相手にならないだろうと考えていた。大国の王に次の標的とならないように策を巡らせることしか出来ないでいた。ところが自分の領土より小さな王が大国の王を撃破。これほどの衝撃があるものかと各地の王から書状がひっきりなしに届く。
(不思議な世界よね・・・)
戦いは昨日決着していた。それなのに各地にその結果が伝わっているなんて・・・。
(この領土にも他国のスパイが・・・)
私が心配することではないが、中には貢ぎ物を送ってくる者。自分の娘と婚姻させ、同盟を願い出てくる者が急に増えた。
私は特に何も戦っていないが、王様の勝利を見透したとのことで感謝された。王様付きの特別待遇となる。
今回の報奨金として別宅を与えられて、執事達とノンビリと過ごしていた。牢獄の女から大出世である。
ただし、執事とは名ばかりの監視役と護衛付き生活。プライベートなんか無い。二十四時間監視体制である。「セ○ムしてますか?」と言わんばかりに付き添われて正直なところウンザリしている。厠まで着いてくる始末。出るものも出ない状況。
(ちょっと大げさよね)
王様から、他国に知られてはマズイと私は秘密の女となっている。
(もう他国のスパイにバレていると思うけど・・・)
私は占いだけで戦国の世を生き抜く決心をした。
この世界で暮らしていく。命のある限り。
王様は、たまに私の屋敷に遊びにくる。
迷った時のなんとやら・・・らしい。
王様の道しるべとなっている。戦いや政治のことは分からないが、進むべき方向は占いで示せる。王様が二択の選択肢を投げかけるからだ。
今、この領土は他国から侵略される心配はない。
政略結婚などで同盟関係を築き上げ、この領土は更に発展した。王様の善政による賜物だ。私はほんの少しだけ手伝った。本来、占いなんてその程度。
私はそれなのに王様から重宝された。
ある時、大臣の紹介でセーンと名乗る男とお茶をすることがあった。坊主頭の厳つい姿だった。筋肉粒々の肉体。その姿を一言でいうとハゲゴリラ。サングラスをすればきっと・・・。
その姿とは違い、器用に力加減をしてリズムよくお茶をたてる。私はそのお茶に興味津々。
(いったい、どのような味なのか?)
差し出されたのは、何と泡だてられたお茶。私は一口飲んだ。抹茶の香りが鼻から抜ける。口の中の渋味が茶菓子の「ようかん」を引き立たせる。私はこのお茶とようかんの組み合わせに恋をした。
(王様に頼もう。彼を執事に加えて欲しい)
第八話
屋敷に一際、目立つ男。頭が眩しい。
私は王様に願い出て、彼を執事の一人にしてもらった。王様が遊びに来る時、彼のお茶を振る舞うのが、定番となる。王様もお茶に満足している様子。茶菓子もリキュールが季節に合わせて変えた。
なかなか、お茶の世界は奥が深い。彼を紹介してくれた猿に感謝。
(猿顔の大臣だった。・・・ごめんなさい)
私は執事達にコードネームを名乗らせている。セーンはリキュール。他の執事には「ウォッカ」、「ジン」、「テキーラ」と名乗らせている。主人の私が偽名の「ヒミコ」を名乗っているのだから、本当の名前は名乗らせないことにした。その内、彼らも慣れるだろう。
ある時、王様が「都に遊びに行く」と言うので同伴。執事達も私の護衛として連れていくことにした。
馬車に乗り込み出発。
(本当に遊びに行くのだろうか?)
私は頭に「?」マークが付いていた。王様の馬車には、まるで都に攻め込むような鎧兜を被った兵士達。護衛にしては物々しい。私の馬車は執事達が周りを警戒しているだけだ。
私は気づいてしまった。
時の人となってしまった王様の「首」がワザワザ出向いてくれるのだ。待ち伏せしていればいい。まるで鴨がネギを背負ってくるようなもの。ハンティングするだけだ。
(私はバカだ。もう少し早く気づいていれば・・・)
馬車はもう動き出している。都に着くか、襲撃されるまで止まることはない。
(そうだ)
私にはアレがあるではないか! 私の力。早速、占うことにした。私の横にいる大臣の運勢を占った。結果は・・・。
馬車は峠に差し掛かった所だった。峠の茶屋で休憩することになった。
(ふー。疲れた)
私は不意に馬車から降りた。
その時、木の影が動いた気がした。
(な、何?)
「覚悟ー!、ノブナーガ」
複数の刺客が現れた。一斉に武器を構え、次々と襲ってくる。
私は逃げようと慌てて転んだ。頬被のせいだ。よく周りが見えない。王様から「都に着くまではそうしていろ」と言われていた。
(痛い!)
刺客は何故か私を目標に襲ってきた。王様からは「何が起きても声を出すな!」と言われていた。声が漏れそうだったが、必死にこらえていた。
刺客は私を王様と勘違いしている様子。
執事と大臣が応戦したので、難を逃れた。
(こういうことだったのね・・・)
王様は私を身代わりにした。普段、王様の使っている馬車に私を乗り込ませ、私の馬車に王様が乗っていた。
(都に着くまでに、何回襲われるのだろう?)
