第2ゲーム 友情なんて命の前では儚いものですっ!(後編)
次の日。
伊佐名はデスクのPCに向かってぼうっとしていた。まるで、肉体から魂が抜けてしまったかのように。業務に身が入っていないどころか、放心状態という言葉がピッタリ。
私の渾身の企画・第二弾。それは昨夜、滞りなく終了した。ゲームマスターとしての責務も無事に果たせたし、プレイヤーたちもしっかりルールを把握してくれた。
生き残った最後の一人は、真っ赤な返り血を全身に浴びて、真紅の血溜まりの中に立っていた。
ただ……。
「なんや。ミコちゃん、どうしたん?」
その余りの様子に、日向も声を掛けずにはいられなかった。
「あ……先輩……」
「元気ないやん。すっかり毒気を抜かれとって。いつものドギツイ毒舌ミコちゃんは死んでもうたんか?」
「…………」
「アカン。こりゃ重症や」
さすがの自称ムードメーカーでも荷が重すぎたか。いや、この程度で引き下がるような男ではない!
「せや、ええとこ連れてったるわ」
「良いところ……?」
「ほな、しゃきっとせえ!」
伊佐名が無理矢理引っ張られて辿り着いたのは――
「……えっ? ここ、第4会議室じゃないですか」
「せやな」
「普通ならこういう時に連れて行くのは、会社の屋上とかでしょう!?」
「一般社員のワイの力じゃ、屋上は無理やねーん!」
オフィスに併設された完全個室の会議室。側面のガラス張りの壁から企画部のデスクまで見える。ブラインドを下げなければ、内部の様子まで丸分かり。果たして、何が目的なのか。
「この会議室な。見た目の割に、外へ絶対に音が漏れへん。無駄に豪華な防音室や。まぁ、デスゲーム運営会社やから、聞かれたくないこともあるんやろな」
「……でしょうね」
「つまり、叫んでもかまへんで」
「えっ?」
「胸の奥につっかえとるもん、全部吐き出せや。安心せえ。ワイが聞いたる」
そういうことか。彼の意図を完全に理解した。私のことを見兼ねて、正面から真剣に話せる場を設けてくれたのだ。全く。出来た先輩じゃないか。
それに引き替え、自分は終わったことにいつまでもうじうじして……。
「で、昨日は何があったん?」
「あの……」
「ワイが聞いた限りやと、お客さんには好評やったって」
「違うんですっ!!」
思いの外、自分で出した声が大きくて驚いた。それでも構わず言葉を続ける。
「確かに、ゲーム自体は壮絶で凄惨でした。でも、そうじゃないんです!」
「何がダメやったんや?」
「私、言いましたよね。ドロッドロの展開にしてやりますって。でも……できませんでした。プレイヤー全員が友人関係だと思っていた。それが全ての間違いだったんです」
そう、友情を破壊して人々を疑心暗鬼に陥らせるには、大前提として友情が存在していなければ成り立たない。
「今回のプレイヤーは誰一人として……友情なんて持ち合わせていなかった! 『表向きは友達』という体裁だけ整えて、実は最初から全員が全員を裏切る気満々でした。誰かを命懸けで守ろうっていう、思いやりの欠片すら存在しなかった。わ、私の考えていたゲームは……輝かしい友情の前に、泣く泣く一人ずつ脱落していく……そ、そんな展開で……」
声が震える。泣くな! 泣くな、ミコト! 必死に言い聞かせる。いえ、泣きはしない。でも、抑え切れない……感情が爆発する……!
