2話 いきなりの勘違い
「なっなんなんじゃ! 揃いも揃って初対面でわしの顔を殴るのは一体何なんじゃ、お主ら打ち合わせでもしておるのか!!
それに今回に至ってはわしは人助けした方じゃろうて! 何故殴られなきゃ行けないのじゃ!!」
おっさんは右頬を押さえて涙目で叫ぶ。
ま、前の二人にも殴られていたのか……不謹慎かも知れないがちょっと安心する。
それにこの開き直り具合を見ると当然なのでは無いかとも思ってしまう。
「ふぅーまぁ良い、殴られるのには慣れておるし、お主は一応手加減はしてくれたみたいだしのぅ」
手加減? いや、全然そんなつもりは無かったんだけど。
そもそも誰かを殴った事なんてないからそんな器用な事できないし、今も自分の拳が痛いくらいなんだが。
……まぁでもこれで本気だって思われるのも癪だし、そう言う事にしておこう。
「ま、まぁ全力を出すほどの事でも無いしな。 それにしても前の二人はそんなに痛かったのか??」
「痛いなんてものじゃなかったぞ! 一人目はまだ耐えれたがそれでも今の数倍は痛かったし、二人目なんてわしの意識を飛ばしおったのだぞ!! あぁ、思い出したら、なんだが寒くなってきたわい……あの子は怖かったのぉ」
震える声で話すおっさんに、こっちまで身震いしてしまう。 もしこの先そいつらと会う事になったら俺は出来るだけ下手に出ようと心に誓った。
「それにしても、ここは一体何処なんだ?」
おっさんに怒りをぶつけた事である程度冷静になった俺は、自分が今いる部屋を見渡す。
無駄に広い空間に無造作に散らばっている紙、読む事は出来なかったが何やら文字が書いてある様にも見える。
そして何より気になったのはおっさんの後ろにある歪な機械だ。
正直機械と呼んでいいかもわからないけど、どう見たって生き物には見えないし機械で良いだろ。
これが俺をこの場所に呼ぶ為に使った物だったりするのかな?
「ごほんっ! 良くぞ聞いてくれたのぉ。
ここはこの国の中でも限られた者しか入る事の出来ぬ聖域なのじゃよ」
殴られた事なんてもう忘れたのか、おっさんは得意げに胸を張った。
「聖域?」
「そうじゃ! 異世界に住む者を召喚する為の重要な場所じゃな」
「そこにある変な形の機械はなんなんだ? それで俺をこの世界に呼んだって事で良いのか??」
「おぉ、目の付け所が良いのぅ。 その通りじゃ、これはおよそ900年前にかの有名な魔女が創ったとされる古の機械。
この機械で異世界へと通じる扉を作り上げるのじゃよ」
「扉?」
「そうじゃ、お主もここにくる際には何処かの扉を開いたのでは無いか? それをこの場所に繋げたと言うわけじゃ」
なるほど、扉ね。
確かに心当たりはある。 さっき辺りを見渡した時に俺の足元に置いてあった高校指定の鞄に、その近くに散らかっている俺の弁当の中身。
思い出してきた、俺がお昼休みに弁当を食べる為に向かったあの場所で開けた扉こそがこの空間と繋がっていたのだ。
……男子トイレの扉が。
「ん? どうした? 何故そんな悲しそうな表情を浮かべるのじゃ??」
「あ、いや何でも無い……です」
心配そうな顔を浮かべるおっさんの優しい声に思わず泣きそうになる。
トイレの扉から異世界に来るなんて格好悪すぎじゃ無いだろうか??
しかもそれで命を落としかけたなんて。
「……急にこの世界に呼んで悪かったのぅ、どうやらお主にも色々都合があった様じゃな」
しんみりした表情でおっさんが俺に頭を下げる。
このおっさんにもちゃんと謝る事も出来たんだなぁと感心する。
まぁ全くの見当違いなんだけど本当の事を言うのも恥ずかしいので、今回も流れに身を任せて俺は話を続けた。
「大丈夫、そんな大した事でも無いから」
「お主は優しいのじゃな。 ありがとう」
「もう良いよ。 で、そんなすごい機械まで使って俺を呼んだのは何の為だ? 何か用でもあったのか??」
それっぽく目を拭い、答えの分かっている質問を俺はおっさんに尋ねた。
俺の心にはもうおっさんへの怒りは無くなっていた。 それどころか誕生日プレゼントの梱包を開ける前の様な高揚感を感じる、異世界に呼ばれて頼まれる事なんてあれしかないと俺には分かっているからだ。
「そうじゃった!! お主にした非礼は詫びよう! 虫の良い話かも知れないが、お願いがあるのじゃ!
