27話 思い出=運動会
「ひ、一つだけ忠告しておくわ。 もし貴方がこれから先も魔女として生きたいなら、それ以上口を開かない事ね。 私にもどうなるかわからないわよ??」
影惣は横に座って目を閉じている結衣ちゃんの様子を確認しながら魔女に話しかける。
「くくっ、今更そんな脅しを我が聞くと思っているのか?? お主らが我の作り出したこの空間で何もできない事は既に証明済みじゃしのぅ。 それに何かが起こると言うなら是非体験して見たいくらいじゃ」
呆れた口調で魔女は影惣の言葉を一蹴する。
体験したいと口にはしているがそんな事は絶対に起こり得ない思っているんだろう。
あの下卑た笑みからはそんな気持ちが感じ取れた。
それにしても影惣も大分焦っているな、さっきまでならこんな見え透いた脅しなんてしなかっただろうし。
まぁそれもそうか……誰だって自分の秘密をバラされそうになったら焦るもんだよな。
「これは脅しじゃ無いわ! 本当にっ」
「もう良い、お主も少し黙っておれ」
最早見慣れたやり取りを終え、魔女は再度自身の持つ紙に目を通し始めた。
「な、なるほど、確かにこれは面白いのぅ。 隠したくなる気持ちがわかるぞ。 どれ、おいそこのポンコツ二号! これを朗読してみろ!」
そう言って魔女は円人に向かって自身が読んでいた紙を投げつけた。
……影の俺がポンコツって言われるのはまだしも二号は嫌だな。
だって一号がおっさんって事だろ?? 普通にポンコツって言われた方が100倍マシじゃん。
いや、そもそもポンコツだとは思ってないけどな!!
まぁ今回ばかりは魔女もミスをしたな。 大方俺に読ませる事で結衣ちゃんへのダメージを倍増させようとでもしたんだろうが、残念だったな。
その紙になんて書いてあろうがこれ以上俺が結衣ちゃんの足を引っ張る事はないのさ。
何故なら俺はまだこの世界の文字を読む事が出来ないからな!
……あー、うん。
今の俺ポンコツだったわ。
「あ、あれは私が小学5年生の運動会での出来事です」
ってお前は読めるんかい!!
まぁ、知ってたけどさ!
どうせ読めるんだろうなとは思ってたけどさ!
それでもやっぱ腹立つわ!! しかも、また何の迷いも無く読み上げやがって。
ねぇ? これ本当に俺なの? 俺って本当にこんな阿呆な子なの??
「その運動会で私は仲の良い友達である美優ちゃんと、ある競技に出る事が決まっていたんです……二人三脚に」
何でそこ溜めたんだ。 二人三脚ってそんな重要なワードか?
なんかさっきから細かい所ばかり目につくな。
仮にも自分と同じ姿で話している奴を見てるから余計に気になるってわけか。
「うぅ!! うー!!」
すぐ近くから影惣に唸り声が聞こえる。
その必死さを見れば、これから先は余程聞かれたく無い話なのだと言う事は推測できた。
だけど俺が、いや円人がそんな事に気付く訳は無く、その後も魔女に言われるがままに続きを話始めた。
……いや、俺を見られても困るって。
「正直その種目に出る事が決まった時は嬉しかったです。 大好きな美優ちゃんと一緒だったし何より私も美優ちゃんも足があまり早くなかったのです。
だから純粋なかけっこじゃ無い二人三脚なら仲の良い私達が勝てる可能性もあるんじゃ無いかと喜んでいたのです」
それは凄いわかる、俺も障害物競走とかの方が好きだったもんな、言い訳できるし。
「私と美優ちゃんのペアは、元々仲が良いこともあって連携は抜群でした。 それに私達は身長も同じくらいでしたし、体型も……まぁ一部分を除いて同じでしたので、本番一日前練習では一位を取るくらい体の相性が良かったのです」
あぁ……ここで結衣ちゃんのコンプレックスが出てくるのか。
ってかそれよりも体の相性って言い方変えてほしいんだが。 そっちの単語の方が気になっちゃったじゃねぇーか。