占いでは小アルカナが多かったので、「日常的な不運」と出ていた。
(戦国の世ではこれが日常なのね・・・)
なんて所に来てしまったのだろう。
私はまるで悲劇のヒロインであった。
(お願いだから早く都に着いてよ・・・)
その後も何度も襲撃された。その度、恐怖で顔が青ざめる。運がいいのか? 悪いのか? 私はまだ生きています。
第九話
・・・無事に都へ到着した。
(私はどれだけ肝を冷やしたことか・・・)
私の乗り込む馬車は見事にボロボロ。槍、刀、手裏剣が刺さっている。返り血を浴びて、赤黒い馬車。どこの戦場で戦ってきたといわんばかりの姿だった。平和な都の人々にジロジロと見られた。
(よく生きていたな。私・・・)
今日の宿泊先は五つ星ホテルだった。「ザ・ホンノージ」と呼ばれていた。
(焼き討ちなんて、されたりしないわよね・・・)
私の知っている歴史では、織田信長が明智光秀により謀反され、脱出不可能と悟り自害した場所と記憶している。
(まさかね・・・)
たまたま名前が一緒なだけで、警戒していては親切にしてくれるホテルマンに申し訳ない。失礼のないようにしよう。
(そうだ!)
私には占いがあるではないか・・・。
部屋に入り、早速占った。
(・・・どうなるのかしら?)
結果は大アルカナが多く出た。やはり、私には重要な出来事となるようだ。
正位置で「戦車」、「世界」が出ていたのでホッとした。私はまだ運があるということだ。
ベッドで腰を掛けているとコンコンコンとドアを叩く音。
(誰だろう?)
のぞき窓から確認。そこには猿がいた。
(キャー、何で五つ星ホテルに猿が紛れ込んでいるのよ!)
「? ・・・ヒミコ、いないのか?」
もう一度、確認。
・・・よく見ると大臣だった。ガチャッとドアを開いた。
「何か用ですか? 大臣」
「いや、用事ではないのだがな・・・。都観光でもどうかなと誘いにきたのだ」
「・・・はい、ついていきます。丁度、気分転換がしたかったの。ありがとうございます」
「うむ、では早速行こう!」
「それでは少しだけ出かけます。リキュールとウォッカ、ジンはここで待機ね。テキーラは私に同行しなさい」
「ハイ、分かりました」
このテキーラだが、私のメイドでありながら戦場を駆けめぐる武将だった。名前はナオトーラ。男まさりのところがあり、乙女の部分もある。そんな彼女を私はテキーラと名づけた。
男ばかりの執事達より、紅一点でもいてくれると何かと助かる。私の話相手でもある。女性には女性の悩み事があることを彼女は理解してくれる。私が一番頼りにしている者。
大臣に連れられて大通りを歩いている。
(流石、都ねー)
田舎者ではないのだが、キョロキョロと街並みを眺めて観光を楽しんでいた。時代劇さながらの雰囲気。太秦以外では初めてだった。都の人々は輝いていた。活気があふれる声が至るところから聞こえる。
(時代劇か・・・)
そうであって欲しかった。「はー」とため息を吐いた。
その時、テキーラが何かに気がついた。
「ヒミコ様、気をつけてください。何者かに尾行されております」
「・・・そう。それならば気づいていないフリをしましょう。貴女は大臣にそれを伝えなさい」
「はい、分かりました」
テキーラは大臣に耳打ちをしていた。大臣は笑顔で私に近づいてくる。追手に気づかれないためにだ。横に来て小声でしゃべりだした。
「・・・何か策でもあるのか?」
「大臣、走って逃げるわよ! ついてきて・・・」
私達はテキーラに護衛されながら走って逃げた。
第十話
逃走中。
テキーラの言う通り、追手が走ってくる。
「そこで迎え撃ちましょう!」
「・・・そうね」
私達は路地裏に隠れて追手がくるのを待ち伏せした。
追手の「のど元」にテキーラの剣がつき出される。
勝負あり。追手は観念した。
「貴方は何者?」
私は追手に話しかけた。
「・・・失礼しました。私は帝の遣いです。こそこそと後をつけて、すみませんでした。私の名前はミツヒーデ。貴女を連れてくるようにと命令を受けておりました。貴女を見つけた時、思わず隠れてしまいました・・・」
「それで、私は帝に会えばいいの?」
「・・・そうしていただけると有りがたい」
「では、帝の都合に合わせますので、後日迎えにきてくれますか?」
「もちろん、喜んで。私は、帝に報告してまいります。失礼します」
喜んで帰っていった。私達も帰ることにした。
大臣は王様に報告するために別行動。
後日、本当にお迎えの馬車がホテルに横付け。
キラキラと目映いばかりの宝石が装飾されている。
ひと目で誰の持ち物か分かった。
(帝って、何者なの?)
