第2ゲーム 友情なんて命の前では儚いものですっ!(前編)
『デスゲーム』
参加者が己の命を賭して争う究極の遊戯。
如何に自分たちが生き残るか。その一点のために、謀略を巡らせ、全てを偽り、他者を嵌める。時には利害の一致で協力するが、いつかは裏切る、裏切られる。
政治や法律から切り離された、密室という名の治外法権。今日も今日とて血で血を洗う戦いが繰り広げられ、そこに倫理の介在する余地など無い。
そして、このデスゲームを陰から支えているのが――『運営』である。
表舞台で戦うプレイヤーたちをデスゲームの『光』とするならば、運営とはデスゲームの『闇』。表裏一体。無くてはならない存在。
今日も彼らは忙しい。そこにデスゲームの需要がある限り――!!
***
“速報です。本日未明、女性が何者かに刃物で刺されるという事件が発生しました。現場は東京都世田谷区の路上。近隣住民の話によると、男が大声で何かを叫んでいたとのこと。女性は意識不明の重体。警察は通り魔的な犯行である線も含めて、現在捜査中です”
テレビから流れるニュース番組を漠然と眺めながら、伊佐名は呟いた。
「物騒な世の中ね」
いや、お前が言うな! そんなツッコミが、どこからともなく聞こえてきそうだ。しかし、それとこれとは話が別である。
無差別殺人か、怨恨による犯行か、痴情のもつれか。どんな動機であれ、一瞬で理不尽に奪われていい命など無い。被害者にはやり残したことや、成し遂げるべき夢があったはず。その輝かしい未来を摘んだ罪は重い。
その点、我が社のデスゲームに参加する人間は『覚悟』を決めている。今日ここで自分は死ぬかもしれない、と。ゲームは理不尽かもしれないが、命のやり取りに貴賤はない。
ある日突然、命を奪われる。
それと比べたら――デスゲームの方がまだ良心的だと思わない?
そんな他愛もないことを考えながら、朝食のトーストをかじる。ラスト1ピースを口に放り込む。ブラックコーヒーを啜って目を覚ましたら、準備完了。洗い物は帰ってから。
これから私は出社するのだ。
鏡の前に立って、その場でクルリと一回転。ショートの黒髪がふわりと揺れる。
メイク、良し! スーツ、決まってる! 髪型、合格! 笑顔、バッチリ! プレイヤーに見せる冷酷な視線、オッケー!
「よしっ! 行ってきまーす!」
誰もいない部屋へ一声叫ぶと、私は外の世界へと元気よく飛び出した。
まるで、デスゲームを無事に生き残って解放された最後の一人のように――
***
自宅から徒歩10分、電車20分。ドア・トゥー・ドアで30分ちょい。都心の街より少し離れた郊外に、それは存在した。
我らがデスゲーム運営事務局(株)の東京本社だ。
建物の外壁にデカデカと社名が書かれている――はずもなく。いや、社名に『デスゲーム』が入っている時点で誰にも見せられない。故に、敷地の入り口にはひっそりと通称が明記されている。『D社』と。
対外的な名前としては、全てこれで通っている。私の名刺にも『D社(株)』としか書かれていない。ロゴマークは血のように真っ赤な『D』の一文字。
はい、完全に怪しい企業です。これだけでは何をやっている会社かも分からない。無論、私の口からも説明できない。あたかも反社会的勢力が隠れ蓑として使っているフロント企業のよう。
入り口の守衛に挨拶し、無駄に厳重警備された会社へと足を踏み入れる。敷地内でも一番背の高い建物へ。エレベーターで最上階に昇り、『関係者以外立入禁止』と最終通告する扉を潜り抜けた先には――
地上10階に位置する綺麗なオフィスの一室。
ここが私の職場。デスゲーム運営事務局(株)の花形部署、『企画部』である!