この世界の為に、この国の為に、いや、わしに力を貸して欲しい! 先に来た者達と一緒に聖女としてこの世界を守って欲しいのじゃ!」
おっさんは今までで一番大きな声を出して勢いよく頭を下げて言った。
きた! 予想通りだ! やっぱり異世界に来てやる事と言えばこれしか無いだろ!
顔には出さなかったがおっさんにバレない様に俺は小さくガッツポーズをした。
何故って??
めちゃくちゃ興奮していたからだ。
異世界系の小説は大好きだし、更に言えばこれはその中でも一番好きなパターンだからだ!
異世界でのんびり生活とかも悪く無いかもとかちょっと揺れてた時期もあったけど、やっぱり王道が一番だよ!!
男に生まれたからには世界を救うなんて格好良すぎる事に憧れるのは当然だろ? 俺自身の夢が叶う可能性もあるし、更に言えば俺も特殊な能力、所謂チートと言うのを体験したかったのだ。
まぁ最近人気が下火になってきた感はあったけど……でもそんな事は今はいい!
俺はこの世界ではありえない力を見せびらかし澄まし顔で言ってやるのさ。
『あれ? 自分また何かやっちゃいましたか?』 ってね!!
「……どうじゃ? 引き受けてくれるか??」
俺の返事が遅かったからか、おっさんは既に顔を上げ不安そうな表情を浮かべていた。
しまった。 妄想しすぎておっさんかいる事を忘れていた。
おっさんが何故か気持ち悪い物を見るかの様な目で俺を見ているのは少し気になるが、俺の答えは決まっている。
こんな楽しそうな事引き受けない馬鹿はきっと居ないだろう。
「仕方ねぇーな、これも何かの縁だろうしな」
渋々引き受ける方がカッコ良いと思い、内心とは正反対の表情を作り上げた。
「そ、そうか! それは良かった! ふー、とりあえずは一安心じゃ」
肩を撫で下ろして一息ついた後、おっさんは笑顔で俺の手を握りながら続ける。
「では早速じゃが、祈りの間に来てはくれないか?」
「祈りの間?? 旅に出る前に誰かに無事を祈ってもらうって事か?」
「ふぉふぉふぉ、中々面白い事言うではないか。 お主一体どこに旅に出るつもりなのじゃ? 祈るのはお主自身に決まっておろう?」
「俺が? 何を祈るんだ??」
「これ! その様な言葉を使うでない! 見た目通りの男勝りな娘じゃな、はぁーどうやらまずはその言葉遣いを治して貰わないといけないのぉ」
呆れた様に首を振るおっさんに俺は再びイラついてしまう。
いちいち大袈裟な反応を取りやがって。
それに男勝りも何も俺は……。
この時になって、ようやく自分がとんでもない勘違いをしていた事に気付いた。
……あれ? このおっさん、俺に聖女になって欲しいって言ってなかった??
俺は恐る恐る、目の前で嫌味な小言を繰り返しているおっさんに尋ねた。
「な、なぁ?? おっさんが俺に頼みたい事って勇者とか救世主になって欲しいとかって事じゃないの??」
俺の言葉におっさんは大きな溜息を吐いたのち、少し怒っているのがわかる口調で答えた。
「はぁー、そんな訳なかろうて。 勇者や救世主を呼ぶなんて出来るもんでもないしのぉ!!
それに言った側からまた俺などと言いおって……わしはお主にこの世界の聖女になって欲しいと言った筈であろう?
良いか? 今度からは俺じゃなくて私と言うのじゃぞ、そしてわしの事はおっさんではなく……って聞いておるのか?」
後半のおっさんの言葉は俺の耳には全く入ってこない、それくらい聖女という単語には破壊力があった。
よりにもよって聖女だと……俺が? 勇者とか英雄じゃなくて?
「ひ、一つだけ良いか?」
「なんじゃ??」
混乱している今の俺にもどうしても確かめたい事がある。
もしかして勘違いしているのは俺だけでは無いのではないかと言う疑問だ。
「その……俺、男なんだけど??」
「何じゃ、そんな事か!! 気にするでない。 いきなり深刻そうな顔をしたから心配したではないか!!
聖女になるのに男だろうが女だろうが問題は……えっ? お、男??」
その言葉を境にこの空間の時間が止まった気さえした。
おっさんは口と目を大きく開け文字通り固まっている。
その姿に空いた口が塞がらないと言った現象は本当に起こりうるんだと俺は思った。
……どうやらおっさんも俺の事を女と勘違いしていたみたいだ。
あえてスルーしてたけど、最初に俺を見た時少し変わっていると言ったのは単純に女には見えなかったからなのだろう。
あの台詞がこれからの俺の物語の良い伏線になるかもと考えていた自分が恥ずかしい。
勘違いで異世界に召喚され尚且つ死にそうな目にあった俺の方が驚きたいくらいなのに、おっさんの反応が強烈すぎてそのまま時間が流れるのをじっと待つ事しか出来なかった。