ノラネコの散歩
鼻先が冷えるような早朝。
季節は5月、若草が青く深まり始めていた。
畑の湿った土の匂い、神社の駐車場からは刈られたばかりの草の匂いがする。
この時期が一番好きだ。
彼女は軽やかな足取りで神社の塀の上から降りた。
見上げると立派な大木が青々と葉を茂らせ始めている。
桜もわずかに名残を残すばかり。殆どが散り落ち、若葉に覆われている。
その葉の隙間から、鳥のさえずりが降りそそいだ。
そよぐ風がひげを撫でる。
目を細め一つ尻尾を揺らし、さて散歩を再開しようと右脚を踏み出した。
…はず、だった。
地面が消えた。
もう一度言おう、地面が消えた。
瞬きする間に消え去った。
そのまま彼女はつんのめり、空に投げ出されて落ちていった。
気がつくと、草の上で眠っていた。
すっかり陽も昇り、ぽかぽかを通り越して暑い。
とりあえず大きなあくびをして、ぐっと伸びをする。
さて、いったいここはどこだろうか。
あたりを見渡してもさっぱり見覚えがない。
草、草、草、岩、草
知らない景色だ。
草の上にちょこんと座り、尻尾で地面をばしばし叩きながら考える。
ここはどこ。
しばらく考えてみても草ばかりが目に入るだけ。何の進展もない。
途方に暮れ、しかしとりあえず散歩を再開することにした。
ゆったりと立ち上がり、一度尻尾を揺らしてから右脚を踏み出した。
ちらりと足元に視線を向け、ちゃんと地面があることを確認するのを忘れずに。