第1ゲーム 現実はデスゲームほど甘くないっ!(後編)
「どうして!? どうして気付かないの!?」
テーブルに空のジョッキを叩き付けながら、伊佐名は叫んでいた。魂の咆哮。如何に居酒屋の個室といえど、騒いでも良い限界がある。それを軽く突破していた。
「先輩、飲み過ぎっすよ」
「これが飲まずにやってられるかぁー! あーもう! なんでよぉ~!」
梶田は密やかに驚愕していていた。まさか、憧れの先輩がここまで豹変してしまうなんて。ビシッと決めていたはずのスーツも今や胸元まで開けて、ベロンベロンに酔っぱらっている。いつもの凛としたカッコイイ先輩は死んでしまったのだろうか。お酒って怖い。
「ねぇ、梶田ちゃん?」
「はいっす!」
「あのね、どうしてデスゲームのルールに穴があると思う?」
「えっ……先輩がそこまで考えてなかったからっすか?」
「違うわよっ! ワザとに決まってるでしょ! 故意に穴を作ってるの! 分かる!? じゃなきゃ、なーんにも面白くないでしょ!? ルールの穴を突くのがデスゲームの醍醐味なの!」
「あー、確かにそうっすね。マンガでも読んだことがあるっす」
その通り。マンガでもアニメでも映画でもドラマでも小説でも。驚きの展開や、まさかの逆転劇、最後のどんでん返しで読者・視聴者を興奮させる。それがデスゲーム。
つまり、盛り上がらないデスゲームなど大失敗も甚だしい――!!
これでは、ただの殺し合いに過ぎない。とにかくバンバン殺せばいい。そんな時代はとうの昔に終わった。視聴者が求めているのはそれではない。
人間の醜さや、卑しさや、狡猾さ。『死』に直面することで露わになる人間の本性。そこから発展するドロドロの争い。
自分自身が生き残るため、如何に他のプレイヤーを欺き、裏切り、蹴落とすか。気付き、看破し、裏をかくか。良くも悪くも、今やデスゲームとは頭脳が輝く時代なのだ――!!
「なのに、今日のアレは何なの!? 誰も気付かない! 5人もいたのに、誰一人として穴に気付かない! もっと頑張りなさいよ! 命が賭かってるんでしょう!?」
「いや、難しかったんじゃないっすか……?」
「そんな訳ないわよっ! ポイントの入ったカードを譲渡するだけじゃない! こんなの小学生でも分かる! 私、ちゃんと説明したよね!? ルールに抵触するのは人のカードを強引に奪った場合だけだって!」
「じゃあ、ちゃんとルールを聞いてなかったっすかねぇ……?」
バカな。説明前に、あれほど念押しをしたというのに。
「っていうか、勝った方も勝った方よ! 賞金は残ったメンバーで山分けって言ったじゃない! だったら、味方の人数減らせよ! 敵プレイヤーと共謀してさぁ! 残ったのが自分だけなら、賞金5倍だぞ! 5倍! アンタら人生を賭けてデスゲームに参加してんでしょうが! 何なら、私が全員まとめてぶっ殺してやろうかぁー!?」
「先輩が言ったらシャレになんないっすよ!」
物騒なワードが店内に響き渡る。ちょっと声が大きかった。他のお客さんも騒然としている。下手したら警察を呼ばれ兼ねない。いえ、仕事の話をしていたんです……。うん。言い訳にしては苦しすぎる。嘘じゃないのに。
数分と経たず、梶田に連れ出されて店を後にする伊佐名の姿が。
「先輩、本当に大丈夫っすか。足取りも覚束ないし……パッと見た感じ、死にそうっすけど」
「うえぇ……気持ち悪い……」
「ここで吐いちゃダメっすよ!!」
まるで飲み会帰りの大学生。しかし、その実態はれっきとした社会人である。
今の会社に入って6年目。伊佐名はこれまでにも多くの壁にぶち当たってきた。しかし、ここまで打ちのめされた経験は一度たりともなかった。
