第3ゲーム この中に一人、殺人鬼がいますっ!(後編)
ここまで事前に盛り上げれば、あとは彼なりに上手くやってくれることだろう。何故ならば、ベテラン殺人鬼なのだから。
伊佐名は心の中で期待を込めながら、泣いているのか笑っているのか分からない表情の仮面を外した。
現在、会場は混沌の渦中にあった。この中に一人だけ殺人鬼が紛れていると言われたら、そうなるもの当然の反応だろう。もう、全員が怪しく見える。
誰かと協力すれば、魔王を見付けられるかもしれない。しかし、その協力者が魔王だったとしたら……そう考えるだけでも恐ろしい。ゾクゾクしてくる。
メンバーの内訳は、男4人と女3人。ここに来て、最初に論点となるのが殺人鬼の性別。報道によれば性別不詳であるが、明らかに女性名を名乗っている。しかし、女性陣もそれだけで疑われては堪ったものではない。
つまり、序盤は必然的に男性vs女性の構図になるのだが――男の1人は魔王である。故に、どう足掻いても3対3。どちらの勢力に加担するも、全ては魔王の気分次第。我ながら恐ろしいデスゲームを考えてしまった。ペルセポネが正体不明を徹底したことが、こんなにも効いてくるとは。
口々に喚き立てるプレイヤーたち。しかし、第1回裁判へのカウントダウンは既に始まっている。
「だから、魔王は俺じゃねぇ! ぜってー、女が怪しいだろ!」
「バカなこと言わないでよ! そう言い出す奴が魔王なんじゃなくて?」
「落ち着いてください。まずは冷静になって話し合いましょう」
「急に仕切り出すなんて……何かやましい気持ちでもあるのかしら……?」
「チクショウ! どうすれば! どうすればいいんだッ!?」
「そこのアンタ! アンタも黙ってないで何か言いなさいよ!」
「あ、えっと……タ、タイヘンダー」
瞬間、会場は凍り付いた。
カメラで見守っている運営陣も凍り付いた。
唖然とした表情を浮かべるプレイヤーたち。いや、それ以上に唖然としていたのは、ゲームマスターとして彼を堂々と送り込んだ伊佐名である。
待って、聞いてない……こんなことになるなんて、聞いてない……。
「聞いたことないわよ……!! あがり症の殺人鬼なんて!! そんな奴、どこにいるっていうの!?」
現にいたのだ。今、この場に。
殺人鬼とは、基本的に孤独である。被害者とは初対面で会話をするかもしれないが、最終的に殺してしまうのだ。ならば、どんなことを話したって関係ないし、気にする必要もない。
世間では有名人として知れ渡っているが、正体は誰も分からない。ならば、大勢に注目されながらインタビューなど絶対に有り得ない。
そして、現在。彼は知らない6人と向き合って、裏から運営の面々に監視されながら、このデスゲームを観戦している不特定多数の大勢から注目を浴びていた。ここまで人の目を一身に集めたのは、生涯でも初めてのこと。そのため、自覚していなかった。
殺人鬼ペルセポネは、もとい玉鳥益男は――極度の『あがり症』だった!
「ねぇ、アンタでしょ?」
「エッ……?」
「魔王なんでしょ?」
「ソ、ソンナコトナイヨー」
終わった。
何という手本のような棒読みだろうか。
最初の裁判にて、満場一致で処刑執行する未来が見えた。
プレイヤー側に1人の犠牲者も出さず、ゲーム終了。
伊佐名は顔面を手で覆いながら、愕然として机に突っ伏した。誰にも聞こえぬほど小さな声で、「あの野郎……!!」と悪態をつく。だが、もう全てが遅い。
さらに、私はゲームマスターである。ゲーム終了後にまた出て行かなければならない。モニター越しにプレイヤーと対話するのだ。一体、どんな顔をしながら喋ればいいのか。もう、死ぬほど恥ずかしい――!!