私はミツヒーデに乗るように催促された。私は傷をつけないようにソーッと乗り込んだ。
ゆっくりと馬車が動き出す。
私には不釣り合いな馬車だ。落ち着かない。私の側にいつもいる執事もメイドも今回はいない。
門をくぐり抜け、屋敷が・・・見えない。辺り一面、壁。
三回程、門をくぐっただろうか。ようやく屋敷が見えた。
(この国で一番偉い人か・・・)
そんなお方が私に何のようだろう。私に思い当たる節は無い。ただの気まぐれだろう。
(・・・それにしても、落ち着かない)
早く馬車から降りたい。私は腰の布袋に入れてあるタロットカードを上から触った。少しだけ落ち着いた。
到着後、ミツヒーデに「ここで待つように」と言われた場所は高台にある個室。外が騒がしい。帝が到着したようだった。私は立ち上がり、頭を下げた。
「ソチが仙術の巫女か? ミツヒーデより聞いておるぞ!」
「・・・ハイ、本日はお招きいただきましてありがとうございます」
緊張で声が震えていた。その場にいたのは常人ではないオーラを放つ男だった。雰囲気にのみ込まれていた。帝が大きな姿に見えた。
「うむ、早速だが仙術を披露してもらえるか?」
「・・・ハイ、何を視ましょうか?」
タロットカードを手に持つと不思議と落ち着いた。
「・・・そうだな。余の運命でも視てもらおうか」
一番言われたくないことだった。私は占いを外さない。結果をそのまま伝えていいものかと考えていた。
もしも、悪い結果をそのまま伝えたら打ち首とならないだろうか? 結果にウソをついてバレたら打ち首だよね。どちらの結果でも打ち首じゃない。
「・・・どうした、早く視てくれ!」
帝がイライラされている。私は覚悟を決めた。
(女は度胸よ!)
最後になるかも知れない占い。私は全神経を集中して占いを開始した。今回もパフォーマンス有りだ。
派手にカードが宙に舞う。すべてを受け取り、シャッフル。右手から左手にカードを飛ばす。シャッフル後、左手から右手にカードを飛ばす。
さて、結果は・・・。
第十一話
どっと疲れが出た。一年分の仕事を終わらせたような疲労。
「なるほど・・・よく分かった。褒美をとらす」
(ホッ、良かった。無事に終わった)
退席する帝。笑顔だった。後日、役人の集合する前で、もらえるみたい。私はミツヒーデに連れられてホテルまで帰った。ホテル前では大臣がぐるぐると同じ場所を回っていた。何をしているのか分からなかったが、私の姿を見て安心していた。
「おー、無事だったか・・・心配していたのだぞ!」
「・・・ご心配おかけしまして申し訳ありません。無事、この通り帰ってまいりました」
私は大臣に頭を下げた。
「・・・まー、無事でなによりだ。帝との謁見で粗相をしなかったようだな」
打ち首になっていないか、不安だったらしい。ホッとしていた。
「・・・そうみたいですね。ちゃんと足がついています」
「・・・ヒミコ様、私はこれにて、失礼します」
「送ってくれてありがとうございました」
「また後日、迎えにきます」
会釈をするとミツヒーデは去っていった。
私は部屋に戻りながら、大臣と話をしていた。
「・・・それはそうと、何で手ぶらで帰ってきたのだ? ご褒美はいただけなかったのか?」
「後日いただけるみたい・・・役人達の前でね」
みるみる大臣の顔色が変わる。真っ赤な顔。
「・・・お、お前。いったい何をしたのだ!」
「私はいつもの占いをしただけよ!」
大臣は私が帝の前で粗相をしたのだと勘違いをした。
(失礼ね)
「・・・何を勘違いしているのか、分からないけど私は粗相なんてしていないわ。帝側から賜る品が用意出来なかったから後日となっただけよ」
「それならいいのだが・・・くれぐれも粗相をするなよ」
「分かってます。ご忠告ありがとうございます。それでは大臣、失礼します」
「・・・おう」
私は自分の部屋に入り、ドアをバタンと閉めた。
あっ気にとられた大臣はトボトボと自分の部屋へ戻っていった。
後日、私は「おめかし」をして出かけた。帝との謁見。執事、メイドを引き連れて参内した。護衛名目で大臣が勝手についてきた。祝ってもらうのは執事やメイドだけでいいのに・・・。これには大臣の思惑があった。帝側とパイプを作りたかったらしい。私をダシにして大臣はちょこまかと役人に挨拶をしている。こういうところが大臣のマメなところだ。こうしてコネクションを作っていく。ズル賢い猿。それがこの大臣の長所だ。人付き合いの苦手な私は尊敬をしてしまう。憎めない猿。
帝との謁見では執事、メイド、大臣であっても塀際まで下がらないといけない。私は中央にポツリと座らされた。
役人が書状を読む。
金銀財宝と宝剣。この都の一角に屋敷。羽根扇子に冠を賜った。メイドや執事達は泣いている。この時代では名誉なことなのだろう。私にはサッパリ、分からない。「偉くなった」ということなのだろう。大臣まで泣いている。
(・・・何で?)
執事やメイドなら「私のことを誇らしく泣いてくれている」と理解できるが、何故大臣まで泣いている。理解に苦しむ。
「・・・それとな」
帝が私に直接言いたかったらしい。
「特別に新たな称号を考えた。『占姫』と名づけた。これをソチに与えよう。・・・そうだな、位は護国将軍と並列だ! 皆の者、よいな」
「ははーっ」
私は役人達から頭を下げられている。
「占姫」だから単なる肩書きと思っていたが、私はいきなり将軍様となってしまった。
護国将軍・・・つまり国を守れと。
そんなのと同格なんて無理です。私は占うことしか出来ない女です。
第十二話
私は、わらしべ長者なのだろうか?
