19話 ろくな思い出がねぇー
「お、おい!! まどか殿!! 何じゃあれは!! 一体何と言う生物なのじゃ??」
「ん?? あー、あれはキリンだよ。 俺も近くで見たのは久々だな。 やっぱ実物は大きいなぁー」
「お、大きいなんてものじゃ無いじゃろ!! 顔が柵を超えてるぞ?? 大丈夫なのか??
何故か先程からわしをずっと見て来ておるのじゃが喰われたりしないよな??
うわぁ!! また目があったぞ!! やばいぞまどか殿!! あやつわしを頭から喰うつもりじゃ!!」
「ははっ、大丈夫だよ。 そんな事にはならないさ、それに良く良く見たら結構可愛い顔してるだろ??」
「本当か?? 本当に人間を食べたりしないんじゃな??」
「おっさんが変な事しなきゃな」
「ふ、ふむ……ではここは先程の象とやらと同じ時の様に気配を消すべきじゃな。
それにしてもまさかこの星にあんな怪物達がおったとはな……怖い世界じゃな」
「別に気配を消す必要なんて無いけど……まぁ楽しみ方は人それぞれか」
夏休み終盤、俺はおっさんと2人で近くの動物園へと遊びに来ていた。
それにしても動物園なんて久しぶりに来たな。
夏休みだからかなり混雑してるけど、やっぱ動物って良いな、なんか楽しいもん。
「ま、まどか殿!! 真っ白な鳥がおるぞ!! 信じられん!! あれは神の使いでは無いのか??」
俺の腕を引っ張り、おっさんは大きな声で叫ぶ。
「ふふ、あれはアヒルだよおっさん」
「あ、アヒル……何と神々しい生き物なのじゃ。 まどか殿よ、わしはもう少し近くで見てくるぞ!!」
そう言うとおっさんは小さな子供達の中に混ざって行った。
おっさんって結構可愛い所あるよな……もしかしておっさんの反応が良いからいつもより楽しい感じがするのかな??
だとしたらおっさんには感謝しなきゃな。
まぁあんまり大声で叫ぶのは恥ずかしいからやめて欲しいけど。
「さてと……ちょっと疲れたな」
あの様子じゃおっさんはしばらくアヒルから離れないだろうと思い近くにあったベンチに俺は腰を下ろす。
ふぅー、それにしてもなんだかんだこの夏休みは充実したな。
きたかった動物園には来れたし、山登りも海水浴も、何ならお祭りも行けたからな、かなり良い夏休みだったんじゃないか??
全部おっさんと2人で行ったから寂しくも無かったしな。 うん、俺なりに良い夏を過ごせたかも。
……夏休みもあと5日で終わりか、夏の終わりってなんか切ないよね。
「ゴリラもなんか寂しそうだもんな」
ははっ、流石にそれは言い過ぎか。
それにしても何でもかんでも晩夏に結びつけるなんて俺って意外に夏が好きだったのかもな、まさかゴリラを見てそれに気付かされるとはな。
……ゴリラ??
何だろうこの感覚、なんか大事な事を忘れてる気がする様な。
「あっ!! ママ!! 風船飛んで行っちゃった!!」
「あらぁ、大変ね!! どうしましょう」
近くで聞こえた会話に耳を傾けながら、俺は一緒に風船の行方を目で追った。
流石にあの高さまで飛んだらもう回収は不可能だな。 それにしても今日は天気良いな、雲一つない青っ……。
その瞬間、俺は全てを思い出した。
……おいおい切なさ感じてる場合じゃなかったわ!! えっ?? でも何で今まで忘れてたんだ??
もしかして記憶障害になるまで殴られたって事??
それとも自分でも気付かないくらいの深刻な精神ダメージを受けてたのか??
俺は急いでポケットからスマホと日付を確認する。
その日付は青蜜達が勇者と共に姿を消して既に2週間が経過していた。
う、嘘だろ?? いくら何でもこれは酷いだろ……高校一年生の大事な夏休みなのに俺、おっさんとデートしてただけって事??
ってか俺さっきまであんなおっさんの事を可愛いと思ってたの?? 脳みそ破壊されすぎだろ。
い、いや、今はそんな些細な事なんかより青蜜達の心配をしなきゃいけないのはわかってるんだけどさ。
わかってるんだけどさ……ろくな思い出がないんだもん。
さっきまで寂しく無くて良かったと思ってたのが信じらないわ。
これから先、女の子とデートする度におっさんの事を思い出しちゃうかも知れないって事だろ??
そんなのもう呪いじゃんか。
「おー、ここにいたのかまどか殿よ!!
急に姿が見えなくなったから探したぞ。 ん?? どうしたのじゃ?? 顔色が悪いぞ??」
「……おっさん」
頭上から聞こえるおっさんの声に俺は恐る恐る顔を上げる。
……よ、良かったぁー!! うん、やっぱ全然可愛くないわ!! いつも通りムカつく顔してる!!