初めて通った私の企画。そのことを聞いた時は、スッゴイ嬉しかった。先輩たちも自分のことのように喜んでくれた。頑張れって、応援してくれた。お前ならできるって、期待してくれた。
だから、張り切って準備した。実現が難しい案件に直面した時は、各部署に頭を下げて協力してもらった。ミスが発覚した際も全力で挽回した。方々に謝罪して回ったけど。
この企画に3ヶ月も掛けてきた! そして、私の持てる全てを! なのに……。
「ぐすっ……ここまで頑張ってきたのにぃ……」
無性に泣けてきた。後輩の前で泣くなんて有り得ない。普段の私なら、絶対にそんなことしない。そんなキャラじゃない。頭では分かっていても、溢れ出る涙を止めることはできなかった。
私が何をしたっていうの。悪いのは全部プレイヤーじゃない。今までやってきたことは何だったのか。
書いた企画書も、駆け回った日々も、架け渡した部署間の協力も、掛けた労力も、懸けた全力も、賭けた命も。全部全部、無駄だったというの――!?
いっそのこと死んでしまいたい――
「ぐすっ……うわぁん……ひぐっ……」
「先輩」
その場に座り込んで泣き出す憧れの先輩を前に、梶田は何を思うか。
「大丈夫っすよ」
「うえっ?」
「大丈夫っす!」
「……その根拠は?」
「特に無いっす!」
「無いの!? 慰め方が雑! ちゃんと慰めてっ!」
「そう言われても……」
残念ながら、彼女はこれまで先輩を慰める経験など皆無だった。こんなケースに遭遇した場合、どう対処すればいいのか。会社研修でも教えてくれなかった。
「……だって、梶田ちゃんも幻滅したでしょう?」
「してないっす! むしろ尊敬してるっす!」
「本当に……?」
「ほっ、ホントっす!」
「ふーん……」
「先輩、頑張ってたじゃないっすか! それはちゃんと見てたっす! 大事なのは結果だけじゃない。そこまでに至った過程も重要っす。だから、なんて言うか……頑張ってた先輩の仕事を否定する人はいないっす! 例え結果がアレでも!」
「結果がアレって言わないっ!!」
「うぅ……申し訳ないっす……」
しかし、彼女なりに慰めてくれたのだ。それは分かっている。可愛い後輩にここまでさせておいて、その期待に応えない先輩がどこにいるか! 頑張れ、ミコト! いつまで死んだままでいる! 今、立ち上がらずして……いつ立ち上がる!
自分自身を鼓舞し、奮い立たせる。このままじゃ終われない。
だって、私の夢はまだ始まったばっかりだから――
「……ありがとね、梶田ちゃん」
「先輩……!」
その顔には、いつもの凛とした表情が戻っていた。
伊佐名美命、完全復活。
これは私にとって初めての企画。ならば、失敗はまだ許容されるだろう。私の過失だと認めたくはないけれど。
そう、次がある。今回の失敗を教訓として、次のゲームに活かさなければ。そのために私は生きなければ!
「次のゲームこそ! 絶対に度肝を抜かしてやるんだからぁーっ!!」
彼女の決意が夜の街に響き渡る。
そして、覚束ない足取りのまま家路につくのだった。
~今日のゲーム~
『花一匁』
ターン制チーム対戦型デスゲーム。お互いに指名されたプレイヤーが一人ずつ対戦し、相手チームが全滅したらゲーム終了。勝利条件が先攻側にとって有利に設定されているが、ちょっと考えれば無きに等しい。むしろ、後出しできる後攻側が圧倒的に有利。プレイヤー間のポイント譲渡、敵プレイヤー個人との水面下交渉、控え室からの情報伝達など、様々な攻略法や裏技を想定していたが、全て不発に終わる。無念。




