28話 美優ちゃんの胸
「ど、どう言う事なの? ゴールも出来なかったって!!」
俺と全く同じ疑問を青蜜は円人に尋ねた。
「私達二人は先にゴールする面々を見るたびに気力と体力を削られて行ったのです。
徹夜と裏切りよって元々少なかった体力と精神を大幅に……そして最後の一組が私達より先にゴールテープを切った瞬間、私達の意識も同時に途切れたのです」
円人は何処か儚げな表情を作ってその質問に答えた。
まぁ徹夜は自業自得だし、別に裏切られても無いけどな。
「こうして私の小学5年生の運動会は終わったのです。 赤組と白組のどちらが勝ったのかもわかりませんでした。 私が目を覚ましたのは病院のベッドの上でしたから。
意識を失った事で受け身を取れず、顔を地面に強打し顎と鼻を骨折……入賞どころか入院ですよ、ははっ」
えぇ……思った以上に重傷だな。 わ、笑えない。
「まぁ此処までならまだギリギリ笑い話で済ませられました。 小学生の可愛い失敗談で、私自身も目覚めた時は思わず笑ってしまいましたから。 同時に美優ちゃんとの思い出が増えた事に喜び、もっと仲良くなれると本気で思っていたくらいです」
悲しく答える円人の姿は俺にようやく一つの答えを思いつかせた。
もしかして結衣ちゃんが偽乳を求めた理由って……。
「なぁ、その美優ちゃんって子は無事だったのか??」
不貞腐れた様に首を大きく捻り円人は俺から視線を逸らす。
「……私の病室には美優ちゃんの姿はありませんでした。 不安を感じた私は直ぐに病院中を探し回りました。 ですが、結局美優ちゃんの姿を見つけられる事は出来なかったのです」
「そ、そんな!! じゃあもしかして美優ちゃんはその時に……死んじゃったの??」
青蜜は声を震わせる。
いや、そっちじゃないと思うけど?? まぁ紛らわしい演技なのは確かだけど、青蜜の想像力もちょっとずれてるよな。
「え?? あっ違います。 逆です、美優ちゃんは無傷でしたよ」
思わず素に戻った円人は手を大きく振って青蜜の言葉を訂正する。
そりゃそうだよな。 そして美優ちゃんが無傷だった理由こそがこの話の最終地点なんだろう。
「つまり結衣ちゃんが胸を大きくしようとした理由ってさ」
「……ええ! そうですよ! だっておかしいじゃないですか!! 無傷ですよ??
私は顎と鼻を骨折したのに、美優ちゃんはおっぱいが大きかっただけで無傷!! こんな事が許されますか??
言わばおっぱいとは、女の子の防弾チョッキなのです!! あるとないでは魅力が半減所ではありません!
生存率が段違いなんですよ!!
自らの生存率をあげる事がそんなに変な事でしょうか?? いけない事ですか? いざ正面から刺された時、貧乳は死ぬんです!! 爆乳ならかすり傷で済むのに!!」
再び俺に視線を戻した円人は目に涙を溜めながら息継ぎせずに言い放った。
さ、流石にかすり傷は盛り過ぎだとは思うんだが……ってかなんでこいつが泣きそうになってんだよ。 関係ないだろお前。
そ、それに本当にこれが理由なの?? だとしたら結衣ちゃんも結構なお馬鹿さんなんじゃ……。
「だっははは!! 面白いのぅ!! 他人に朗読させるとまた別の面白さがあるのぅー!!」
魔女は自らの膝を大袈裟に叩きながら笑う。
こんなに爆笑出来るって凄いな……普通ちょっと遠慮する所だと思うけど、この魔女にはそんなのお構いなしだな。
「しかもな? その顎を砕いた日から此奴何故か武術を習い出したらしいのじゃよ!! そもそも受け身を取れていたらあんな事にはならなかったと思っているらしい!!
そしてそのせいで今回の召喚儀式の時に強くなりたいなどと考えていた様じゃな。
くくくっ、その時にそこのポンコツ二号の様な願いだったら良かったのになぁ?? 胸を大きくしてくださいって言う簡単な願いでな!」
余程の鬱憤がたまっていたのか、俺や青蜜の時よりも饒舌に語り出す。
「因みにじゃが、もしお主が武術などで身体を鍛えてなかったら今頃もう少しくらいは大きな胸を手に入れていたと思うぞ??
くく、お主身体を鍛えすぎてぺったんこではないか。 まぁこれはあくまで我の予想じゃがな。
にしてもいつの時代も何処の世界も貧乳とは愚かしい生き物よなぁ?? いや、愚かしいからこそ貧乳なのか?? いや、この言い方は正しくないか、まるで貧乳が悪いみたいじゃしな。
真に愚かしいのは、高校生にして偽物の乳をその身に取り込もうとしたお主の浅ましい考え方よなぁ。 我は思うのだが、そこまで生存率を上げたいなら最初から防弾チョックとやらを着込めば良いではないか?
それをしないのは見栄えの為か? それとも胸で危機を回避する事に意義があると本気で考えている阿呆なのか??
あっ質問してみたけど答えなくて良いぞ? 所詮は偽乳ペチャパイ女の浅ましい考えじゃ。 我には理解出来るものではいじゃろうからのぅ。 あとはっ」
「……今なんて言いました??」
愉悦の魔女の最大級とも言えるであろう煽りを遮ったのは 青蜜でも影蜜でも、そして影惣でも無かった。
俺は隣から聞こえた、冷たく重い声の主に目を向ける。
さっきまで目を伏せていた結衣ちゃんは、その大きな瞳で真っ直ぐと目の前の魔女を睨み付けていた。
な、なんか結衣ちゃん怖くないか? さっきの影惣とは違う怖さを感じるんだが……。
「おや? 今度は本体様が直々におでましか?? くくくっ、ずっと寝たふりでもして居れば良かったのにのぅ。 今更目を覚ましてどうするつもりじゃ??」
「最後にもう一度だけチャンスをあげるわ。 私は結構我慢出来る方だから……魔女さん、今私の事なんて言ったの??」
「はぁ? この後に及んでお主は面白い事を言うのぅ? なんじゃ我が言った言葉に怒ったか?」
最早見慣れた笑みを魔女は浮かべながら続ける。
「うーむ、じゃがもう一度と言われても心当たりがありすぎて見当がつかぬな。 貧乳か? 偽乳か? それとも……ペチャパイか??」
魔女がその言葉を口にした瞬間、俺の隣から凄まじい打撃音が響く。
俺はその音に釣られて直ぐに視線を魔女から隣に動かした。
俺の視線の先には、立ち上がっている結衣ちゃんとさっきまで座っていたであろう椅子の残骸が散らばっていた。
え? なんで結衣ちゃん立ち上がってるの? さっきの音からのその残骸って……もしかしてこの椅子壊したのか??
「……私はもう貴方を許すつもりはありません」
目の前で起きた展開に全然ついていけなかったが、結衣ちゃんが激怒している事だけはその口振りからはっきりとわかった。
……急にバトル漫画見たいな展開になったりしないよね?
もしそんな展開になったらしょうもない能力しかない俺は生きていけないからな??




