第8ゲーム 装置って実際に作ると高いっ!(後編)
「えっと、ここが技術研究部らしいんだけど……」
おどろおどろしい薬品や標本、実験体の入ったカプセルでも並んでいるのかと思いきや、そんなことはなかった。小綺麗な一室。不思議な機械装置が整然と並べられている。
「キーッヒッヒッヒ。来たねェ……」
「げっ! 変な人!」
予想の遥か斜め上を越える変人の登場に、伊佐名は思わず身構えた。
一言で説明すれば、白衣をまとったマッド・サイエンティスト。なるほど。冷静に考えれば、デスゲーム運営事務局(株)の技術研究員として相応しいかもしれない。
自らキャラ作りでもしているのか。私も仮面を被った時にはゲームマスターとして演じているから、そういうことに理解はある。ただし、これだけは言える。
企画部のメンバーって、まだマシな方だった!
「えっと、設計開発の村田主任より紹介にあずかっているかと思いますが。企画部第一企画課の伊佐名と申します」
「聞いているよォ……企画部が来るとはァ……久々だねェ……」
「あの、お名前は?」
「人は吾輩をこう呼ぶよォ……本田部長」
「あっ、本田部長ですね。よろしくお願いします」
「こちらこそどうぞォ……ヒッヒッヒ……」
思ったより礼儀正しい。確かに悪い奴ではなさそうだ。
「不躾な質問で申し訳ありませんが、こちらの部署では何の研究をされているのですか?」
「決まっているよォ……デスゲームに導入するためのォ……最新技術さァ……!」
「そう、それです! 詳しく教えて頂けませんか!」
こんなにピンポイントな部署があったなんて! 全く知らなかった。
「例えばァ……デスゲームによくあるだろォ……?」
「よくある?」
「参加者にユニークで不思議な能力を与えるとかァ……」
「あー」
「有り得ない武器で有り得ないモンスターと戦うとかァ……」
「はいはい」
「いつの間にか頭の中に小型の爆弾が埋め込まれているとかァ……」
「ありますね」
「ヴァーチャル世界と現実世界の肉体が連動しているとかァ……」
「うんうん」
「そういった研究」
「スゴイですね!」
「成果はゼロ」
「ダメじゃないですか!!」
彼の言っている通り。最近のデスゲーム作品は普通の殺し合いに飽き足らず、個人の能力や世界観がインフレ気味になっている傾向がある。もはや、現実世界では再現不可能なまでに。
ただ、もし、仮に、万が一、実現できたとしたら……デスゲーム業界に新たなる歴史が刻まれることだろう。私だって見てみたい!
同時に、気付いた。どうしてこの部署の存在が知られていないのか。
碌な成果を出していないから! 企画部まで結果が届かない!
「ちょっと、本田部長! 何しているんですか!」
「どうしたんだァ……鈴木くぅん……」
「また変なこと吹き込んでいるんじゃないでしょうね?」
「あっ、今度はマトモな人」
「うちの部長が申し訳ありません。僕は助手の鈴木です。企画部の伊佐名さんですね? お待ちしておりました」
変人がいれば、それにブレーキを掛ける人がいるのも道理。
何かがおかしいと思った。変人が部署の窓口を担当する訳がないのだ。
「ほら、部長はあっちに行っててください」
「キーッヒッヒッヒ……」
「いや、本当に申し訳ありません。彼は天才なんですけれどね。ただ、天才であるが故に理解されないというか、理想が高いというか」
「はぁ」
中性的な顔立ちの、色白で若い男性。私より年下だと思う。白衣が様になっているが、マッド・サイエンティストには見えない。
何だろう……草食系……いや、理系の大学にいそう。
「こんな辺境の弱小部署へようこそお越しくださいました。それで、伊佐名さんは最新技術に興味があるということで。是非とも企画に導入したいと。我々としても成果を出したい。これは良いビジネスパートナーになれそうですね。利害の一致」
「ただ、成果ゼロというのは、本当に……?」
「まあまあまあ。それはそれ、これはこれ。新しい企画を生み出すためには、多少の犠牲と挑戦が付きもの。でしょう?」
「そうですが……」
