20話 暴力ヒロイン絶滅危惧種
「ふー、さてとじゃあおっさんを起こしに行くわよ、まどかちゃん!」
「……ふぁい」
すっきりとした表情でそう告げた後、青蜜は俺の前を先導する様にゆっくりと歩いて行く。
まさか本当にグーパンチをされるとはな……しかもなんか二発殴らなかった? 往復殴りされた気がするんだけど? 両頬に衝撃きたし。
でも意識があるって事は本当に手加減はしてくれたみたいだな、青蜜に本気殴られた絶対気絶する自信あるし……それでも滅茶苦茶痛かったけど。
「何してるのよ? 行くわよ??」
なかなか歩き出さない俺の事を不思議に思ったのか、青蜜は振りかえって首を傾げた。
「あ、あぁ。 悪い、今行くよ」
さっきまで怒ってた筈なのに、もう何も無かったかの様に振る舞える所は凄いよな。 切り替えが早いと言うか……ここまでブレないと逆に安心するわ。
いや、殴った後に直ぐにいつもの感じに戻れるってよく考えたら怖くね??
……うん、もうあんまり深く考えるのは止めよう、流れに身を任せるのって大切だし。
口の中いっぱいに広がる血の味を感じながら俺は青蜜の背中を追いかけて行った。
「ほら、おっさん。 まどかちゃんも起きたわよ! 結衣に近づかなきゃ大丈夫だからもう寝たフリするのは辞めないさい」
おっさんの元に着いた青蜜は溜め息まじりの呆れた声を出す。
え? これ寝たフリなの? 流石にそれは無いんじゃ無いかな? あの結衣ちゃんに殴られたんだし、流石のおっさんでもなかなか復帰出来ないとおもっ。
「……ほ、本当に近付かなきゃ大丈夫かのぅ?」
俺の考えを遮り、うつ伏せで倒れるおっさんが震えた声を出す。
うわぁ、本当に寝たフリだったわ。 相変わらず打たれ強さだけは最強クラスだよな、このおっさん。
「えぇ、今は遠くでのんびり寝てるわ」
「ふむ、それなら大丈夫じゃな。 それにしても結衣殿の寝相があんなに悪いとは思わなかったぞ!」
青蜜の言葉を聞いたおっさんは徐に立ち上がりながらそう呟き、俺と目が合うと顔を綻ばせて続ける。
「おー! まどか殿も目が覚めたのか!! 心配しておったが、皆が無事で安心したぞ。 いやぁー、良かった良かった!!」
これを本心で言えるんだから大したもんだよ本当に。 俺達に命の危険があったとしたら、それは全部おっさんの説明不足の所為だろ。
「それでどうじゃった? お主らが帰って来たって事は、ルカの少女には出会えたと言う訳じゃろ??」
「え? あぁ、ルカには会えたよ。 そしてとりあえず、発明を辞める様に話を付けてきた所だ」
「なんとっ!! お主らにはどうせ様子見の挨拶程度しか出来ないであろうと思って比較的簡単な条件にしたのじゃが、まさか既にルカの発明を止める所まで話を進めていたとは! なかなかやるでは無いか!!」
「「………」」
テンションの高いおっさんに俺と青蜜は言葉を返す事はしなかった。
これも相変わらずだけど、人をイラつかせるのも天才的だよな、このおっさん。
なんでちょっと上からなんだよ。 しかも『どうせ』ってなに? もしかして俺達3人ともおっさんに見下されてるの??
「ま、まぁ良いわ。 それで結局の所この世界に少しの変化はあったのかしら? 見た所全然変わってない気がするんだけど??」
良く我慢したな、青蜜。
「うむ、今の所はなんの変化もないぞ? そもそもお主らが過去に行ってから帰ってくるまでに掛かった時間は数分じゃからな、正確にはまだ気付いていないって事になるかのぅ」
おっさんの言葉を聞いて俺はすぐにリアから貰ったスマホを確認する。
本当だ、あれからまだ2、3分しか経って無い! まぁ過去で過ごした時間だから当たり前なのかも知れないけど、ルカの所で半日くらい過ごしてたからなんか不思議な感覚だな、これ。
「そう……目立った変化ないのね、困ったわね」
「どうしてだ? 取り敢えず全員無事なんだから良かったんじゃないか?」
青蜜が小さく呟いた言葉に俺は反射的に尋ねた。
「まぁ無事で良かったって事は否定しないわ。 でもまどかちゃんわかってる? 私達は世界の滅亡を防ぐ為に過去に行ったのよ? それ程大きな規模の過去改変を本当にしてたなら、今のこの世界も大きく変化してると思わないかしら?」
た、確かに! 過去を変えたら未来が大きく変わるのは定番だもんな!