「私は本番が楽しみでした。 今までどんな競技でも入賞した事なんて一回も無かった私にとって、本番前とは言え一位を取った事に興奮していたのです。
今思えば、これが私の人生の分岐点でした。 まさにこの一位こそが落とし穴だったのです……私はその日、興奮を上手く押さえつける事が出来ず殆ど眠れなかったのです」
なんかちょっと面白そうだな。 普通に続きが気になる、青蜜も影蜜も聞き入っているし。
「そんな事もあり本番当日の私の体調は最悪でした。
一睡も出来なかった事も勿論ですが、興奮状態にあった為か、知らずの内に身体にも疲労が溜まっていたのです。
そして絶望的な事になんと美優ちゃんも私と同じ状況だったのです。 私達は学校で顔を合わせると直ぐにお互いの状況を察して話し合い、そして決めたのです。
『この状況では一位は確実に取れない……ならばせめてここは入賞範囲である三位を狙いに行くべきだと!!』
私達のレースは同時に8組が走る事になっていました。 全力を出して思わぬ事故を起こすよりは力を抑えて安全に三位を狙いにく。
前日の練習で周りのレベルを知っていたので、力を抑えても十分勝てる事を考慮した完璧な作戦を私達は短い時間で作り上げたのです」
小学5年生の女子が運動会でこんな作戦会議してると考えたらなんか微笑ましいな。 全然完璧な作戦じゃないし、どっちも楽しみで寝不足ってのも可愛いし。
「そしていよいよ運命の時がやってきたのです。 私と美優ちゃんは赤い布でしっかりとお互いの足を結び肩を組み、スタートの合図を待ちました」
「そ、それで結果はどうなったの??」
青蜜が真剣な表情を浮かべて円人な尋ねる。
余程続きが気になる様だ。 まぁ好きそうだもんな、この手の話。
「……結果から言えば、私達は8組中最下位でした」
「ど、どうして? いくら体調が悪かったとは言え、最下位なんて! 何があったの??」
「……私達は騙されていたんです。 あいつらに!!」
青蜜が変に熱く反応するから、円人もちょっとやる気になってるな……ってか演技上手いなぁー、俺とは思えない。 まぁ贔屓目だろうけど。
「あ、あいつら??」
「一緒に走ってた私達を除く7組のグループの奴らにですよ!! あいつら練習では全く本気じゃなかったんです!! 」
円人は大声で怒鳴り散らす。
……完全に役に入りきってるな。
「そんなっ!! 相手は小学生よ?? 練習の時に本気を出さないなんてありえるの??」
有り得るだろ。
「ありえます。 それどころか女の子は本番でしか本気を出さない生物なのだと、私はその時に知りました。 あいつら普段は全力を出す事より見た目を気にしていますからね。 まぁ私や青蜜さんとは無縁の話ですが」
なにその理論? 初耳なんだけど??
と言うかその台詞は、紙に書いてるんだよね?? 俺の内心とかじゃないよな??
「そんな簡単な事にレースが始まってから私達は気付いたんです。 そこからはもう見事な転落っぷりですよ、私達は二人とも慌てふためき息は合わないし、みんなに追い付く為に無我夢中で走りましたが、徹夜明けの体力では当然追い付く事など出来ず、気付けばあっという間に全組ゴールです……」
まるで自分の事かの様に円人は目を伏せた。
あれ? 結局なんの話だったのこれ?? 胸のくだりは??
「そう、それは辛かったわね。 でも、ゴールは出来たのでしょう? しょうがないけどまだ5年生だし、来年があるじゃない!! どんまい!」
やっぱ基本良い奴だよな、青蜜って。 俺ならこの流れで励ましの言葉なんて出てこないだろうし。
それにしても話の流れがいまいちわからないけど、つまり二人三脚でペアになった美優ちゃんって子の胸が大きかったのが羨ましかったって事かな??
それで自分も大きな胸が欲しくなったとかって感じのっ。
「……ゴールも出来なかったのです」
「「えっ?」」
俯いたまま呟く円人の言葉は俺の思考を強制的に遮った。