「ちなみに、うちは兵器の類は扱っていませんから。未知の毒薬とか、新種のウィルスもNG。一般的な毒物・銃火器・爆薬なんかは、購買部に裏ルートで買ってもらうしかありません。作るよりも安上がりなもので。今の一押しはレーザー照射装置とか、ウォーターカッターとか、炭素繊維強化プラスチックとか」
「闇の武器商人かしら」
そう、技術研究部というよりは武器商人。ここでは技術の斡旋をメインに行っているのだろうか。
心の奥底で何かが燻る感じがする。
「ところで、あなたは今現在、何の研究をしているの?」
「あー、最近はもっぱらトレンドのヴァーチャルリアリティですね。仮想世界でデスゲームを繰り広げるのはどうか。これならコストが安上がりですよ」
「それ単なるゲームじゃない!」
「そうなんですよ! そこが問題。画質も荒いし、速い動きには付いていけない。ダメージを現実世界に反映なんて以ての外。今後の課題ですね。そうだ! ヴァーチャルゲームマスターなんてどうです? これは流行るかもしれませんよ!」
伊佐名は気付いた。
この部署には、明確なビジョンがないのだ。
行き当たりばったりで研究を進めている。研究部門だから納期も存在しない。故に、成果も出ないし、必死に頑張らないし、次に繋がらないという悪循環。
どうしてこんなにも腐敗しているのか。その理由は明白。
部門を引っ張っていくリーダーが不在なのだ! 部長がアレだから!
そして、存在が埋もれたまま今日まで生き延びてきた。謎の無駄な部署がある。大企業の宿命とも言えるだろう。いつか上層部に見付かって、コスト削減という名の下に潰される未来が見えた。
「アンタたちねぇ……仕事を舐めてない?」
「へっ?」
「いえ、舐めてるでしょ。あのね。ここはデスゲーム運営会社よ。会社なの。大学の研究室の延長じゃないの。だったら、成果を出さなきゃ。利益を上げなきゃ。自身の存在価値をアピールしなきゃ!」
「あの……伊佐名、さん……?」
「そうじゃないと死ぬわよ! このままだと部署ごと墓場行きよ! こちとら仕事に命を賭けてんの! 他の部署の人間だって……デスゲームの参加者ですら命を賭けてる! 命を賭けてないのは、アンタらだけよっ!」
「ひっ……」
「死にたいの!?」
「し、死にたくはないです……」
「声が小さいっ!」
「死にたくないですっ!!」
底辺部署の彼らにとって、企画部とは雲の上の存在。
怒らせたら次の日には部署ごと消滅してしまうかもしれない。いや、強制的にデスゲームへ参加させられるかも――!?
まぁ、実際のところそんな権限はない。しかし、伊佐名にとって脅しとハッタリは十八番なのだ。その理由は言わずもがな。
そして、ここからどうするか。この腐った部署にメスを入れる。他でもない、この私が! 技術研究部のリーダーとなって、彼らを牽引する! あわよくば、いつか研究成果をデスゲームへ利用するために!
恐らく一筋縄では行かないだろう。
だが、これは未来への先行投資! そう考えれば安いもの!
「いい? 他のメンバーにも伝えておくように! 今日より技術研究部は、私の支配下となる! 死にたくなければ私の指導の元、真面目に仕事をすることっ! これは貴方たちのためでもあるの!」
「はい!」
「まずは研究内容の精査と部署方針の決定! 研究ごとに優先順位を付けていくわよ! そこから週一で進捗報告! 月一で定例報告! 半年以内に最初の成果を出すことが目標! いいわね!?」
「ひいっ……」
「返事は!?」
「はい!!」
思わぬところで技術力を手に入れた伊佐名だった。
果たして、半年以内に成果は出せるのか。
頑張れ、技術研究部! 君たちの未来は全て彼女に賭かっている――!!
~今日のゲーム~
『引っ張り試験』
ターン制個人対戦型デスゲーム。定量型人体部位破断装置を使用して1対1で対戦する。徐々に上がっていく引っ張り力を前に、どれだけ身体の重要部位を守りながら戦うか。プレイヤーの頭脳戦が期待される。装置のお値段を聞くと無念。多人数の戦いが推奨される昨今のデスゲーム傾向とは真逆の個人戦。この装置を発注したのは一体誰なのか。




