25話 偽物は実物より本物
「ほ、ほぅ。 お主なかなか面白い事を言うではないか。 まぁ我はガキでもババアでも無いし、異世界人の悪口など然程気にも留めぬが、次言ったら許さんからな? 先程のポンコツと同様の目に遭いたくなければ口を慎む事じゃな」
面と向かって思いっきり悪口を言われた魔女は、声を震わせながら苦笑いを浮かべていた。
ガキだし、ババアなのは確かだしどっちも当てはまってるのでは??
それになんだかんだ結構効いてるな……もしかしてこの魔女自分の事に関しては打たれ弱かったりするのか??
「……良いからさっさと消えろよババア」
影惣は魔女に全く興味ないのか、目を向ける事なく適当にあしらう。
そ、それよりこれ本当に結衣ちゃんの影なの? 青蜜じゃなくて? 口悪くない??
「ぐっ!! ……お主良い度胸じゃの。 もう許さんからな?? それに我よりお主の方がガキではないか!!」
「はいはい、わかったからもうあんまり喋んな。 ババアが移る」
「う、移らんわ!! いや、そもそも我はまだババアって歳じゃ無いし! これでも魔女としては若い方だからな!!」
「……」
「おい! なんじゃその目は! う、嘘じゃないからな、本当に若い方なんだから!! わかったらその目をやめろ! あっ、こら溜息を吐くではない!!」
いつもの天使の様な結衣ちゃんの笑顔からは想像できない悪態を影惣は俺達に晒す。
その変わり様に俺は勿論、青蜜も更には円人や影蜜でさえ一言も発する事は出来ず、ただただ魔女と影惣のやり取りを眺めていた。
なんて言うか驚く事が多すぎてついて行けなくなってきたな……この際もう影惣の性格の事には触れないでおこう。
例えあれが結衣ちゃんの本当の姿だったとしてもそれで良いじゃないか。
普段の優しい結衣ちゃんがいなくなった訳じゃないんだしな。
……泣きそうだけど。
「も、もう本気で怒ったぞ! お主には手加減無しじゃ!! この空間の支配者とし命じる!! お主にとっての最大の秘密をここでぶちまけるが良いわ!!」
完全に口喧嘩で負けた腹いせをしようとしてるなあの魔女……まぁ、だけどそれが出来るのがこの魔女の厄介な所だよな。
「はぁ?? 嫌よ!! 何がこの空間の支配者よ、格好付けているつもり??
私の心は私の物なの、貴方なんかの質問に答える義理も意味も無いわ」
「なっ! こ、答えぬつもりか?」
「ええ、貴方に話す事なんてなにもないわ。 何回も言わせないで」
ようやく魔女に顔を向けた影惣は、大きく声を出して断る。
こ、断る事なんて出来るの?? 俺や青蜜の影は素直に答えるだけしか出来なかったのに!!
す、凄いな。
もしかしたら影惣ならこの魔女に少しは対抗できるかも知れないと言う希望が俺の頭をよぎる。
俺はどうしてもこのままこのイカれた魔女の思い通りには進んで欲しくなかった、この魔女には散々辱められたのだ、せめて一泡吹かせてやりたい。
そんな思いが俺の胸にはふつふつと湧き上がっていた。
正直、女の子任せってどうなの? って思うけど仕方ない。 頼りになりそうな影はもう影惣しか居ないんだから!
お願いします、影惣様!!
そんな祈りを込めて俺は影惣に視線を向ける。
影惣は腕を組み鋭く目を尖らせながら魔女を睨みつけていた。
……こっちの強気の結衣ちゃんも案外悪くないかもな。 元が良いからどんな雰囲気でもそれなりに可愛いと思ってしまう。
いや、勿論いつもの結衣ちゃんが一番だよ? あの結衣ちゃんはもう完成されているから。 それに、この影惣さんは性格もそうだけど見た目も結衣ちゃんとはどこか違う気がするんだよな……可愛いのは確かなんだけど、普段より魅力が5割くらい下がっているような気がするのは一体どうしてなんだ??
