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第3ゲーム この中に一人、殺人鬼がいますっ!(中編)

 2年前。日本中を震撼させた一人の殺人鬼いた。


 犯人は自身を『ペルセポネ』と称した。ギリシア神話における冥府の女王を名乗るとは、大層な異名である。


 しかし、その名に違わず、当時は多くの人々を恐怖のドン底に叩き落としたのだ。ある時はマスコミへ犯行声明文を送り付け、現場には挑戦的なメッセージを書き残した。また、ある時は暗号文で犯行予告をSNSに投稿し、後手に回った警察組織を揶揄(やゆ)した。


 世間を賑わせる典型的な劇場型犯罪。自己顕示欲が強い愉快犯とも、殺人を楽しむシリアルキラーとも騒がれた。


 別段、手口が猟奇的な訳ではない。アピールがド派手なだけ。しかし、それで十分である。高度に発展した情報化社会の前では瞬く間に拡散され、話題が話題を呼ぶのだから。メディアを始めとする至るところで有象無象の仮説や憶測が飛び交い、誰もが正体不明の殺人鬼を恐れた――!!


 しかし、ある日を境に。


 ぱたりと全てが途絶える。


 それ以降、声明文が届くことも、新たな犯行が見つかることもなかった。世間では海外へ逃げたとか、秘密裏に処理されたとか、実しやかに噂されている。真相は未だに闇の中。


 その後の調査で判明したことだが、被害者には共通点があった。全員が「自分を殺して欲しい」と例の殺人鬼に依頼していたのだ。決して殺人を肯定するつもりではないが、犯人にもまた一つの信念が存在した。


 しかし、どんな理由で。


 彼、もしくは彼女は、今どこで何をしているのか――



  ***



 デスゲーム運営事務局(株)の東京本社。その敷地の中でも一際目立つ地上10階建てのビル。正式名称『D-01棟』。誰が呼んだか、通称『デスタワー』。


 来客は上ばかりに目が行きがちだが、その建物は下にも広がっている。


 地下1階には駐車場。そして、地下2階には応接室。そこから下は知らない方がいい。


 通常、商談にも使われる応接室は、アクセスのしやすさも考えて1階に配置される場合が多い。しかし、D社では地下が当たり前。


 見られたくないのだ。見られては困る来客がやって来るのである。それは、身分的にも、職業的にも、知名度的にも。


 そして現在、伊佐名が足を踏み入れた第2応接室にも――その人物はいた。


 ここまで来客を案内した担当者と交代し、第一声を投げ掛ける。


「初めまして。D社企画部第一企画課の伊佐名と申します」

「こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します」

「貴方が、例の……」

「その通りでございます」


 デスゲーム運営事務局(株)に6年間も勤めていた伊佐名とて、その人種を目の前にするのは初めてのことだった。


 手元の資料を確認する。本名、玉鳥(たまとり)益夫(ますお)。性別、男。32歳独身。住所不定。身分は無いに等しい。


 そして――職業、殺人鬼。


「ペルセポネと言うから、てっきり……」

「女性だと思われましたか? なに、簡単な話でございます。男性名を名乗ると、犯人は恐らく男性であると断定されるのです。しかし、女性名を名乗ると不思議なことに――」

「性別が断定されない。なるほどね。そういう考え方、嫌いじゃないわよ」


 この男こそ、かつて世間を賑わせた殺人鬼。現在、行方知れずとなっているはずなのに、私の目の前にいる。なかなか奇妙な感覚だ。


 それにしても、想像以上に紳士的(ジェントルマン)。シックで大人びたファッションに身を包み、端正な顔立ちであるものの、その存在感を際立たせない。態度は物腰穏やかで、口調は丁寧そのもの。詰め寄られたら、思わず気を許してしまいそうになる。


「ふぅん。殺人鬼っぽくないわね」

「はい。よく言われます」

「この会社では、まさに打って付けな人材よ」

「ご好評、恐悦至極にございます」


 狂人的な要素がまるでない。紛うことなく知的で狡猾な犯罪者。それが逆に恐怖をそそる。


 部屋で殺人鬼と二人きり。伊佐名は怖くないのだろうか。


 何も問題はない。彼は今日、殺しに来たのではないのだから。そう、()()()()の話でD社へ来ているのだ。


 もうお気付きだろうか。彼が犯行に及んできたド派手な劇場型犯罪の真意とは、全て売名行為だった!


 就活生が会社の採用試験を受ける前に、そこで役立ちそうな資格を取得しておく、もしくは事業と少しでも関係のある論文を執筆する。それらと似たような行為。


『誰もが名前を知っている有名な殺人鬼』


 デスゲーム運営会社としては、喉から手が出るほど欲しい人材――!!


 正体は不明。性別も不詳。さらに、相手を無差別には殺さない。依頼による殺人が基本。したがって、会社の人間に対しては無害であると分かっている。あの一連の騒動は、ここまで入念に考えた上での犯罪行為だった。


「それで、今回が初仕事になる訳だけど、業務内容は分かっているわね?」

「ご心配には及びません。今回のデスゲームのルールは、全て頭の中に叩き込んであります。何なら、そらんじてみせましょうか?」

「結構よ。なかなか自信満々ね。それでこそ、高いお金を払って雇った甲斐があるというもの。良い成果を期待してるわよ」

「了解致しました。どうぞ大船に乗ったつもりでいてください、伊佐名先生」


 そして、固く握手を交わす。


 この時をもって、2人はビジネスパートナーとなった。


 ちなみに、どうして伊佐名は終始偉そうな態度なのか。


 相手が殺人鬼とはいえ、飽くまで会社が雇っている側なのだ。これはビジネス業界における常識。


『雇ってる方が立場は上!』


 あと、個人的に舐められたくないから。



  ***



「皆様、初めまして。ようこそお越し下さいました。私、本日の企画を運営させて頂きます。『マスター』と申します。どうぞよしなに」


「よくお聞きください。今から皆様にはデスゲームをして頂きます!」


「さて、本日やって頂くゲームは――『魔王裁判』!」


「ここに集まって頂いた男女7人。ただ殺し合うだけでは面白くありません。という訳で、皆様には素敵な情報を差し上げます。このゲームのプレイヤーは()()です」


「勘の良い方はお分かりですね。そう、残る1人はプレイヤーではありません。運営側の人間ということになります。今回は特別に、極上のゲストをご用意いたしました。かつて一世を風靡した伝説の殺人鬼――『ペルセポネ』!」


「ご静粛に。驚かれるのも無理はありません。言いたいことは分かっております。このままではゲストが圧倒的に有利であると。したがって、二つの大きなルールを定めます」


「本ゲームではプレイヤーに紛れて、ペルセポネは『魔王』に扮しておりますが――」


「一つ、魔王は他のプレイヤーに殺人を認知されてはならない。認知された時点で、プレイヤー側の勝利となります」


「一つ、皆様でご相談の上、1ターンに1人を裁判にかけて処刑しなければなりません。無事に魔王を処刑台へ送った時点で、プレイヤー側の勝利となります」


「なお、残された最後の3人に魔王が含まれていた場合、無条件でプレイヤー側の敗北となります。それはそれは、恐ろしい末路が待っていることでしょう」


「では、詳細なルールの説明に入ります。後程、皆様に与えられる『職業』についても解説いたしますので、うっかり死にたくなければ真面目に聞くように。では、壮大なる悲劇の幕開けです!」

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一般文芸デビューしました。(2020.09.01)

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