7話 心変わり
青蜜あかね。
俺のクラスの中心人物であり、その見た目から彼女の事を好いている人はとても多い。
俺も何度か見た事あるが、おそらくあの学校でファンクラブがあるのはこいつくらいだろう。
基本的に他者に対しては優しくいつも笑顔を振りまいている。
まさに絵に描いた様なスクールカーストの上位勢だ。
まぁ、その分やっぱりモテるのだろう。 俺の前の席に座る青蜜はいつも友達と一緒にその手の話をしている。
そしてその会話こそが俺がこいつを苦手にしている最大の理由だ。
こいつの恋愛話はその少し生々しすぎる……男はアレが小さいと生きている価値がないとか、下手な奴としている時はスマホ見てるとか言ったり、ど、童貞は会話がつまらないとか!!
最後の台詞は絶対に俺に向けて言ってたし!
別に図星って訳でも無かったが、俺が昼飯をトイレで食べるのもこの為だ。
そのうち本気で嫌味や悪口を言われかねないからな……。
あと、ムカつく事に成績が良い。
話を聞く限り、いつも遊んでばっかりの筈なのに学年二位だぞ??
俺が勉強に費やしてる時間を考えると、神様の贔屓を本気で恨みたくなる。
「ちょっと! さっきから黙ってないで納得出来る理由を言いなさいよ!」
「「ひっ!!」」
その剣幕におっさんとキャリオンは同時に怯えた声を漏らした。
まだ怒ってたのか……。
それにおっさんはわかるけど、なんでキャリオンさんまで怯えているんだ?
こいつ、もしかしてキャリオンさんまで殴ったりしてないだろうな。
「ふん、まぁ良いわ。 正直誰が来ても私のやる事は変わらないでしょうしね。
良い??
あんたがどうして聖女に選ばれたかは知らないけど私の邪魔だけはしないでよね??」
目を潰す様な勢いで人差し指をこちら向けた後、青蜜は両腕を組んで不貞腐れた様にそっぽを向いた。
いや、邪魔もなにも聖女になるつもりなんて全くないんだが……。
そもそもなんでこいつはこんなやる気なんだ?
そんな奴だとは思ってなかったけど、男がヒーロに憧れる様に女の子も聖女ってのには憧れるものなのか??
よく見れば服装もゴシック調の淡い青色のドレスに着替えてるし……まぁ元が良いからか似合ってるけど。
「なに? じろじろ見ないでくれる?? 訴えるわよ?」
……どうせなら性格も変わっててくれたら良かったのに。
「ま、まぁこれで後一人じゃな。 それに聖女様のおかげで、お主の名前を知る事が出来たしのぉ! やはり流石じゃな聖女様は!!」
あのおっさんが言葉を選んで、この女を怒らせない様に細心の注意を払って媚びてるわ。
その気遣いが出来るなら最初からやって欲しかった……それに聖女様って。
さっき迄の聖女に対するあの怒りはなんだったんだよ!!
情けないおっさんの姿に俺は不満を覚える。
この調子で本当に聖女をやめて欲しいなんて言えるのだろうか??
せめて俺だけは自分で言った事を曲げない様にしようと心に決めた。
「それにしてもお主、名をまどかと言うのじゃな? なかなか良い名ではないか、ちょっと女っぽい所もお主らしいのぅ!」
「あっ、いや、違うんだ。 まどかじゃなくて、円じっ」
「ま! まどかさん? どうして此処に??」
俺の言葉は再び聞いた事のある声によって遮られた。
「あら? やっぱり貴方も呼ばれていたのね?? まぁ後一人って言ってたし、流れ的には貴方しか居ないわよね」
「あっ、はい! 先程執事の方からこちらにくる様に言われて……あっ! もしかして私、皆さんの事を待たせてしまいましたか?? すいません! 少し着替えに手間取ってしまってっ!」
……その声の主に目を向けた時、俺は異世界に来れた事に心から感謝した。
さっきの話の流れから最後の一人も俺と同じ学校の人間なのはわかっていたが、その聖女がこのビッチ女と何時も連んでる友達だった場合、俺はきっと話し合いなど諦めて逃げ出していただろう……怖いし。
だけど俺の目の前には、文字通り完璧な聖女が佇んでいたのだ。
肩にかかる緑の黒髪に清く純粋な瞳。
俺の灰色の学園生活に色をつけてくれた可愛らしい笑顔。
ゴシック調の鮮明な紫色のドレスは、大抵の男なら瞬殺できるであろう彼女の大きな胸を尚更強調させていた。
「あのぅ、まどかさん……あんまり見ないで下さい。 ……恥ずかしいです」
「あっ! すいません。 その、とても綺麗だったんで」
「本当ですか! 嬉しいです!! ありがとうございます。 私、この世界に呼ばれた時は不安な事ばかりだったのですが、友達に、いえ、あかねさんやまどかさんに会えて凄く気が楽になりました!
これから大変な事になるかも知れませんが一緒に頑張りましょうね!」
と、と、ともだち?? 聖女様が俺の事を友達って!!
今この瞬間、俺はこの世界が救われる事を確信した。
この世界はこれから先どんな困難にも負けはしないだろう!!
こんな完璧な聖女がいる。
それだけでこの国が、世界が滅びない理由になるのだから。
そして俺もそれを影で支えるのだ。 聖人になって、いや聖男になってな!!
前の世界なんてどうでもいい、この聖女を守る為なら夢すら諦められるのだから。
「……きもっ」
「ひ、否定出来んな。 本人は頭で考えているつもりなのにまた声に出しておるし、何よりあのガッツポーズはわしから見てもきもいしぅ。
それにしても、さっきまでわしと話してた時の彼奴からは想像も出来ない姿じゃな、あれでこの先、本当に大丈夫なのじゃろうか……」
後ろからぼそぼそと聞こえた声を、俺は全力で無視する。
今は聴覚に用はないのだ。
目の前に立つ彼女の姿を見る事だけに全ての神経を集中させる。
今はそれが一番大事な事だから。