ついに将軍様である。護国将軍と並列の「占姫」が肩書きとなった。
(占姫と呼ばれることに慣れないとね)
私だけの役職。帝から賜った。別にどうでもよかったのだが、執事達、メイドのために授かることにした。
私は知っている。
今まで、執事達は身元不明の女に仕えている者と陰口を言われていた。怒りをグッとこらえ、私のために耐えてくれていた。そんな彼等に肩身の狭い思いをさせてきた。
彼等は、これからは堂々と胸を張っていい。帝からいただいた占姫の肩書き。大切に使わせていただく。
この肩書きで彼等を守れたらいい。
無事、御所から馬車は出発した。
帝からお古の馬車をいただいた。「どこがお古なの?」と言いたくなるようなピカピカ。「もう新しい馬車があるからな」と気前がよかった。
私は新居を見に行くことにした。
役人に「こちらです」と案内された場所には「占姫邸」と書かれた木の板が門に取りつけられていた。
(なんじゃこりゃー!)
門をくぐり抜けると大豪邸。腰を抜かした。私は地面にお尻を打ちつけた。もう、開いた口がふさがらない。執事達は物件の内部を確認している。もう仕事モードだった。私は「ハハハ」と笑うしかなかった。
(帝、ありがとうございます)
私も早く慣れないとね。何せ、占姫だから・・・。
私は意外と順応性がある。
屋敷の中でティータイム。くつろいでいた。
「・・・ところで占姫様。ホテルには帰らないのでしょうか?」
猿顔の大臣が確認をしてきた。態度が違う。
(・・・そうか。肩書きだよね)
ヒデヨーシはオワーリ領の大臣だが、帝に任命された訳ではない。ノブナーガによって勝手に大臣に指名されていた。言わば平民が大臣を勝手に名乗っている状態。私は帝に直接、肩書きを授かった。身分が逆転したのだ。普通は直ぐにへりくだることはない。武士という生き物はプライドが高い。この大臣の長所である悪知恵が私を利用した方がいいと判断したのだ。
(ゴマすりが上手なんだから・・・)
この大臣を嫌いになれない。身元不明の女である私を大事に扱ってくれた。感謝している。多少は目をつぶらないといけない。
「・・・そうね。一度戻りましょう」
ノブナーガと会って話をしなくてはならない。占姫として生きていく。王様の所有物から卒業する。大丈夫、私には帝がついている。
私は決心した。執事達と一緒に独立する。
第十三話
馬車は再び動き出した。
私とヒデヨーシを乗せて都を走っていた。
ホテルに到着。
「さぁ、占姫様。まいりましょう」
ヒデヨーシは笑顔で先頭を歩いた。私はその後ろを歩く。残っていた荷物をまとめて馬車に詰め込んだ。
(よし、後は・・・)
いよいよ、ノブナーガと話をする時がきた。
ヒデヨーシは一足先にノブナーガへ報告をしていた。
「・・・ふん。所有物のクセに生意気な!」
「・・・そうは申しましても王様。相手の後ろ楯は帝ですぞ」
「・・・」
帝にたてつく訳にはいかない。そんなことをすれば諸侯から攻撃を受けてしまう。どうしたら始末できるかを考えていた。
「・・・そうか。これならば・・・猿よ。部下に命令せよ! 誤って弓を射ってしまったとな。ハッハッハ。誰にでも過ちはあるものよな」
「・・・では、その通りにいたします」
ヒデヨーシは部屋を出て部下に命令した。辺りをキョロキョロとする。部下以外に人は見当たらなかった。
ソーッと部屋を出て、占姫の元へ急ぐ。息を切らしていた。
「ハァハァ・・・占姫様。弓に気をつけてください。確かに伝えましたよ」
慌てて部屋を飛び出す。何のことかサッパリ分からない。
(何を慌てているのかしら?)
私は部屋を出て、ノブナーガの元へ向かった。
「よくぞいらっしゃった。さぁ、こちらへ占姫様」
(な、何? この笑顔。・・・気味が悪い)
何だか嫌な予感がした。それにヒデヨーシが言っていた「弓に気をつけろ」というキーワード。
総合的に判断をすると、きっと私は暗殺されてしまうだろう。
(なんとかこの部屋を脱出しないとね)
「私はこの一団から抜けることにします。これからは都で暮らすことになります」
この一団からの独立を宣言した。
「・・・そうでしょうな。仕方がありません。分かりました。認めましょう」
「ありがとうございます」
「・・・では、祝いの舞いを披露させましょう」
ノブナーガがパンパンと手を打つと一人の武将が部屋に入ってきた。腰に剣を帯同している。
「それでは剣舞を披露しましょう!」
武将は剣を抜き、ヒラリと舞うように剣を振る。
舞いながらジワリと私に近づいてくる。すぐに分かった。私を殺す剣舞なんだと・・・。キラリと剣が光る。
(あっ、マズイ)
私は逃げ遅れた。剣が私を目掛けて振り下ろされた。
ガキンと刃物と刃物がぶつかる音。
私の目の前に一人の執事がいた。ジンが私を守ってくれた。
「我が主、お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫。ありがとう。・・・でも、どうして」
「こんなことがあるかもしれないと、ウォッカが言っていたものですから影に潜んでおりました」
「おのれー! ハンゾー。ワシに敵対するつもりか?」
「・・・貴様は私の主ではない! 私の主は占姫様だけだ!」
私は涙した。ジンは普段から何を考えているのか分からなかった。私を主人と言ってくれた。ジンと名づけたのもハンゾーが忍者だからだ。刃に心。刃=ジン。
第十四話
ジンは剣舞の武将を切り捨てた。
「ここを脱出するわよ」
私はドアを飛び蹴り、部屋を出た。ウォッカとテキーラが私を迎えに来ていた。
「ご無事でしたか。ジン、そんなのを相手にしていないで退くぞ!」
