35話 影達の帰還
「と、とにかく一旦この空間を解除するとしようかのぅ。 我の魔力もそろそろ限界が近いし、これからについての細かい話し合いも必要じゃろ??」
リアは俺の身を気遣ってか自身の手を叩いた音を響かせて声を出す。
「……わかったわ。 まどかちゃん、今回は許してあげるわ。 だけど次に私をそのあだ名で呼んだらどうなるかわっているわよね??」
「は、はい!!」
「ふんっ! 言っとくけどそんなんじゃハーレムなんて一生無理なんだからね」
青蜜はそう言い残し俺の近くから離れて行く。
た、助かった。 あのまま追撃されてたら間違えなく気絶してただろう……それと先に殴ってくれた方が青蜜で良かった。 結衣ちゃんに殴られてたら首飛んでたかも知れないもんな。 まぁ青蜜のパンチも滅茶苦茶痛いけど……。
殴られた方の頬を押さえ、もう二度と自分からスキルを使う事はしないと心に誓いながら俺は元いた場所にゆっくり戻った。
「ご、ごめんね結衣ちゃん。 失礼な事言ったよね、本当にすいませんでした」
俺はとりあえず一番怒らせてはいけない人に最初に頭を下げた。
「ま、まどかさんにも色々考えがあっての事でしょうから私は気にしてませんよ。 あだ名も新鮮でしたしね」
あれ? そんなに怒ってない? むしろ結衣ちゃんのこの表情って結構喜んでる? つまり好印象だったりするのかな? んー、女の子の考えている事は全然わかんないな。
「あっ、でもいくらまどかさんでも私の事をペチャパイと呼んだら容赦はしませんからね??」
暗く虚な目を俺に向けて結衣ちゃんは頬を緩める。
あ、危ねぇ。 貧乳じゃなくてペチャパイって言ってたら完全に終わってたんだな。 ……どっちも同じ意味だと思うんだけど何か違いあるのかな??
「まどかちゃん私にも何か言う事あるんじゃないの?」
「え? あぁ悪かったよ、ごめんごめん」
「なっ! 何よその謝り方! 私にもちゃんと謝りなさいよ!!」
何で怒ってんだ? それにそもそも別に青蜜には謝る事はないと思うんだけど。
「なぁ、そもそも青蜜は何にそんな怒ってるんだ??」
純粋な疑問を俺は青蜜に尋ねる。
「わ、私もそのあだ名が嫌なのよ! し、処女っちって呼ぶの禁止! わかったわね??」
「俺の事は童貞って馬鹿にする癖にか??」
「まどかちゃんは男だから良いじゃない! 私が呼んだ本には男の人は童貞って馬鹿にされるのも悪くないって思う人が多いって書いてあったし!! だ、だからわざわざいつも童貞を馬鹿にしていたんだからね!!」
なんだその本。 それにそんな一部の人達の言葉をさも男の代表の様に言われて困るんだが。
ってかこいつが学校で童貞の事を馬鹿にしてたのって良かれと思ってやってた事なの??
え、何の為に? ……俺を喜ばす為って事??
顔を僅かに赤く染めてる青蜜に俺の心臓は不覚にも鼓動を強めてしまう。 あ、青蜜って本当は俺のこと……。
「あ、青蜜さ、その悪かったな。 ごめん」
「も、もう良いわ。 それにどうやら私も勘違いしていたみたいだし、ご、ごめんなさい」
あれ? こいつこんなに可愛かったけ?
