3話 男の大事な物
「はっ!!」
数十分程経過した後だろうか、おっさんは夢から覚めた時の様に身体をビクつかせた。
「おっさん……だ、大丈夫か?」
「あぁ、まぁ何とかな。 それよりお主が男というのは真か?」
おっさんは唇を震わせていた。 まぁ気持ちはわかる、折角異世界から召喚したのに肝心な性別を間違えてしまったのだ、ショックも大きいだろう。
なにより俺もショックだし……。
「残念ながら本当だよ。 俺が謝る事でも無いけど、何だか期待させて悪かったな」
「全くじゃ!! 何で男が召喚されるのじゃ、おかしいじゃろ! お主一体何なんじゃ、一体どうしてくれるんじゃ!」
うっすら残った髪の毛を掻きむしり、取り乱しながらおっさんが声を荒らげる。
何で俺が怒られた感じになっているのかは納得出来なかったが、大事にしてきたであろうおっさんの髪が抜け落ちていくのを見て、ここは男として我慢すべき時なのだと強く思った。
「ま、まぁ仕切り直せば良いんじゃないか? 俺の事は無かった事にしてさ、新たに誰か呼べば良いだろ?
それに今回は失敗したかも知れないけど、前の二人はやる気がある奴らなんだろ?
三人中二人も成功したと思えば結果は悪くないんじゃないかな??」
慰める様に宥める様に、出来るだけ優しく俺はおっさんを励ました。
初めてあった見ず知らずのおっさんとは言え、その人の大事な物が消えていくのを見るのは耐えられなかった。 男ならわかる筈だ。
あらゆるおっさんにとって残り少ない髪は本当に重要なのだ。
「うぅ、お主はやはり優しいのぅ。 取り乱してすまんかった、元を正せばわしのミスなのに……どうやらとてつもない迷惑をかけた様じゃな」
「落ち着いたか? 俺の事はもう良いさ、ちょっと残念だけど間違えは誰にでもあるからな。 確かに死ぬ思いまでしたのに、勘違いでしたって言われた時は腹が立ったが結果俺は生きているからな。
おっさんの大事な物に免じて許す事にするよ」
本音はめちゃくちゃ残念だけどこればっかりは仕方ない。
勘違いで呼ばれた以上この世界に留まる理由もないし、聖女関係ならそこまで未練もない。
それに俺は別に元の世界も嫌いじゃないんだ。
冷静になって考えれば頑張って目標の高校に入学したばかりだし、もう少しあそこで頑張ってみようかなと思ってた所だしな。
「さて、じゃあ俺はこのまま元の世界に帰るかな。 そろそろ昼休みも終わる頃だろうしな」
「か、帰るのか? えらく決断が早くないか? 別にもう少しゆっくりしていっても良いのだぞ??」
「気を使わなくても大丈夫だよ。 それに長居すると気持ちが変わるかも知れないだろ? 異世界ってのはそれくらい男子高校生には魅力的な所だからなぁ」
どうやらこのおっさんにも人の事を考える事くらいは出来るんだな。
「えっ? いや、ちょっとだけでもゆっくりしていきたまえよ。 この国は良い所じゃぞ? 観光名所もいっぱいあるしのぅ」
額に汗を流し俺から目を逸らしながらおっさんはこの国が如何に素晴らしいかを力説し始めた。
その姿を見れば、おっさんのさっきの台詞が俺の事を気遣って言ってくれたものじゃない事は直ぐにわかった。
嫌な予感がするのは俺の気のせいだと思いたい。
「ま、まさか元の世界に戻る方法は無いとか言わないよな?」
「っ!!」
おっさんは顔を青ざめさせゆっくりと視線を俺から外す。
「そ、そんな事はない。 元の世界に戻る事は可能じゃ! ……ただ」
「ただ??」
「帰られるとわしが困るのじゃ!」
再度目があった時、おっさんは目に涙を溜めていた。
「ど、どういう意味だ?」
おっさんの言葉は俺には理解できなかった。
俺は男だ、おっさんの望みの聖女にはどう頑張ってもなれないはず。 なのに何故俺が元の世界に戻るとおっさんが困る事になるんだ??
「あの機械ではもうこれ以上異世界人をこの世界に呼ぶ事は出来ないのじゃ!!
どうやったらこの世界の守れるかも正直わからない今、何かあった時の為にお主にはこの世界に一応留まって欲しいのじゃよ!!
つまりは何かあった時の為の保険じゃ、もし先に来たあの二人にでも、どうしようもない危機が訪れた時に期待はしていないが、お主がいればなんかミラクル起こるかもって思いたいのじゃ!!
そうすればわしの心はほんの少し軽くなるじゃろう? だからお願いじゃ、世界のために国のためにそしてわしの為に今はまだこの世界に留まってはくれないだろうか?」
「……今すぐ帰ります」
「なっ! 何故じゃ! こんなに頭を下げているのに何が不満なのじゃ!!」
むしろ今の言葉でどうして俺がこの世界に留まると思ったのだろうか。
馬鹿にされているとしか感じなかったのだが。
「やはり男なのに聖女と言うのが気に食わないのか? 大丈夫じゃ、お主身体は貧相だし顔もまぁ女と言い張れなくもない!
それでも嫌と言うなら最悪、聖男の称号を与えても良い! それならどうじゃ?」
「聖男って何だよ……聖人で良いんじゃ。
はぁーもう良いよ、俺は今すぐ帰る。 決めた事だしな、早くその機械動かしてくれよ」
これ以上このおっさんの話を聞いているとまた殴りかかってしまうかも知れない。
俺は会話を無理やり区切った。
「何故じゃー、ここまで譲歩しているのに何が不満なのじゃー!!
お主だってさっきは気持ち悪い顔で 『あれ自分また何かやっちゃいました?』 って言いたいみたいな事を言っていたではないか!
急に興味無くなった様な顔しおって! さっきは引き受けてくれると言っていたではないかぁー、これも何かの縁なのじゃろぉー、何が不満なのじゃ!!
聖女か? もしや聖女が嫌いなのか??」
鼻を垂らし目に涙を溜めながら子供の様におっさんは喚き散らす。
同時に俺は自分の体温が5度ぐらい上がった様な感覚に襲われた。
……こ、声に出ていたのかぁ。
めちゃくちゃ恥ずかしいやつだこれ。 おっさんの事より今までちょっとクールな感じを気取ってた自分を殴りたくなる。
ま、まぁでもそれならそれでちょうど良い。
ここからは正直に話そう、おっさんの指摘も間違っていないからな……。