ウォッカはジンに戦いを止めるように声をかけた。
「分かった。主を連れて先に行け!」
ジンは煙玉を床に投げつけた。煙が一面に蔓延する。スプリンクラーが作動した。この部屋で火縄銃は使えない。
その隙にジンは私達に合流した。
「お、追えー、逃がすな!」
ノブナーガは兵士を連れて追いかけてきた。
ウォッカは罠を仕掛けていた。逃げる時間を稼ぐためだ。先頭の兵士が縄に引っ掛かって転けた。次々とつまずく兵士達。将棋倒しとなっていた。ノブナーガは、それを踏んで追いかけてくる。
(・・・しつこい男は嫌われるわよ)
何とか馬車が見えてきた。リキュールが待機している。私が急いで馬車に乗り込もうとした。その時、弓を射った者がいた。弓は私とノブナーガの間に突き刺さった。射った者はミツヒーデだった。ノブナーガは止まった。
「ノブナーガ、貴様は何をしたのか分かっているのか!」
「・・・うるさいヤツだ! そんなことを言いに来たのか!」
帝にケンカを売ることは想定の範囲内だった。いずれは帝を倒して、この国を手中に入れることがこの男の野望だった。
「・・・ふん。まーいい、今日のところはワシが退いてやろう!」
「待て! ノブナーガ。話は終わっていないぞ!」
ノブナーガはホテルの裏口からオワーリ領へ悠々と帰っていく。ペコリとお辞儀をする大臣。手を振って去っていった。
(・・・サヨウナラ、大臣)
ミツヒーデとノブナーガの因縁は、これをきっかけに始まっていく。
私は難を逃れた。
屋敷に移動し、今日の出来事を確認していた。
「今日は大変だったわね。皆のおかげで私はここにいます。ありがとうございました」
私は深々と頭を下げた。
「・・・ミツヒーデは何故あのホテルにいたの?」
「それはですね。リキュールさんが迎えに来たのですよ」
「そうなんだ。ありがとう。助かりました」
「間に合ってよかったです。・・・では、私は帝に報告がありますので、ここで失礼します」
ミツヒーデは去っていった。
「・・・私が説明しましょう」
ウォッカが口を開いた。
「・・・ノブナーガが野望を秘めていたのは知っていました。今回、都に来たのも偵察を兼ねてのことでしょう。我が主を利用することも分かってました」
「・・・私は貴方に囮として泳がされていたのね。酷くない? 私は貴方の主よね?」
「失礼しました。後で罰は受けます」
(・・・まったく困った人ね)
「・・・取りあえず、話を続けて」
「はい。占姫様がホテルに黙って行かれたので、私はジンにホテルに向かうように言いました」
「それで突然ジンが現れたのね。あれは忍術なの?」
私はジンに聞いてみた。あれは始めて見る術だった。
「『影縫い』という術です。主を守れて光栄です」
第十五話
ウォッカの話は続く。
「ジンが占姫様を守っている間に脱出の作戦を考えていました。罠を仕掛け、テキーラとお迎えにまいった次第です」
「・・・そう。その間にミツヒーデをリキュールが呼びに行ったのね」
「そうです」
リキュールが返答する。私は疑問点があった。
「でも、どうしてミツヒーデだったの?」
「他の役人には信じてもらえなかったのです。たまたま通りかかったミツヒーデ様が『私が行こう』と言ってくださりました」
「そうだったのね」
私はウォッカの機転で助かった様子。
このウォッカという男。名前はカンベー。
いつも私に辛口の意見を言ってくるので、ウォッカと呼ぶことにしたのだった。
(それにしても、私にはもったいないよね)
彼等は執事やメイドをしていなければ、「天下にその人あり」と言われていただろう。
彼等の将来をダメにしているのかもしれない。
私が帝配下の有名武将となれば、彼等に将来を約束できる。「占姫」の名前を天下に轟かすのだ。
(今後の方針は、それで行こう)
そう決心した矢先のことだった。ウォッカが執事達を代表してしゃべりだした。
「我々は占姫様に仕えることができて、幸せ者であります。これからも末長く、よろしくお願いします」
まさか、ウォッカからそんなことを言われるなんて・・・私は涙を流した。涙が止まらなかった。
「・・・ありがとう」
そう言うのが精一杯だった。今は上手く伝えることができないが、いつか彼等に伝えるつもりだ。
次の日、私は帝から呼び出された。
「昨日は災難だったな。全国の諸侯に『謀反者、ノブナーガを討て』と勅命を出した。ノブナーガの勢力を一掃する。安心せよ」
「ありがとうございます」
「・・・今日呼び出したのはな。ソナタに護南将軍を拝命しようと思って呼び出したのだ」
「・・・護南将軍?」
「あぁ、この国の南国を守ってもらいたい。今から移動をするのだ」
(へっ? 何で? 私、何かしました?)
どう考えても分からない。企業で言うと左遷だよね。
「・・・拝命いたします」
「そうか、そうか。行ってくれるか」
「・・・はい」
「それでは今から式を始める」
帝からの特別の配慮だった。都は戦場となるので「南国に避難していろ」と言うことだった。
突然の出来事をのみ込めなかったが、私は馬車に乗り込み出発した。
(南国か・・・)
ノンビリとした旅だった。行く先々の領主から接待を受けた。どの領主も「帝によろしく」と伝えられた。
接待を受けたのだから仕方がない。ウォッカには、話の内容をメモに取らせておいた。リキュールには食事のレポートを頼んだ。ジンには例の影縫いで護衛を任せ、テキーラには武将と縁の繋がりが増えるように頼んだ。顔見知りが増えるといい。
第十六話
数ヶ月の旅だった。船を乗り継ぎ、やっとたどり着いた。
その土地の領主に案内されたのは島にある御殿だった。帝が保養目的で訪れる屋敷が私の仕事場だった。
(よし、早速仕事よ!)