「どうやらお主らの話も一段落ついたみたいじゃな。 さて、では元の部屋に戻すとしようかのぅ。 あぁそうだ、お主らには世話になったな。 勝手に呼び出しておいて何じゃが随分と楽しませて貰ったぞ。 ありがとうのぅ」
リアは後ろで待機していた俺達の影に頭を下げた。
別に良いけどなんか急にキャラ変わってない?? まぁさっきまで死の淵に居た事を考えれば可笑しい事ではないかも知れないけど。
「あぁ、そうか。 俺達、消えるのか」
「どうやらその様ね。 でも消えるわけでは無いわ、戻るだけよ。 元いた場所にね」
……もしかしてこいつら最後までこの恥ずかしいやり取り見せつけるつまりなの? もういいよ、早送りしようよ。
「私達の物語はここまでですからね。 次は貴方達の時代です」
影惣も、円人と影蜜の中二病セリフに影響される様に俺達に指を向けて何処かで聞いた台詞を叫ぶ。
青蜜、結衣ちゃん、これ止めた方が良いんじゃ無いかな?
隣で静かにしている二人を俺は横目で見る。
だ、駄目だ。 二人ともなんか悲しげな雰囲気で俺達の影の寸劇を見守ってるもん。 ここで俺が声を出したらむしろ怒られるんじゃ無いかと思えるな。
お、俺も黙って見送ろう……多少恥ずかしいの我慢するから変な事だけは言わないでくれよ。
そんな祈りを込めて俺は再び影達に視線を戻した。
「お前達とはさ、短い付き合いだったけど会えて良かったよ。 その……ありがとうな」
もう恥ずかしいんだが。 その顔辞めろって本当。
「そうね。 確かに会えて良かったわ、お互いに本体への不満を話せてすっきり出来たしね」
「ええ、それは本当に助かりました。 私の本体なんて嘘の塊みたいな人だったので、とても気が楽になりましたから」
「私の本体も似た様なものよ。 お互い苦労するわよね」
お前ら楽しく談笑してだと思ってたら俺達の悪口言ってたの?
酷くない? 結構大変だったんだぞこっちは!
「おっと、そろそろ時間の様だな」
透明になりつつある自身の掌を見つめ震える声で円人は話す。
「青蜜、いや影蜜。 お前が本当は良い奴だってわかって嬉しかった、もしこれからも一緒にいたら惚れてたかもな」
おい、嘘つくな。
まぁそりゃあ多少は可愛い所もあるなとは思った事もあるから可能性がゼロって訳じゃないかも知れないけど……。
「私もよ、円人だったら付き合ってあげても良かったかもね。 まぁ元々学校にいた時から気になってたし。 でも異世界に来てからのまどかちゃんは無しね。 これは本体も同じ気持ちだと思うわ」
え? これどう言う意味? つまり異世界来なかったら俺と青蜜は良い関係になれたかもって事?
「あー! ずるいですよあかねさん。 私も円人さんの事は良い人だと思ってたんですから!! まぁ後半の部分も同じですけど」
「まぁそうよね。 まどかちゃん学校ではミステリアスな雰囲気であんまり話さなかったし、悔しいけど成績も良いから人気はあったもんね。 だからあんな事考えてたなんてショックだわ。 もし異世界なんて来なかったら、本当にハーレム作れたかも知れなかったのにね」
「そうですよね。 私の本体も今となっては大分好感度下がってる筈ですよ、影の私が言うんだから間違いありませんね」
……これも嘘だよね? 此奴ら所詮影だもんね? 異世界に来てヒロインの好感度下げるなんて有り得ないだろ?
あ、青蜜や結衣ちゃん頷いてる様に見えるのも気のせいだよね?
「まぁ俺の本体は伊達にハーレム目指してた訳じゃ無いから外面は良かったしな。 だけど内心はびびりまくりのただのヘタレだよ」
遂に俺にまで悪口言われたんだけど……もう嫌だ。 本当に帰りたい、異世界なんて二度と来たくない。
「まぁ俺の本体はこれからだよ。 内面も悪くないと俺は信じてるからね。
それじゃあ二人ともまたいつか会える日を楽しみにしてるよ」
「本当に? じゃあ少しだけ期待してるわ。 ふふっ、また何処かでね」
「私も期待しときます! では皆さまお元気で!」
影達はそう言い残すとその場から姿を消した。
隣から聞こえる鼻をすする声と大きな拍手に戸惑いながら俺は三人全員に二度と現れないで欲しいと願わずにはいられなかった。




