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第3ゲーム この中に一人、殺人鬼がいますっ!(前編)

 人生とは勝負の連続である。


 部活、受験、恋愛、就職、昇進。


 どのような勝負であれ、競争相手が存在する。それは目に見えたり、見えなかったりするが。この世界のどこかに存在するのだ。


 そして、相手と同じ土俵に上がるためには『何か』を賭けなければならない。


 それは『時間』であったり、『財産』であったり、日々の『努力』であったり、二度と訪れぬ『機会』であったり、自身の『プライド』であったり。


 ならば、人生最後の大勝負ともいえるデスゲームに、『命』をチップとして賭けるのは当然の摂理。


 文字通り命賭けのギャンブル。勝てば人生大逆転。負ければ人生即終了。


 最後に笑うのは勝者だけ。否、勝者しか笑えないのだ。物理的に。


 死人に口無し、笑えるはずも無し。


 笑える明日が待っていると。信じて止まないプレイヤー達が今宵も集結する!



  ***



 徐々に蒸し暑さが台頭してきた4月下旬。デスゲーム運営事務局(株)、通称D社では一足先にクールビスが施行されていた。


 全国各地のグループ会社と(あわ)せて連結従業員数1000人超え。ちょっとした大企業並みの規模でありながらも、そういった細かい点に気が回るのだ。外回りの営業や現場スタッフが、暑さにより死んでしまっては元も子もないと。


 この会社は、給料こそ全国平均の水準と同程度である。だが、福利厚生は無駄に手厚い。住宅手当も充実しているし、育児休暇だって取りやすく、お昼の社員食堂は無料な上に、各種見舞金まで存在する。


 デスゲーム運営会社なのに!!


 いや、デスゲーム運営会社だからこそ。命の重さを知っているから、一人一人の社員を大事にする。何とも不思議な話だ。


 そして、伊佐名もまたスーツのジャケットを脱ぎ捨て、春なのにガンガン照り付ける日差しの中を出勤するのだった。


「なんて気候なの……まだ4月なのに。殺人的な暑さね」


 彼女のYシャツの袖が短くなるのも時間の問題だろう。


 かといって、ジャケットを手放せる訳ではない。お客様と面会するとか、ゲームマスターとしてプレイヤーの前に立つとか、フォーマルなスタイルが必須となる場面では相応の格好をしなければならないから。


 だって、考えてもみて欲しい。デスゲームの運営が半袖のYシャツで登場したら……全然怖くない! デスゲームっぽくないっ!


「あらぁ? 伊佐名ちゃんじゃない。おはよ。元気だったぁ?」


 オフィスに入るや否や、別の女性社員が声を掛けてきた。明らかに伊佐名よりも年上。正確に言えば、大人の色気が溢れているというか、全体的にセクシーというか。


「おはようございます! 無事に帰って来れたんですね!」

「もぉ、当たり前じゃないのぉ」


 (なま)めかしい声で私の問いに答える彼女は、本城(ほんじょう)さつき。ウェーブのかかったダークブラウンの長髪に、オシャレに着こなしたグレーのスーツ。私の三つ上で、日向先輩と同期。


 何を隠そう、梶田ちゃんにとって憧れの先輩が私であるならば、私にとって憧れの先輩が彼女なのだ!


 新人時代には教育係として、先輩には死ぬほどお世話になった。見習いたい先輩ランキング(伊佐名調べ)では、現在もナンバーワンに君臨し続けている。日向先輩は圏外。


 とりわけ、無意識に男を誘惑するような佇まいや仕草を是非とも見習いたいのだが……今の私にはちょっと早すぎた。


「そうそう、伊佐名ちゃんも頑張ってるって聞いたわぁ」

「えっ、あ……恐縮です」


 誰から何を聞いたのか。その内容によっては、梶田ちゃんや日向先輩を問い詰める必要があるかもしれない。あとでそれとなく聞いておこう。


「それで、四国の旅はどうでしたか?」

「ホント、仕事じゃなきゃ良かったんだけどねぇ。でも、美味しいものは食べれたから満足だわぁ。伊佐名ちゃんも行ってみたかった?」

「ええ。ちょっと興味があります」


 地方の田舎へ左遷された訳ではない。本城先輩は一大プロジェクトに抜擢されて、四国地方の支社へ数週間ほど長期出張していたのだ!


 開催されるデスゲームの()()によっては、関東近郊だと場所を確保できない場合がある。故に、本社の企画部から地方へ社員を派遣するケースが生じるのだ。


 先輩は四国へ出張した。ということは、恐らく……瀬戸内海の『無人島』を丸々一つ舞台として使った壮大なデスゲームだと予想できる。こういう大きな企画は特に秘密厳守のため、詳しいことは教えてもらえないが。


「あっ、職場のみんなにピッタリなお土産があるのよぉ」

「ピッタリ……?」


 どういう理屈だろうか。デスゲーム運営会社の職場にマッチしたお土産。少し考えてみたものの、恐ろしいものしか思い浮かばない。いやいや、そんなまさか。


「伊佐名ちゃんは『皆殺し』と『半殺し』どっちがいい?」

「ひっ!?」


 先輩の口から飛び出した物騒なワードに思わず萎縮した! えっ、そのどちらかを選べと!?


 うーん。半殺しの方が、命が助かる可能性はある。でも、中途半端にやられるのは逆に辛い。いつまでも苦しみもがくのは誰だって嫌だろう。いっそのこと、皆殺しで楽になった方がいいかもしれない。うーん、選べない……。


「ほらぁ、どっちがいい? 賞味期限が今日までだからぁ」

「えっ? あぁ、そういう……」


 目の前に出されたのは、なんと『おはぎ』だった!


 どこかで聞いたことがある。とある地方では、もち米を全部潰すと『みなごろし』、半分だけ潰すと『はんごろし』と言うらしい。地域によっては、こしあんと粒あんのことを称する場合もある。


 つまり、「どっちのおはぎがいい?」と聞かれているだけだった。殺されずに済んだ!


「なるほど。ピッタリですね」

「うふふ。そうでしょ?」

「では、次の企画の成功を祈願して……『みなごろし』を頂きます!」


 紙箱に敷き詰められた真っ黒い塊を一つ、手に取る。そのまま大口を開けて、パクリ。じんわりと口内の隅々まで甘さが広がる。あぁ、ほっぺたが落ちそう。あと、無性に熱いお茶が飲みたい……。


「とても美味しいです。ありがとうございます」

「ご丁寧にどうも。そういえば、もう次の企画が決まってるのぉ? 伊佐名ちゃん、優秀ねぇ」

「いえ、本城先輩には及びません」


 ()()()()()()、と言われた。ということは、前の企画については知っているのだろう。表向きにはまずまずの評価だったが、個人的には大失敗。


 そして、「伊佐名ちゃん、やったじゃない!」と口にしない点、先輩も何かを察しているようだ。いや、心配しているのか。


 私がやらかした場合に矢面に立つのが、教育係だった本城先輩。大切な先輩の顔をおはぎみたいに潰さないためにも! 次の企画は絶対に成功させなければ!


「安心してください。次の企画は自信があります!」

「伊佐名ちゃん、自信ない時の方が少ないけどねぇ」

「ぐっ……だ、大丈夫です。期待してください」

「あらぁ? その顔は、何を隠しているのかしらぁ?」


 口の端に微かな笑みを滲ませ、伊佐名は言い放った。


「新しく入った秘密兵器を使います」

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一般文芸デビューしました。(2020.09.01)

弓永端子「ハッカー・ゲーム」発売中!
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