「はーっ」
ため息しか出てこない。暇・・・。
(・・・よく考えたらそうよね)
この土地の領主が仕事をするのだ。私に仕事が回ってくるハズがない。「職場兼屋敷」と言われた時点で気づくべきだった。
あまりにも暇だったので、視察をすることにした。
その土地の領主がキチンと仕事をしているのか、お忍びで調べることにした。私が出向こうとしたのだが、ウォッカに止められた。ジンが私の代わりに情報を集めてくる手筈となる。
(・・・適任者よね)
ジンは忍者。これ程相応しい人材はいない。私は報告を待つことにした。
この土地の領主は暗愚だった。
民は飢えているのに、身ぐるみを剥ぐような重い年貢。自分だけブクブクと私腹を肥やす。怨嗟の声は武力で抑え込んでいた。民の不満は爆発寸前。打倒領主の計画が立てられているらしい。私はこの領土の長達を集めて計画を止めるように説得した。私に計画が漏れているのだ。領主側にもバレているハズ・・・。
暴徒と化した民を鎮圧目的に殺害するだろう。見せしめとして・・・。
長達は聞く耳を持たなかった。
「すでにサイは投げられた」と言うのだ。
私は無力だ。占姫の肩書きは通用しなかった。
私は屋敷に帰り、ウォッカと作戦を考えた。
ウォッカは稀代の軍師だった。
バレている計画を利用して、「領主を討つ」と言うのだ。
またしても、私は彼の駒だった。次々と駒を作り出して配置していく。領主を誘き寄せるのが私の役割。
ウォッカが執事とメイドを使い、長達が到着するよりも早く、領主を討ち取る作戦。
決戦の朝は静けさを保っていた。
私達は朝焼け前に島を移動した。屋敷には藁人形を座らせておいた。私が屋敷にいると見せかけるためだ。
ウォッカの作戦に抜かりはない。領主のいる街へ無事到着した。ジンの調査で空き家があるのが分かっていた。そこで朝が明けるのを待った。
領主の屋敷前。
私は一人、門の前で立っていた。門番が私を通さないからだ。
「私は護南将軍・占姫。領主を呼びなさい。私を誰だと思っているの? 帝直属の将軍よ! 早くしなさい!」
我慢ができなかった。門番が動かなかったので、強硬突破。テキーラが門番二人を斬り捨てた。
次々と兵士が出てくる。
(この屋敷のどこに隠れていたの?)
「待て!」
ようやく領主が奥から現れた。
第十七話
ふてぶてしい態度。黒豚のように肥えている。見た感じ、自分さえ良ければ民のことを虫けらのように扱う人物だと分かった。ザ・悪代官。直感で分かった。排除しないといけない。
「今日は何の用ですかな。占姫様」
この領主は私を小娘扱い。役職では私の方が上だ。それを分かっていての狼藉。許せなかった。
「・・・今日は貴方に話があってここに来たのよ。それなのにあの門番の態度は何? 貴方は門番の教育も出来ないのかしら?」
「・・・申し訳ありません。後で罰を与えましょう」
「・・・後でね。それに兵士が次々と現れたのは何故かしら?」
「・・・」
領主は黙った。
「・・・それが答えなのね。よく分かりました。護南将軍・占姫の名にかけて、貴方を処分します。・・・いいわね」
「ふっ、ははは。・・・笑わせるな! 小娘に何ができる。お前達、殺ってしまえ!」
私は兵士達に囲まれた。
「ギャー」
次々と矢が放たれる。リキュールとウォッカの弓攻撃。兵士達の囲いが解けた。
私は領主に詰め寄った。刀を抜く領主。テキーラが刀を弾く。慌てた領主は庭に飛び降りて逃げた。ジンは影縫いで領主の背後を取る。一瞬の出来事。首を斬った。血飛沫をあげて倒れる領主。
「貴方達はどうするの? 武器を捨てなさい!」
兵士達は戦意を失くして、次々と武器を捨てた。
ウォッカとリキュールは、長達に門の外で待つように止めていた。
ジンが領主の首を門の外へ投げ捨てた。
「な、これはいったい?」
皆が一斉に私を見た。
「・・・ごめんなさい。領主は私の方で片付けました。あなた達には今後の話があります」
長達は平伏した。
「頭をあげなさい。話が出来ないでしょう。次の領主はあなた達で決めなさい! 以上」
私は執事とメイドを引き連れて、屋敷を見て回った。
蔵には財宝が溜め込まれていた。執事達にすべて運び出させた。
立ち上がった民にすべて配った。長達から感謝された。長達の代表が私に「領主をお願いします」と言った。ウォッカも「しばらくは、それがいいでしょう」と言い、他の執事達もウンウンと首を縦に振っていた。
こうして、南国の地は私の直轄地となった。
(ここからがスタートね)
護南将軍・占姫の名前は、名君としてうなぎ登り。仕事はウォッカ達にすべて任せていた。私が行動するより任せた方が上手くいく。民から不満は消えた。
「民と共に国作り」
私の方針が皆を動かした。不正の役人を排除。人事を刷新した。民から喜ばれた。
第十八話
領地は上手く経営できていた。
私が直接、指示することも無くなった。
・・・暇人へ逆戻り。
(仕方がないわね・・・)
私はバカンスをすることにした。
久しぶりに執事達とノンビリとした時間を過ごすことにした。働きづめは良くない。たまには休暇も必要だ。国は民がいれば、なんとかなる。
