1話 ポンコツとの出会い
周りに響く女子の話声をなるべく聞かない様に俺は通路の端を歩きながら昨日読んだ小説の最後を思い出していた。
まさかあそこで新しいチート技が発動するとはなぁ、やっぱ異世界へ転生転移した人間がチート級の活躍する話は面白いよ。
男なら一回は体験してみたいって思うだろうし!
まぁだけど最近はその異世界転生/転移ブームも下火になってきたかもな。 昨日の作品も面白かった割にはそこまで人気は無さそうだったし。
異世界転生系の小説はもうやり尽くした感あると思ってたし、この流れも仕方ないかな?
……それとも、もうみんな異世界に行きたいってそれ程思わなくなっちゃたのかな??
もしそうなら少し悲しい気持ちになるな。
「いや、まだまだこれからだろ! きっとまた人気になるさ!!」
目的の場所についた俺は誰にも聞こえない様に小さく呟き、目の前の扉をあける。
異世界は面白い。
この日まで俺は本気でそう思っていた。
「い、いてぇ…」
扉を開いた瞬間、強烈な吐き気と共に全身の骨を鈍器で殴られているんじゃないかと思えるほどの尋常じゃない痛みが急に俺を襲った。
い、一体何が起こったんだ? こんなの今まで体験した事ないぞ!
もしかしたら俺はこのままなす術もなく死んでしまうのかも知れないと本気で考えて始めていた時、朦朧とする意識の中で聞いた事無い声が響く。
「お、おい!! だ、大丈夫か??」
俺は必死に呼吸を整え、出来る限り身体を動かさないようにゆっくりと目を開けた。
「よ、よもやここまで気力を失う事になるとは思っていなかったのじゃ。 すまんのぅ、さぁ、この薬を飲むのじゃ。 直ぐに元気になるであろう」
誰だ?? 視界がボヤけて顔ははっきりとは見えないけど……この声は男か??
でも今まで聞いた事はないし、知り合いでは無いのは確かだろう。
まぁだけど体型だけはわかる。
ぼんやりとした視界に映る小太りの男は何やら得体の知れない液体を俺の口元に運んできた。
……正直こんな意味不明な液体なんて飲みたく無いけど背に腹は変えられないよな。
今の体調が少しでも回復するならと俺は口元に運ばれた液体を一気に飲み干した。
「ど、どうじゃ? 落ち着いて来たか?? なぁ? 大丈夫なのか??」
矢継ぎ早に質問する男に俺は若干の苛立ちを覚える。
こっちはさっきまで死にそうだったんだ。 こんな液体一つでそんな直ぐに治ってたまるか……ってあれ?
「な、治った??」
俺は思わず声に出してしまう程驚いた。
身体からは先程までの痛みが嘘の様に消えて無くなっていたのだ。
俺の言葉に男は安心したのか、「良かった、本当に良かった」と小さく呟いた後、俺に視線を合わせ顔をまじまじと見つめてきた。
ち、近い……それに今ならはっきりわかる。 おっさんだ、少し、いや大分太ってるおっさんだな。
「おや? お主、少し変わっておるのぅ?? おっと、勿論悪い意味では無いぞ??
それも含めての個性と言ったものじゃし、わしは見た目で人を選んだりする男では無いからな」
会話の流れが全く理解出来なかったが、如何やらこの人が俺を助けてくれたのは間違えないだろう。
ほ、本当に死ぬかと思った。 このおっさんには感謝しないとな。
「その、ありがとうございます。 本当に死ぬかと思ってたんで助かりました!
それにあんな凄い薬まで!! あっ、もしかしてとても高価な物だったんじゃないでしょうか? お金払います! 今は足りるかわかりませんが、必ずいつかっ」
「なぁに! 気にする事は無い、困った時はお互い様では無いか!!」
俺の言葉を遮り、目の前のおっさんは胸を張って大らかに笑った。
か、かっこいい人だなぁ。 最初に失礼な事を考えてしまった自分が恥ずかしい、俺もいつかこんな大人になりたいもんだ。
見ず知らずの俺を助けてくれただけじゃなくこんな風に笑い飛ばしてくれるなんて……このおっさんは本当に優しい人なんだな。
でも、一体何だったんだあの痛みは?? それに記憶が曖昧だな。
痛みを感じる前に何か考え事してた気かするんだが……。
「まぁそもそもお主があの様な状態になったのはわしのせいだからのぅ。
お主が謝る必要など最初から無いのじゃよ! がっははっ!!」
っん??
「……すいません、上手く聞き取れなかったのですが?」
今なんて言ったこのじじい? 俺の聞き間違いか?
「あぁこれはすまんかった!
最初から説明するとな、お主の身にさっきの様な事が起こったのは、わしがお主をこの世界に無理やり召喚したからなのじゃよ! 異世界転移ってやつじゃな!!
じゃがな、ふふっ、まさか死ぬギリギリの瀕死状態になるとは考えても無かったから焦ったわい!
さっき出来たばかりの祈り薬を持ってきておったから良かったが、危うく人殺しになるところじゃったなぁ。 いやぁーあぶない、あぶない」
尚も大きく笑うおっさんに苛立ちを通り越して殺意を覚える。
俺の大好きな異世界って単語なのに全然耳に入ってこない。
あの苦しみの原因が目の前のこいつのせいだと思うと、さっきまで高かった好感度が一気にマイナス側に振れる。
ふぅー……直ぐにでも殴りたいけど、さっきの発言だけでは俺の勘違いかも知れないか。
本当に命の恩人だった可能性だってまだゼロじゃないしな。
俺は一度呼吸を整えて怒りを鎮める努力をした。
落ちつけ…殴ったら負けだ。 まずは冷静に話を続けよう。
先ずはおっさん話の中に気になる単語があったから、それを聞いてみよう。
「さ、さっき出来たばかりの薬ってのは??」
「おぉ! 良く聞いてくれたのぅ!
実はな異世界から召喚した人間はお主で三人目なるのじゃが、前の二人がとてつもなくやる気でな。
直ぐに仕事についてもらったのじゃよ、そして出来上がったのがさっきの薬。 聖女の祈り薬なのじゃよ!!」
「聖女の祈り薬??」
なんだその胡散臭い薬。 そこら辺に売ってても誰も買わなそうな名前だ。
「そうじゃ、じゃがな正直言ってわしは効果があるとは微塵も思っていなかったから、何処かに捨てようと思ってポケットに入れて置いたのじゃよ。
普通に考えてそんな水に効果があるとは思わんじゃろ??
じゃが、お主の反応を見るにそれなりの力はあったと言う事じゃな!! そういう意味では、お主は良い実験台になってくれたってわけじゃな、ありがとう!!」
……我慢だ。 初めて会うおっさんに殴りかかるのは流石に良くないはず。
「んー? それにしても、前の二人は特に問題無く召喚出来たと言うのに、何故お主だけ気分を悪くしてしまったんじゃろうな??
もしやお主何か悪い事でもしてたのか??」
「こんのぉクソジジィ!!」
「ぎゃっふっん!」
気が付けば俺は目の前のおっさんの頬を力の限り思いっきり殴った。
大好きな異世界に来たのだ、せめて話が終わるまで冷静に居ようと思っていたけど我慢出来なかった。
いや、この状況だと誰でもこうすると思いたい、むしろ一発で抑えた俺を褒めて欲しいくらいだ。
至らぬ言葉に大袈裟な身体の動き、更には絶妙に人を小馬鹿にしてる様な顔!!
まぁ最後のは俺の主観だけど。
と、とにかく! このおっさんなんかめっちゃ腹立つ!!