正気に戻った後も、おっさんの事を可愛いと感じたらどうしようかとヒヤヒヤしたわ!!
「どうしたんじゃまどか殿?? わしの顔に何かついておるのか??」
「い、いや何でもないよ。 取り敢えず今すぐ帰ろう。 話したい事も出来たからな」
「えっー!! 嫌じゃ嫌じゃ!! わしはまだ帰らんぞ!! ライオンとやらを見るまでは帰らんと約束したではないか!!」
おっさんは口を膨らませながら駄々っ子の様に俺を睨みつける。
う、うわぁ……きもいなぁ。 これを可愛いって思ってたんだから怖すぎるわ。
まぁでも多分おっさんも俺と同じで殴られ過ぎて記憶障害にでもなってるんだろう。
……仕方ない、周りの人に聞かれたら痛い奴らだと思われるから帰ってから話そうと思ったけど、ここで話そう。
おっさんも早く正気に戻してやらないと可哀想だしな。
「ふぅー、聞いてくれおっさん。 確かにライオンを見るって約束だったけど、今はもうそんな事言ってられなくなったんだ」
「な、何故じゃ!! もう目と鼻の先ではないか!! ここまできて諦める理由がどこにあると言うんじゃ!!」
な、涙目になるなよ。 声も大きいからかなり注目されてるし……恥ずかしいわ。
「お、思い出したんだよ、2週間前の事を」
「2週間前じゃと??」
やっぱおっさんも忘れてたか。
「ほらっ、青蜜達の事だよ。 あいつら多分、この瞬間もこの世界を救う為に頑張ってるだろ??
それなのに俺達がいつまでも遊んでる訳には行かない。 時間は掛かったけど、ようやく俺は思い出したんだ。
今ならまだ俺達にも出来る事があるかも知れない。 だからおっさんも思い出してくれ!! おっさんの力が必要なんだ」
正直、青蜜の名前を出した所で記憶を呼び起こせるかはわからない。
でもおっさんには正気に戻って貰わないと困るんだ。
今のこの状況で頼りになるのはおっさんくらいしか俺には思いつかないんだから!!
「思い出すじゃと?? あかね殿がどうかしたのか??」
「まぁそうだよな、そう簡単に思い出したりっ……えっ??」
「さっきからお主は一体何を言っておるのじゃ?? 全く意味がわからんぞ??」
「い、いや……あれ?? ちょっと待って?? おっさん青蜜達の事を覚えてるのか??」
「はぁ?? 当たり前ではないか。 そんな簡単に忘れる訳ないじゃろ??
2週間前に急に殴りかかってきた事も、勇者と共に魔王を倒す旅に出た事もちゃんと覚えておるわ。
で?? 話はそれで終わりか?? ならそんな事どうでも良いから早くライオンの元へ行こうではないか!!」
「……」
……うん、間違ってたわ。 どうやらまだ記憶がしっかりと戻ってなかったみたい。
おっさんが頼りになるなんて今まで思った事なかった筈だもん。
ってか今更だけどこのおっさん何考えてんの?? 馬鹿なの?? 全部覚えてて俺と一緒に夏休み過ごしてたの??
「どうしたのじゃ?? まだ何かあるのか?? あー、あの言葉を言って欲しいんじゃな?? まどか殿も欲しがりじゃのぅ」
そう言うとおっさんは姿勢を低くして上目遣いで俺の顔を覗き込む。
「お・ね・が・い・し・ま……痛っ!! な、何するんじゃ!!」
あっ、あぁ。 無意識に手が出てたわ。
ってか何これ?? 何してんのこの生き物は。
「何で急に殴るのじゃ!! おかしいじゃろ!!
お主今まではこれで言う事を聞いてくれたではないか!!
わしが行きたい所に絶対連れて行ってくれたではないか!!
何じゃ……本当に正気に戻ってしまったのか?? ちっ、残念じゃのぅ」
おい、今なんて言ったこのポンコツ。
「ふんっ。 ならもう用済みじゃ!!
お金を払ってくれぬのならわざわざまどか殿と一緒に行動する必要もないからのぅ!! わし1人で行ってくるわい!!」
そう言い残しおっさんは俺に背を向けて歩いて行った。
うんうん、そうそう、あれでこそおっさんだよね……こんなに殴りたくなる人間っておっさん以外にいないもんな。
はぁー……もう良い、もう帰ろう、もう疲れた。 あのアパートで青蜜達の帰りを待とう……帰ってくるかわからないけど。
おっさんと逆方向に歩き出し俺は来た道をゆっくりと戻って行く。
帰り際、横目に見えたゴリラの悲しげな表情が俺の心情を悟ってくれているかの様だった。




