32話 童貞の意地
「あ、青蜜は満足したかも知れないけどさ、俺だってこの魔女には不満が溜まっているんだ。 俺の不満が解消されるまでもう少し待ってくれないか?」
「……わかりました。 あかねさんの頼みだけを聞くのは不公平ですものね、私とした事が失礼しました。 すいません」
咄嗟に思いついた俺の言葉に結衣ちゃんは頭を下げながら謝ってくれた。
良かった、どうやらまだ少しは理性が残っているのかも知れない。 この丁寧な話し方は学校で話す結衣ちゃんと変わりはない。
「ですけど、出来れば早めに済ませてくださいね? それと間違っても私の方には飛ばさないで下さいよ?? あっ、あと声も抑える様にして下さい、獣の声を聞く趣味はないので」
「……えーと、結衣ちゃん? 俺がこの魔女に何すると思ってるのかな??」
「え? まどかさんは童貞って言われた事に腹を立てているのですよね? でしたらこの魔女相手にやる事は一つでしょう?? この魔女見た目の割にはそれなりに歳は取っているらしいので問題はないでしょう」
いや、問題しかないだろ?
「まぁ正直言えばこんな女で本当に良いのかは甚だ疑問ですがね……私の方が絶対良いと思いますし。 ですが、まどかさんの趣味に口を出す権利は私にはありませんので遠慮せずにどうぞ。
あっ、あかねさんの時と同じく私はここを離れるつもりは無いのでそこは了承してくださいね??」
……童貞ってこんな生物だと女の子に思われてるの?? ってか俺の恥ずかしい過去が何時の間にか童貞って事になってない??
それ言ったのは、青蜜と影蜜で魔女は関係ないんだけど??
「結衣ちゃん、俺はそんな事するつもりは無いからね??」
「えっ? まどかさんこの魔女を犯すんじゃないんですか? もしかしてここまで来てビビっているんですか? 童貞さんって本当に色々大変なんですね……」
目を見開いて本気で驚いているといった表情を結衣ちゃんは作り出す。
あぁ、駄目だ。 結衣ちゃんに理性なんてとっくに無かったわ、話にならないもん。
「もし勇気がないなら私が手伝ってあげましょうか? 魔女の服くらいなら簡単に破けますよ??」
「いや、だから違うんだって!! ちょっとは俺の話を聞いてくれ! 俺はただ魔女と少し話がしたいだけなんだ」
「話? あんな事されたのに少し話すだけで良いんですか? 拗らせすぎじゃないですか??
まぁ良いです。 ですが先程も言った通り私はここを離れませんからね? それでも良ければどうぞ」
そう言って結衣ちゃんは魔女の首根っこを掴み猫の様に軽々と持ち上げる。
「痛い、痛いのじゃ!!」
……どう考えても拗らせてるのは結衣ちゃんの方だと思うけど。
それにしても勢いで話だけしたいって言ったけど、どうしたものかな。
この弱り切った魔女と話しても今の結衣ちゃんを止める妙案なんて思いつくとも思えないしな。
かと言って青蜜にも期待できない、あいつさっきから何故か放心状態なんだよな。 魔女のお尻叩きがそんなに楽しかったのかよ……。
「どうしたんですか? 話したい事があるのでは??」
「うっ、まぁそうなんだけどさ」
くそ、何も思いつかない! こうなったら一か八かだ。 この会話の中で結衣ちゃんが思い治す様な事を見つけるしか無い。
大丈夫、俺なら出来るさ。 今までだって適当に切り抜けてきたんだから。
俺は呼吸を整え、魔女と結衣ちゃんに思い付いた言葉を投げかけた。
「な、なぁとりあえず名前を教えてくれないか? そうそう、思えばまだ名前を知らなかったよな!! 最初に言ってたのが名前なのか? えーと、リア・リスだっけ??」
「……そうじゃ、我の名はリア・リス。 幾千の時を生きる至高の魔女にして全ての生命体の頂点じゃ!!
まぁそれも今日限りで終わりなんじゃがな」
虚な表情を浮かべて魔女は静かに呟く。
完全に敗北宣言してるな。
結衣ちゃんの事を止める為にはこの魔女の協力が必要不可欠だ、何とか気持ちを立て直してもらいたんだが。
「リア・リスか。 ……やっぱ異世界だけあって格好良い名前だな」
「??」
だ、駄目だ! 全然会話が思い浮かばん! 何だこの会話!! 下手か!!
「一体、お主は何の話がしたいのじゃ? まぁ我としては、これで許してくれるなら感謝ではあるけどのぅ。 もうお尻叩きだけは嫌じゃし。
それにしても名を聞かれたのは随分と久しいな。 最後の質問で名前を尋ねるなんてお主も中々粋な事をするでは無いか、見直したぞ。 ありがとうな」
今まで見せた事のない儚い笑顔をリアは浮かべる。
いや、違うんだよ! 褒められるのは嬉しいんだけどさ、俺の意図はそんな格好良い物じゃないんだよ! だからそんな満足そうな顔をしないでくれよ!!
「もう良い十分じゃ。 お主が我の名前を覚えていてくれるなら、それが我の生きた証になるのじゃからな。 くくっ、愉悦の魔女には似つかない良い最後じゃったわ。 ほら、貧乳娘よ。 もう覚悟は決まったぞ、いつでもかかってくるが良いぞ」
「なるほど、流石まどかさんですね。 たった一つの問答でこの魔女に覚悟を決めさせるとは……私としてもこちらの方がやりやすいです。 ありがとうございます」
おいおい、勝手に話を進めるな。 あっ、ちょっと! 結衣ちゃん何その構え? その手の形おかしくない?? 突き刺すつもりなの? しかもそれ絶対心臓目掛けてるよね??
「くくっ、全くもって面白い一生じゃったな」
お前もそれっぽい事言って目を瞑ってるんじゃねぇー! さっきみたいに駄田をこねてくれ!! 何で俺の適当な言葉で覚悟決めてんだ! やめろ! このままじゃ目覚めが悪いだろ!!
「まどかさん、そこを退いてください。 血が着いてしまいます」
……どうにかなるどころか、一気に展開を早めてしまった。 もう無理だ、こうなったら俺も覚悟を決めよう。 結衣ちゃんが魔女を殺したら、必然的に元の世界には戻れないだろうし、この世界も滅ぶ事になるんだもんな。
うん、今考えても全くもって酷い人生だったな。
どうせ魔女を、リアを殺すなら最後に名前なんて聞かないでっ。
「俺のハーレムの夢を叶えて貰えば良かったぁ! 失敗したわ!!」
「「「……はぁ??」」」
俺の心の叫びは能力を通して部屋全体に響き渡り、全員の思考を一瞬止めたかの様な空気を三度作り出す。
あぁ、忘れてたわ、この力。 な、何もこんな時に発動しなくても良いのに。
「何じゃ、暴露されたのにまだその様な夢を持っておるのか?? まぁ我ならその程度の願いなど叶えてやれん事も無いが、もう時間がないしのぅ。 すまんのぅ」
「「「えっ??」」」
リアの言葉に今度は俺達三人が声を揃える。
……もしかしてリアの力を使えば、俺の夢も、みんなの願いも叶えられたりするのか??
俺達は示し合わせた様に顔を見合わせるとその場で小さく頷き、一斉に口を動かした。
「「「その話詳しく話して!!」」」
青蜜と結衣ちゃんの期待のこもった声を聞いて、俺の心の叫びは今回だけは少し役に立った気がした。