「貴方達に言いたいことがあるの。・・・今まで頼りない私に付き添ってくれてありがとう。たとえ私に何が起きても、貴方達は私の家族だからね。未来でもズーッとよ。・・・約束よ」
私は自分で言ったのに恥ずかしくなった。
執事達は涙を流してくれた。この絆が不思議な縁で結ばれているとは想像もできなかった。
錨を下ろした船で、昼寝をすることにした。
突然、心地よい風が急に冷たくなった。
空は暗くなり、雷鳴が聞こえる。
(マズイ、嵐がくる・・・)
手遅れだった。船は沖へ流されて行った。陸がみるみるうちに遠ざかる。波が高い。大粒の雨が船を叩きつける。
「キャー」
私は海に投げ出された。波がのみ込んだ。
「占姫様ー」
執事達の声は私に届いていなかった。私は再び闇にさらわれた。
海岸に女が砂浜に打ち上げられていた。
「おい、リーチ。いたぞ!」
「流石です。カンゾー」
「気を失っているみたいだな・・・」
「ち、ちょっと・・・ハンジ。何をしているの!」
「何って、見たら分かるだろう。人工呼吸だ!」
女を助けるために躊躇が無い。ブチュっと口を合わせて息を送り込む。
「ハンジ退きなさい! 続きは私がするわ」
女に馬乗り。ナオミは心臓マッサージを始めた。
人工呼吸とマッサージを繰り返す。その女は溜まっていた水をゴホっと吐き出した。
「ひ、姫ちゃん。聞こえる!」
馬乗りのまま、パシッと女の頬を叩くナオミ。女は頬が赤くなっていた。
「う、うーん・・・」
「お、気がついたようだな」
男達はナオミと女を見守っていた。
「わ、私。・・・生きているの? ここは、いったい?」
「姫ちゃん、私が見える?」
馬乗りのままナオミは私に確認した。
「ありがとう、ナオミ。ち、ちょっと退いてくれる?」
「あっ、ご、ゴメン」
恥ずかしながら、手を差しのべて私を起こしてくれた。
「どうして貴方達はここにいるの?」
「あぁ、それな・・・」
「カンゾー、話は後だ!」
「・・・しつこい奴等だ」
「取りあえず、逃げるか?」
「・・・バカなの? 逃げられる訳がないわよ。ここで迎え撃つ!」
「・・・面倒だが、それしかないか」
「来るぞ! 姫ちゃんを守れ!」
黒服を着た者達が、私を再び始末しようと迫ってきていた。
第十九話
黒服達は手袋をはめて、ナイフを構えた。
「ここで死んでもらうぞ! ヒミコ!」
「そんなこと、私がさせない!」
ナオミは元ヤンキー。木刀が似合う武闘派女。偶然、落ちていた錆びた鉄パイプを握りしめて威嚇。黒服達をにらみ返していた。
(えっ?)
ナオミの横顔を見て驚いた。その顔に見覚えがあった。テキーラと名づけたナオトーラの面影。私の相談役だった武将メイド。
(何で?)
ナオミは黒服達を私に近づけさせない。その姿はテキーラそのものだった。
「ふん。ナオミばっかりに、いい格好させられるかよ!」
ハンジは黒服の背後から、拾った木片で黒服の首を叩く。
(あ、あれは・・・)
「影縫い」かと思わせる動き。ジンと名づけたハンゾー、そのものだった。どことなくジンの雰囲気を出している。ミステリアスな男性。
「二人に遅れをとるな、いくぞ、リーチ」
「もちろんだ! カンゾー」
二人も負けじと参戦。リーチはリキュール。カンゾーはウォッカ。横顔と雰囲気はそのままだ。
私を守る学友にその姿がダブった。
私はまだ意識が朦朧としていた。
異世界の執事達がここにいるハズがない。それなのに学友がそう見えてしまう。
命懸けで守ってくれている学友。彼等が輝いて見えた。
(皆、ありがとう)
突然、バーンと発砲音。皆が一斉にその方向を振り返る。黒服の一人が空に銃を撃った。
「覚悟しな! 最初からコイツを使うべきだったな」
銃口は私に向けられていた。
バーンと発砲音。私は目を閉じて倒れた。
「姫子ーっ!」
学友が私に駆け寄った。
黒服の銃が落ちる。撃たれたのは黒服の方だった。
「ふー、何とか間に合ったな。あの黒服達を逮捕しろ!」
最初は抵抗する黒服達だったが、猿顔の刑事と警察官に取り押さえられ、逮捕されていた。私は気を失って倒れただけで、無傷だった。念のために検査入院した。
ナオミが見舞に来ていた。ベッドに座り、雑談。
「えっ? ち、ちょっと待って・・・私はハンジと・・・そ、その・・・き、キスをしたの?」
「そうね。人工呼吸だったけど、そうなるわね」
ナオミにそう告げられると私は顔が真っ赤になった。たとえ人工呼吸だと言え、男の人と初めてのキスだった。
「私も人工呼吸をしたんだけどね・・・」
「えー、何でナオミが最初から人工呼吸をしてくれなかったの?」
「うーん、そうするつもりだったけどね・・・ハンジが躊躇なく人工呼吸をしたものだから、止めるタイミングが無かったの・・・ゴメン」
「まー、いいわ。人工呼吸だし。私の初キスは、まだ誰にもあげてない。今回のことはノーカウントよ」
「そ、そうね。・・・そうしておきましょう」
ガラガラと病室の扉が開く。
「おー、姫子。元気そうだな。二人で楽しそうに何を話していたんだ。廊下まで話し声が聞こえていたぞ」
「な、何でもないわよ!」
「・・・姫子のキスの話よ」
ナオミは男達に言った。
次の瞬間。リーチとカンゾーからキスをされた。
(えっ? えー・・・どうなっているの?)