今日は特別な日だから、気合を入れてオフィスに一番乗り! と、思ったら……そこには既に人影が。向こうに気付かれるよりも早く、まずは私の方から挨拶を交わす。
「おはようございます!」
「あぁ、おはよう」
PC画面から顔を上げ、こちらを見やるは初老の男性。八神京也課長。私の直属の上司であり、企画部第一企画課で一番偉い人。なんだけど……。
スーツは皺くちゃ、メガネは汚れ、デスクの上には栄養ドリンク。もしかして、泊まり込みで業務をしていたのだろうか。さすがはお仕事人間。やっぱり管理職って大変。
何らかの事情により職場でデスゲームが始まったら、真っ先に死にそうな人。死因は過労死。
「えっと、今夜だったかな」
「そうです。今夜です」
「そうか」
それだけ言うと、自分のPCに視線を戻して再びキーボードを叩き始める。この部署に配属されて彼と出会った当初は、「いつも怒ってるのかな?」とハラハラしていたものだが……全くそんなことはなかった。元来、口数が少ないタイプなのだ。何も言わないのは信頼の証。
さて、私も頑張らないと。そう思い立って自分のデスクへ向かおうとした瞬間。背後から別の人物に呼び止められる。
「なんや。今日はまた一段と早いやんけ」
間違いようのない口調。私の職場に一人しかいない。
「このエセ関西弁は……」
「何でや! エセ言うなや! 『この声は~』でええやろ!」
「おはようございます、日向先輩。今日も朝から騒々しいですね」
意気揚々とお得意のツッコミを炸裂させるは、自称『企画部のムードメーカー』こと、日向虎鉄。私にとっては職場の先輩の一人。明るい金髪と、取って付けたような関西弁がトレードマーク。
頼もしい先輩かどうかで言えば、頼もしい。実際、色々とお世話になっている。ただ、少々喧しい。虫で例えるならば、蝉。
「ミコちゃんも相変わらずドギツイやん」
「前にも言いましたよね。その呼び方は止めてください」
「なら、何て呼んだらええねん」
「普通にさん付けでお願いします」
「……まぁ、呼べたら呼ぶわ」
はい、絶対呼ばないパターンです。何だろう。この企画部の面々は我が強いというか、キャラが濃いというか。仕事が仕事なだけに、仕方ないのかもしれない。
「せや。確か今夜やろ?」
「覚えていたんですね」
「当たり前や! 可愛い後輩の企画やん! で、今回は自信あるん?」
「勿論です! 前回の私とは違います。これで盛り上がらない訳がありません」
「何か秘策があるんやな」
「今夜のデスゲームは、5人中1人しか生き残れないサバイバル形式。さらに、プレイヤー全員が友人関係にあります」
「そら、むっちゃ熱い奴やん!」
親友だと思っていた5人。それが、誰か1人の策略によりデスゲームへと参加する羽目に。一体、裏切者は誰なのか。信じていた友情が儚くも崩れ去ってしまう。
全員が疑心暗鬼に陥るも、どうにか犯人を探し出そうと躍起になる。しかし、その過程で昔の後ろめたい出来事が次々と明らかになり……気付けば友情は修復不能。
かつての友を疑い、謀り、焚き付け、罵り合う。そんな中で、どこまで人を信じられるか。犯人の動機を暴き、策略を看破し、黒幕を特定できるか。
最後には、残ったプレイヤーが自己を犠牲にしてまでも友を助ける。改めて人を信じる大切さを思い出し、真の友情に目覚め――ゲーム終了。
そう、これは絶対に盛り上がる!
ルールの穴に気付く、気付かぬの問題ではないっ!
「期待しとるで!」
「ええ。ドロッドロの展開にしてやりますよ!」
と、立ち話が長すぎたようだ。ここで新たな人物が登場する。
「先輩方、早いっすね!」
「この語尾は……」
「あっ! 申し訳ないっす! じゃなくて、えっと、あわわ……」
「梶田ちゃん、パニクらないの」
今日も尻尾のように髪を振り振り、慌ただしくも天真爛漫にオフィスへ到着。私が思うに、彼女こそムードメーカーだろう。
「なんや。ミオちゃん、珍しく早いやんけ」
「そ、そうっすか……? 珍しくって、いつも見てたんすね……」
「そら、そうやろ?」
梶田が急に視線を泳がせる。その様子から、伊佐名は何となく全てを察した。心の中で、「やめておいた方がいいぞ~」と念を送る。これが無事に届くことを祈るばかり。
「そ、それはそうと! 伊佐名先輩、今日っすよね! 大丈夫っすか!?」
「当たり前でしょう。後輩に心配されるほど落ちぶれちゃいないわよ」
「じゃあ、前回みたいに店の前で泣きもがっ」
とっさに彼女の口を押さえる。いや、職場で何を暴露するつもりなの! あの時のことは内緒って釘を刺したのに!
「なんや? 前回は何があったんや?」
最も教えたくない人間の耳に入る寸前だった。いや、恐らく彼に問い詰められたら……梶田ちゃんはポロッと喋ってしまうだろう。
どうする。どうやって、この危機的な状況を脱する。社会的な死を回避して、無事に生き延びる……?
その答えは簡単。
(梶田ちゃん。あとで売店でアイス買ってあげるから)
(交渉成立っす)
「何にも無かったっす!」
「さよか」
デスゲームでもよく使われる手段の一つ。『買収』である。無償で他人を信じられない場合には、最終的にこれに行き着くことが多い。
親友は裏切ることがあっても! お金は絶対に裏切らない――!!
ただし、お金を渡す人は裏切るかもしれない。
そしてなにも、交渉材料はお金だけに留まらない。果たして、今日のゲームで使われることがあるのだろうか……。
***
「皆様、ようこそ歓迎いたします。初めまして。私は本企画を運営するゲームマスターです。お困りの際には何なりとお呼び下さい。答えられる範囲の質問にはお答えしましょう」
「覚悟は宜しいですね。今から皆様にはデスゲームをして頂きます!」
「さて、本日やって頂くゲームは――『友情値限界』!」
「一口に友情と言っても、人によってレベルが存在します。親友のA君と、親友のBさん。どちらも同じだけ友達。そんなことは絶対に有り得ません。同じ親友でも優劣が存在する」
「定量的にどれだけ友達であるか。これを『友情値』と定義しましょう。例えば、A君とBさんのどちらかしか助けられない場合。友情値の高い方が優先されますよね。その差は微小かもしれませんし、数倍ほど隔たっているかもしれません。それを知っているのは――『あなた自身』だけ」
「本ゲームでは与えられた友情値を使って、自分を除く誰かを守ることができます。しかし、残念ながら……少なくとも1人は切り捨てなければなりません」
「では、ルール説明に入りましょう。大事なお友達を助けたいなら、しっかりとルールを聞いて理解することを推奨します」