「初っ端から全員脱落って! それじゃあ、なんにもドラマが生まれないのよ! 友情を騙ったデスゲームとしては致命的! 少なくとも最初は! 仲良くしてくれなきゃ困るの! それが嘘でも、建前でも、偽善でも! でなきゃ、普通の殺し合いと何も変わらないわよ!」
今回のゲームの醍醐味は、一人ずつプレイヤーが脱落していく展開。それが、全員同時に脱落したら……もはや言わずもがな。
「だから、例え視聴者にはウケたとしても! 私には納得できませんっ!」
一通り吐き出した。全てを出し切ってしまった。腹の奥底に渦巻いていた、混沌とした感情を。すると、不思議なことにすっきりした。心が軽くなった気さえする。
そして、腕組みをしながらじっと耳を傾けてくれていた日向先輩。
「言いたいことは分かった。ワイには慰めることもできるし、肯定することもできる。けどな、あえて厳しく言わしてもらうわ。ミコちゃんはプレイヤーに自分の理想を押し付けすぎやねん。誰でも自分が一番可愛いんや。そら、友情云々の前に自分の命を優先するやろ」
「ぐっ……」
それは、薄々察していたけれど……面と向かって言われると凹んでしまう。プレイヤー全員が友人関係という事実に舞い上がって、その友情を盲信してしまった。その点は深く反省しなければ。
「せやから、プレイヤーのせいにするんは御門違いや。なら、どうするんか。分かっとんやろ? これを超えるデスゲームを作るんや! お客さんに教えたれ! この程度のゲームで満足しとる場合か! ほな、次はもっとスゴイもん見したるわ! そうやって、自分で証明せなあかん。自分でや! ええな?」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
「よっしゃ! 仕事に戻ろか!」
完全に吹っ切れた。いつもの調子を取り戻した。
伊佐名美命、再度復活。
そのまま2人で会議室から出ると――そこにはビックリした表情で立ちすくむ梶田の姿が。
「え。あ……えっ? せ、先輩方……も、もしかして……痴話喧嘩っすか?」
「なんでやねーん!」
いや、確かに会議室は外から丸見えだったけど! まるで私が先輩に向かって怒鳴っているように見えたかもしれないけど! それはちょっと短絡的すぎるんじゃないかなぁ!?
まぁ、梶田ちゃんなら言い兼ねない。
ここで、普段の私ならば即座に否定していたことだろう。ただ、今の私にはちょっとした悪戯心が芽生えてしまった。
「責任取って下さいね、日向先輩♪」
「は……?」
日向は思わず面食らう。対して、梶田は見る見るうちに青ざめる。
「え……? せっ、先輩!? どういうことっすか!? なっ、何しちゃったっすか!?」
「ちゃうでー」
「あっ! 道理で伊佐名先輩、今日は元気ないと思ったっすよ!」
「ちゃうねん! 誤解や! なぁ、ミコちゃん! 助けて!」
「前にも言いましたよね。その呼び方は止めてください」
喝を入れてもらったことには、感謝しているけれど。
これはボコボコに凹まされた分と、ドギツイとか毒舌って言われた分と、一向に呼び方を直してくれない分の仕返し。
まぁ、このくらいで勘弁してやろうじゃないの。
「いつの間にそんな関係だったっすか!? 伊佐名先輩のどこがいいっすか!?」
「勘弁してくれや、ホンマに……」
「えっと、日向先輩には黙ってたっすけどね! この前なんて、居酒屋の前で大号泣してたっすからね!」
「なんやて? 居酒屋の前で、号泣……?」
「あっ」
恐る恐る、梶田は後ろを振り返る。そこには、鬼のような形相で仁王立ちする憧れの先輩が――!!
伊佐名は激怒した。
まさか、こんな形でバラされるなんて! アイスで口止めまでしたのに! あっさりと裏切られた!
人の友情は儚いけれど、買収による協力関係もけっこう儚い! これがデスゲームだったら、死んでるところだったわよっ!
「梶田ぁ!!」
「ひっ! ごめんなさいっす~!!」
逃げる後輩と、追い掛ける先輩。
その様子を遠くから眺めていた八神課長は、小声で一言ぼやいた。
「若いなぁ……」
~今日のゲーム~
『友情値限界』
ターン制サバイバル型デスゲーム。与えられた友情値を割り振って他のプレイヤーを守ることができる。ただし、最低でも1人は切り捨てなければならない。毎ターン、獲得した友情値の最も低いプレイヤーが脱落して『殺害可能』状態となる。誰もが疑心暗鬼に陥り、友達を裏切るが、最後には真の友情に目覚めて生き残れる一つの椅子を譲り合う。そんなドラマが展開される予定だった。しかし、友情の欠片も存在せず全員が全員を切り捨て、開始5秒で普通の壮絶な殺し合いに発展。3分後に1人が生き残って決着。またしても無念。