「ハンジだけズルいからな! これで皆、平等になった」
「ちょっと、何で私にキスをするのよ!」
私は流石に怒りを覚えた。
ナオミはケラケラとお腹を抱えて笑っている。
「ひ、姫子。皆からキスされて、うれしいかー。ひー、お腹が痛い」
(な、ナオミのバカ・・・)
突然のキスに驚き、恥ずかしいのやら、私は頭から湯気が出る。当然、顔は真っ赤。
「姫子、ゴメン。ハンジがいけないんだからなー。抜けがけは無しだぞ」
「そうだ。姫子は皆の姫子なんだからなー」
「・・・いや、キスなんてしていないぞ! あれは人工呼吸だ!」
ハンジはそう言って私にキスをした。
「な、ナオミー。笑っていないで何とかしてよ!」
私は半べそだった。三人に代わり交代でキスをされまくった。
「じゃぁ、最後は私ね」
ナオミが私と濃厚なキスをした。
「ち、ちょっとナオミまで・・・」
「仕方がないじゃない。皆、姫子のことが好きなんだからさー」
(いやいや、そういうことじゃないんだって・・・)
「はい、氷見川さん。検温の時間ですよ」
看護婦が体温計を見て驚いた。
慌ててドクターを呼ぶ。
私は高熱だった。・・・病気ではない。学友がいけないのだ。私の退院が延びた。
第二十話
一週間後、無事退院。
ここまで入院するとは思わなかった。
私は大学に向かった。
彼等にキスのお礼を言う。それだけのために大学へ行くのは気が引けるが、沸々と沸き上がる怒りを抑えられない。
(教授、ごめんなさい)
大学の門には報道陣が私を待ち受けていた。
悲劇の占い師からコメントを取るためだけに集まっていた。
「おい! 彼女じゃないか?」
誰かが私に気がついた途端、一斉に囲まれた。
(ち、ちょっと・・・)
報道陣に揉みくちゃにされた。
「姫ーっ! こっちよ。走れーっ!」
ナオミが叫んでいる。その手には木刀が握りしめられていた。報道陣の隙間を探して、私はナオミの方へ逃げた。ナオミが木刀を構え、報道陣を威嚇する。
「こっちだ! 速く走れーっ!」
リーチ、ハンジ、カンゾーが待ち受けていた。
「ありがとう。助けて・・・」
「あぁ、俺達に任せろ!」
私は校内へ入って、ひと息ついた。
「姫子、朝から大変だったわね」
「ナオミ。助けてくれてありがとう。リーチ達もありがとう」
「そんなの気にしなくっていいわよ! ねぇ」
「そうだぞ。気にするな! 悪いのは向こうだからな。報道陣の対処は大学の方でするみたいだから、もう安心だ」
いつもの五人で食堂に集まり、昼食を食べていた。
私は改めて彼等の顔をじろじろと見た。
「姫子。どうしたんだ?」
リーチが不思議そうな顔をしていた。
「な、何でもないわよ!」
私は慌ててお茶を飲んで、咳き込んだ。
「・・・お茶は慌てて飲む物じゃないよ。ゆっくり飲まないとね」
(ヤッパリ、リキュールだ)
私はあの話を思い出していた。
きっと彼等の魂は異世界を越えて、私の側にいる。
そう確信した。私の大切な仲間。
異世界を旅して分かったことがある。
私は占いの本質が分かっていなかった。人間の心は弱い。恐竜のような目を持つ者も絶対的な権力者も心の奥では何かに怯えている。
弱き心をくみ取り、救うべくアドバイスをする。
「占いとは何か?」
その本質に触れた気がする。私は、もう一段階上の占い師になれた・・・ような気がしていた。
占いの神様が私に試練を与えたのだと今なら理解できる。
私はあることを計画していた。
(喜んでくれるかな?)
皆には自分の生き方がある。無理強いはしないつもり。私はこの五人で会社を作りたい。
すでに会社名は決めてある。
「センキ」
これが私の会社だ。資本は問題ない。今まで蓄えた貯金がある。後は人材と何をするかだけ・・・。
一年後、私はエンターテイメント会社社長となっていた。学生の身分で社長。まだ小さな会社だが、いつかきっと一流企業にしてみせる。
利一さん、半二さん、官三さんが役員として会社を切り盛りしてくれている。直美は役員兼秘書として私の側にいる。
「この世界に笑顔を届けたい」
この私の想いを受け取ってもらえるかしら・・・。
ついでに、貴女の運勢を見てあげましょう。
・・・貴女の運勢は・・・。
― 完 ―