第4ゲーム 黙っていたら生き残れませんっ!(前編)
気付いているだろうか。
ここ数年で『デスゲーム』作品が急増していることに。
そのようなジャンル自体は昔から存在した。しかし、契機となったのは約20年前。そこから小説・漫画・ゲームへと波及し、今や映画やドラマとして放送されるのも当たり前。日常生活にまで溢れ返っている。
デスゲームは人気ジャンルの一つとして、確固たる地位を築いたのだ――!!
しかし、これらの作品には根深い問題が存在している。それは、デスゲームにおける『目的』の欠如。プレイヤー目線ではない。運営目線の話だ。
何故、デスゲームが存在しているのか。どのようにして成り立っているのか。そのデスゲームを開催する意義とは。運営にとっての旨味とは。
勿論、綿密に構成されている作品もある。だが、決して多いとは言えない。
そして、いつの間にか目的が『デスゲームを無事に終了させること』から、『とにかく途中を盛り上げること』にすり替わっているのだ。ドキドキ・ハラハラさせるためならば何でもする。
結果、収拾が付かなくなり……最後までデスゲームの目的が不明なまま終わったり、適当な理由を後付してお茶を濁したり、「いや、それは無理があるだろ!」という突拍子もない暴論で幕を閉じたり。もしかしたら、心当たりがあるかもしれない。
その点、この作品は安心である。デスゲームを支える裏方が主役なのだ。
彼らの目的は極めて単純。『利益追求』と『社会貢献』!
だって、株式会社だから! デスゲーム運営事務局(株)だから!
さらに、会社という組織である以上――そこで頑張って働く女性社員がいても何らおかしくないのである!
***
前回の企画で大失態を犯してから、1ヶ月が経過した。
季節は初夏。ただし、気候は夏真っ盛り。通勤中に聞かされてた蝉の大合唱が、オフィスに入っても未だ耳にこびり付いている。余韻まで騒々しくて敵わない。
でも、ちょっと考えてみて欲しい。蝉が成虫でいられるのは生涯で1週間~1ヶ月。その短い期間に全てを捧げ、他者との競争に明け暮れる。彼らの生き様こそ、デスゲームそのもの!
そう考えると、少しだけ親近感が湧いてくる。
という妄想を膨らませながら、伊佐名は自分のデスクに着いた。
「おはようございます!」
「あぁ、おはよう」
「おはようさん」
「あらぁ、おはよ」
まずは職場のみんなと挨拶。次に、チラリと離れた席を一瞥する。
オフィスを見渡せる場所に配置された大きめの机。見るからにふかふかで上等な椅子。絶対に平社員が座れる代物ではない。いつかこっそり座ってみたいけど。
それは部長席。つまり、そこに鎮座している人物こそ、伊藤幸成部長。デスゲーム運営事務局(株)の企画部で一番偉い人。八神課長よりも上の役職。
少し白髪の混ざった50代のおじさま。高級そうなオーダーメイドスーツに、紫色のネクタイ。その左手首には金色の腕時計が輝いている。さすがに部長ともなると、それなりに貰っているのだろうか。無論、貰っているのだ。
どうして伊藤部長を気にするのか。いや、無意識のうちに確認してしまうのである。今日の機嫌はどうなのか。良いか、悪いか、近付いちゃダメか。
実のところ、例の一件はなかなかの損失額を叩き出したようで、部長から直々にこってり絞られてしまった。それ以来、ついつい目で追ってしまう。
それに気を取られて、背後から近付く人影には気付かなかった。
「おはようございます、伊佐名先輩っ!」
この元気溌剌とした声は……視認するよりも先に、脳が瞬時に回答を導き出す。伊佐名にとっては2人しかいない直属の後輩。そのうちの残る1人、西野啓太。
私から見て四つ下の入社3年目で、梶田ちゃんと同期。一言で説明すれば、エリート。有名な国立大学を卒業して、大学院まで修了したというのに、何を間違えたのか我が社に就職してしまった。それでも、企画部は花形部署だから……出世コースを歩んでいると言えなくもない。
見るからに真面目そうな雰囲気。さながら、丸メガネを掛けた委員長を髣髴とさせる。これまでに仕事上で付き合った限りでは優秀そのもの。ただし、頭が固くて融通が利かない面もある。
よく「常識的に考えて有り得ない」みたいな発言をするが、デスゲーム運営会社に一般常識を求めるのもどうかと思う。私が考えるに、梶田ちゃんと足して2で割ったら丁度いい感じ。例えるならば、犬。ご主人の命令を絶対遵守する忠犬。
「小生にお時間を頂いてもよろしいでしょうかっ!」
「おはよう、西野くん。相変わらず独特な一人称ね。大丈夫よ」
「ありがとうございますっ! 来月の企画についてお話がありますっ!」
始業前から仕事の話とは熱心なことで。果たして、その情熱がいつまで続くことやら。
「この度、小生は7月12日に開催を予定している先輩のデスゲームへ! 同行させて頂くことが決定いたしましたっ! 何卒よろしくお願い致しますっ!」
「仰々しいわね。同行って、デスゲームの見学でしょうに」
「いえ! 開催されるまでの期間、先輩の下に付いて指導を受けるようにと言われておりますっ!」
「下に付いて……?」
聞き慣れない言葉に伊佐名は耳を疑った。
私の下に付く。それはつまり、部下? 初めての部下! 一介の後輩という枠組みを越えて、私の業務を手伝ってくれる! あれやこれや、面倒な雑務を押し付けちゃっていいの!?
というのは、妄想も甚だしい。そう美味い話が転がり込んでくる訳もなく。むしろ、普段より大変なことを覚悟した方がいいだろう。今回、私は指導する立場なのだ。
『OJT』。オン・ザ・ジョブ・トレーニングの略語である。直訳すると、仕事をしながらの訓練。具体的な実務を通じて新人を育成する手法のこと。我が社でも導入している。
したがって、ちょっとした仕事を押し付ける前に、それをどのように処理すればいいか。一から教育しなければならない。相手は右も左も分からぬ新人なのだから。いつかは訪れる未来だと思っていたけれど……想像以上に早かった。
「えっと、誰かの下に付くのは初めてよね?」
「はいっ! ご指導ご鞭撻よろしくお願いしますっ!」
「ええ。こちらこそよろしく」
自分の仕事だけでも手一杯だというのに、新人教育を任されるなんて。いや、私だけではない。先輩も、同僚も、みんな夏の企画に向けてカツカツなのだ。偶然、私に白羽の矢が立つことだってあるだろう。もしや、仕事ぶりを認められたから?
それに、業務の手伝いをしてくれることには変わりないのだ。上手く育てれば、私の仕事が楽になるかもしれない。だって、彼は優秀そうだし。
大丈夫。私なら育てられる。これでも例の一件で成長したのだ。図らずも寛容な心を培った。叱ることはあっても、頭ごなしに怒ることはない。多分。絶対とは言い切れない。
こうして、伊佐名は気を取り直した。
「でも、急な話ね。この時期にOJTだなんて」
「それはですねっ! 伊藤部長からの直々のお達しで!」
「ぶ、部長から……?」
「伊佐名先輩は若干抜けているところが見受けられるため、比較的しっかりしている小生を下に付けようと!」
「そういうことは本人の前で言わない!!」
「はいっ! 申し訳ありませんっ!」
やれやれ、先が思いやられる……。