この時ばかりは、デスゲームのゲームマスターが変な仮面を被っていて良かったと、心の底から思った。
***
デスゲーム『魔王裁判』、終了後。
誰もいなくなった会場でうな垂れる1人の男が。
かつて日本中の人々を震え上がらせた殺人鬼である。いや、本当にそうなのだろうか。今や見る影もない。背中には哀愁が漂っている。リストラされて公園でブランコに乗っているおじさんに近しい雰囲気すら感じる。
そこへやって来たのは、1人の女性。なんと声を掛けようか。散々迷った素振りを見せて、必死に絞り出したのがこれだった。
「……お疲れ様」
「はぁ……」
溜め息をつきたいのはこっちなのに! ふつふつと沸き上がる怒りを抑え込みながら、伊佐名は極めて冷静な対応を見せる。
「生きていれば、良いことあるわよ」
「本当に、生きていて良かったのでしょうか。こんな私が……」
「当たり前よ。嘘は言っていないわ。プレイヤー側の勝利が確定するのは、『魔王を処刑台へ送った時点』。処刑した時点とは言ってない。こんなに良い人材を、たった1回のデスゲームで使い切ると思った? 私が最悪の事態を想定していない訳がないでしょう。まぁ、今回はそれ以上に最悪だったけど」
「申し開きのしようもございません」
「良い人材だと思ったんだけどなぁ……」
そっと殺人鬼の隣りに座る。いや、彼はもはや殺人鬼ではない。ただの無職の玉鳥さんだ。
「リハーサルでは大丈夫だったのに。まさか、本番に弱いなんて」
「み、みんなに注目されて……頭が真っ白になって……」
「よく殺人鬼なんてやってたわね。本番に弱い殺人鬼。いや、いないでしょ!」
「うぅ……」
彼を叱責しても仕方がない。今日のゲームは終わってしまったのだ。
そして、今にも泣き出しそうな姿を見て――ふと思い出した。
私だ。彼は、かつての私と同じなのだ。
本番直前まで自信に満ち溢れているところも。自分ならば絶対にできると思い込んで疑わないところも。いざ失敗すると打ちのめされて立ち上がれなくなるところも。
デスゲーム運営会社で働く自分が、殺人鬼に似ているなんて。何とも皮肉な話である。
ならば、逆に考えれば。私にそっくりならば。
絶対に立ち上がれる。単純だから。人の話に乗せられやすい。その気にさせれば、すぐに立ち直る。おだてれば木だって登る。そう、私と同じだから!
「全く、いつまでもめそめそしてんじゃないわよ! 乙女か! ハデスに冥界へ連れ去られた乙女か!」
「え……?」
「あーもう! ペルセポネのことよ! 恥ずかしいから解説させないでっ!」
「す、すいませんでした」
「いい? 今日のことは、私のミス! デスゲームへ貴方を起用した私のミスなの! この企画のプロジェクトリーダーとして! だから、上から怒られるのは私! 落ち込む必要なんてない!」
「ですが……」
「それで終わりでいいの? これで懲りたから、殺人鬼は引退しますって? 舐めんじゃないわよ! やっとここまで来たんでしょう! 曲がりなりにも世間から認められて、会社から雇われる身にもなって、人生これからじゃない! 貴方から殺人鬼を取ったら、何が残るっていうの!?」
何も残らない。
玉鳥は痛いほど分かっていた。自分はこれしかないのだ。だから、必死に頑張ってきた。世間にアピールした。いつか警察に捕まるんじゃないかという恐怖に怯えながらも、今日まで無事に生き延びてきた。
しかし、殺人鬼としてのプライドは粉々に打ち砕かれた。今後、何を拠り所にして生きていけばいいのか。その答えは……彼女が知っていた。
「今、ここで辞めたら! 貴方に殺されていった人たちが浮かばれない!」
「はっ――!!」
そうだ。例え被害者から依頼された身であれ、彼らの尊い犠牲の上で私は成り立っているのだ。恐ろしい殺人鬼としての地位を確立した。それを全て無に帰して良いのか。いや、良くない!
一人一人の顔を心の中で思い浮かべる。一日たりとも忘れたことはない。命の大切さは理解している。人の命と真面目に向き合ってきた、殺人鬼だからこそ。
その上で、あえて茨の道を選んだ! ならば、たった一度の失敗で! 挫折してなるものか! 彼らの想いを無駄にしてはいけない! 絶対に――!!
「――ありがとうございます。大切なことを忘れるところでした」
「ふぅ……立ち直ったようね」
「宣言します。今日、殺人鬼『ペルセポネ』は死んだ。しかし、また復活を果たした! いや、何度でも復活する!」
「なら、良かった。今度こそ、私を失望させないでよね?」
「今度こそ……!? つまり、またチャンスを頂けると……?」
「当たり前でしょう。今日は貴方にとって初めての仕事だったんだから。ただしっ! 次の失敗は許さないわよ?」
「ご厚意に感謝致します。次こそは、必ずやご期待に応えてみせます!」
「そう、その意気よ。今日の損失分を取り返す以上に、これから貴方にはバリバリ働いてもらわなきゃならないの。あがり症を克服したら、改めて私のところへいらっしゃい」
「はい! 伊佐名先生のご用命とあらば!」
こうして、復活を果たした殺人鬼は会場を後にした。
次に相見える時こそ、プレイヤーたちを恐怖のドン底に叩き落とすことを固く誓って――
やれやれ。やっぱり私と同じく単純ね。伊佐名はそう思いながらも、明日のことを考えて頭を悩ませるのだった。課長になんて報告すればいいのか。
あと、彼に対して無闇に当たり散らさなかった私を! 誰か褒めてっ!
~今日のゲーム~
『魔王裁判』
ターン制人狼型デスゲームとサバイバル型デスゲームの融合。デスゲームでは珍しい部類に入る、運営vsプレイヤーの構図。一般人に馴染みがある人狼ゲームをベースとして、RPG風にアレンジしたもの。これならばルールを聞いていなくても知っていれば理解できるし、頭脳戦へ展開するハードルも高くないと考えた。しかし、序盤で魔王がバレて即終了。無念オブ無念。