「つまりルカの研究を止めた筈なのに、この世界が大きく変わってないって事は……」
「えぇ。 ルカちゃんの研究は今回の件には全く関係なかったか、私達が未来に帰ってから心変わりして研究を再開したか……勿論まだわからないけどね。 外の世界が大きく変わってる可能性もあるから。 まぁどっちにしてもその答えは直ぐに出るわ、私達には世界を変えたかどうかを確かめる方法があるからね」
「そんな方法があるのか? 一体なんなんじゃその方法とは??」
青蜜の言葉に興奮したのかおっさんは目を輝かせなから問い詰める様に近付いていく。
「近い近いわ! ちょっと離れてくれる? と言うかなんでおっさんがわからないのよ! 貴方の所有物でしょ?」
「わしの所有物じゃと? 何を言ってるんじゃ? そんな便利な物をわしが持っているわけなかろう?」
「持ってるわよ!! あー、もう!! なんで分からないのよ!!」
見るからにイラついてる青蜜は髪を掻き毟って発狂する。
まぁおっさんがわからないのは仕方ないとして、イラつくくらいなら青蜜が代わりに言えば良いのに。 こいつ変な所でこだわりあるよな……まぁ気持ちはわかるし、ここは俺がおっさんの代わりをするか。
「も、もしかして『星の日記』か??」
大袈裟に驚くという、慣れてる筈の無い演技をしながら俺は声を出した。
そ、想像以上に恥ずかしいな、おい。 本当に青蜜ってこう言う過剰な演出好きだよな。
俺の声を聞いた青蜜は嬉しそうに目を見開き屈託の無い笑みを浮かべていた。
……まぁこの青蜜は可愛いから良いか。
「そうよ!! まどかちゃんの言う通り私達にはリアが作った『星の日記』があるわ。 これを見れば今の世界の状況が直ぐにわかる筈よ。 日記から文字が消えたなら世界の崩壊は起こらないって事だからね!!」
「「おーっ!!」」
まぁそんな大した事言ってないけど取り敢えず声を出しておこう。 ってかなんでおっさんが感心してるんだよ!! あんたは最初からその日記を見て行動してたんじゃねぇーのかよ!
「それで、おっさん。 『星の日記』は今どこにあるんだ??」
「うむ、それならわしの部屋にあるぞ。 今直ぐ取ってこよう、時間的にも丁度更新される頃じゃしな!!」
そう言っておっさんは身体に似合わない俊敏さで部屋から出て行った。
そういえば、日記が更新されるのって昼の12時だったな。 忘れてたわ。
「……ねぇ、まどかちゃん? これで本当にこの世界を救えたのかな?」
おっさんが扉を閉めた後、青蜜は小さな声で静かに呟いた。
「さぁな。 正直何もしてないから実感ないな」
「まどかちゃんで実感ないなら、わたしなんて本当に何もしてないわ。 ただ後ろで文句言ってただけだもの……」
「あ、青蜜……もしかして馬鹿にしてる??」
いや、もしかしてなくても馬鹿にしてるなこれは!
こいつ、俺が何もしてないのを知っててこんなこと言いやがったな!
「えっ? そんな訳ないじゃない! どうしてそうなるのよ!!」
「いや、だってそうだろ? この世界に来て一番活躍してるのは間違えなく青蜜だし、結衣ちゃんが居なきゃリアを味方に出来なかったし……誰がどう見ても何もしてないのは俺じゃん」
「か、活躍してるって私が?」
「当然だろ。 キャリオンさんの時もリアの時もルカの時も! 青蜜が居なきゃ詰んでたさ。 本当に凄い奴だよ、青蜜は。 世界を救うって言葉が似合う程にな」
「………」
そう、確かにここまでは殆ど青蜜のおかげだった、それは認めよう。
だけど、俺もこのまま終わるつもりはない! 折角異世界に来たんだ! 俺も絶対に活躍してやる!!
それに最近は異世界の神様も俺に優しい気がするしな!!
「って、どうした青蜜? 熱でもあるのか?」
「な、なななんでもないわよ!! い今はこ、こっち見ないで!!」
もしかして今更俺が全然活躍してない事に気付いたのか?
だから怒ってるんじゃ……い、今は話しかけるの辞めよう。
少しだけ気まずい空気を肌で感じながら、俺はおっさんの帰りを静かに待つ事にした。