俺は影惣から視線を外し、隣に座る結衣ちゃんを見た。
いつのまにか震えを止めていた結衣ちゃんは頭を下げて目を閉じていた。
はっきりと聞こえる息遣いが気を失っていたり寝ている様ではない事を俺に教える。
何かに集中しているのか、その様はまるで瞑想している様にも見えた。
もしかして、影惣が魔女に反抗しているのも結衣ちゃんが何かしているからなのか??
いや、そ、それにしてもやっぱこっちの方が滅茶苦茶可愛いな!! なんでだ? 顔は瓜二つなのになんで本人の方はこんなに可愛く見えるんだ?
やっぱオーラとかってあるのかな、それ以外に違う所なんてなさそうだし。
結衣ちゃんと影惣を交互に見比べながら違いを探したが、どうみても同じ顔にしか見えなかった。
俺は青蜜と影蜜もついでに見比べる。
「「な、何よ??」」
正直こっちは影蜜の方が素直そうで可愛いと思ってしまうのだから、本人の方が魅力的に映るようになっている訳では無さそうだ。
「いや、なんでもない」
んー、後はもう違いといったら体勢くらいしか無いぞ?? 座っている結衣ちゃんが立っている結衣ちゃん、いや影惣と比べて魅力的な所と言えば……。
俺は視線を結衣ちゃんの顔から少しだけ下に向けた後、影惣に視線を戻した。
……おい。 おいおいおいおいおい!! こ、こんな事って。
「おやぁ、お主何かに気付いたのか??」
「つっ!!」
俺の心臓は寿命3年分を一気に使うか如く強烈に鼓動を始めた。
「我は今、少し困っておってな?? 何か面白い事に気付いたなら我にも教えてくれぬか??」
や、やられた!! この魔女が妙に静かだったのは影惣に言い負かされたからじゃなかったんだ! 俺か青蜜がこの事実に気付くかどうかをずっと待ってやがった!!
「な、何の事だ? 俺は何も気付いてないぞ??」
「そうなのか? では我の勘違いであったか」
「そう言う事になるな」
この事だけは俺の口から言う訳にはいかない。 例えここで死ぬ事になっても。
「それはすまなかったな」
魔女は俺に向かって素直に頭を下げる。
ふー、流石にこの魔女も俺の本気度を見抜いて追求するのは諦めた様だな。
「じゃあ代わりと言ってはなんじゃが、円人よ、お主は何か気付いた事はないのか??」
……こいつがいるのを忘れてた。 いや、でも本当にせこいって!!
こんなのチートじゃん! なんで折角異世界に来たのに、チートされる側なの?? おかしいだろ!!
……しかもご丁寧にまた声出せない様になってるし。
「気付いた事? んー、何も無いけどな?? どっちの結衣ちゃんも可愛いし」
「よく見て見るのじゃ、お主の本体が気付いたのじゃ、お主にもわかる筈であろう??」
この魔女、もう自分でもわかっているのに無理矢理俺に言わせようとしてやがる。
頼む、円人! 頼むから気付かないでくれ!
「……あれ? 影の方の結衣ちゃんさ。 胸どこかに忘れてきたの??」
さらっと言いやがった……。
俺、本当にこいつ嫌いかも知れない。
いや、俺自身なんだけどさ、それでも好きになれる要素なさ過ぎでは??
「あっ……あの、これはそのっ」
円人の言葉に影惣は顔を赤面させる。
あぁ、ここから先は魔女の思惑通りに進むのだろう。
最後の砦をまさか自分で崩壊させてしまうとは……情けないな。
うん、自分でも痛いくらいわかっているからさ。 青蜜も影蜜も俺の事をゴミを見る様な目で見ないでくれ。
「最低」 「セクハラね、死刑よ死刑」
あ、言葉にも出すんだ。
……俺はまどかだからあそこにいる円人とは違う扱いだよね??
赤面する影惣と、大笑いする魔女、そして冷たく見下す青蜜達に挟まれながら、俺は楽に死ねる方法を考え始めた。




