第1ゲーム 現実はデスゲームほど甘くないっ!(前編)
人間は一生のうちに何度――死に直面するだろうか。
本気で死ぬかと思った、もっと死ぬ気で頑張れ、死んでもともと、死ぬほど暇、もう限界だ死にたい、構ってくれなきゃ死んじゃう、武士道とは死ぬ事と見つけたり、九死に一生を得た、それ本当だな命賭けるか、喰らえ俺の必殺技。
数え切れない。心当たりが多すぎる。この世の誰もが日常生活の中で知らず知らずのうちに、幾度となく命の危機に瀕しているのだ。『死』という概念のなんと軽いことか。
今に始まったことではないが、命に対する認識が甘いと思う。本当に死と真面目に向き合ったことがあるのか。面と向かって問い詰めたくなる。是非とも彼らに言ってやりたい。いっぺん死んでこい、と。
それで、今の私の心境を例えるならば、これ。
『緊張しすぎて死にそうっ!』
期待と羨望の入り混じった視線をひしひしと感じる。みんなからの注目を一身に浴びているのだ。凄まじい重圧感。ゾワリと背中に悪寒が走る。就活時代に経験した、弊社の最終面接の比ではない。
それもそのはず。この場にいる全ての人間が、今日のために命を賭けて頑張ってきたのだ。私の企画のために。彼らの想いを無下にはできない。だから――絶対に成功させる。
スーツの襟に取り付けたピンマイクのスイッチをオンにする。コホンと一つ咳払い。何度か「あー」と声を出し、問題が無いことをチェックする。音響担当からもOKサインが出される。
大丈夫。どれだけ入念に準備してきたと思っているの。抜けや漏れが存在しないよう、何日も掛けてルールを精査した。リハーサルも滞りなく終了した。沢山の人々の協力を得て、今ここに私は立っているのだ。
これが私の夢だから――
そっと仮面を拾い上げ、慣れた手つきで顔に被る。
「ゲームスタート」
カチリ。映像担当によりスイッチが押される。それと同時に、彼女の中のスイッチも切り替わる。そう、私は別人として生まれ変わるのだ。
既に緊張で死にそうな彼女はどこにもいなくなっていた。緊張は死んだ。
伊佐名美命は落ち着いた口調で語り始めた――
***
「皆様、ようこそいらっしゃいました。お初お目に掛かります。私は本企画を担当いたします運営事務局の人間です。お気軽に『マスター』とでもお呼び下さい。以後、お見知り置きを」
「早速ですが、皆様にはデスゲームをして頂きます!」
「さて、本日やって頂くゲームは――『花一匁』!」
「ご存じの通り、日本古来より伝わる由緒正しき遊戯。しかし、一説によると『人買い』が起源であるとも言われています。今回、皆様に取り合って頂くのは――相手の『命』!」
「宜しいですね。では、ルール説明に入りましょう。皆様の命運を決める大事なルールです。一字一句として聞き逃しの有りませんように」
***
生放送が終わると、伊佐名は仮面を外してほっと安堵の表情を浮かべた。
よし、上手くいった! 心の中で呟き、小さくガッツポーズ。ここまでの滑り出しは順調。ルール説明も噛まずに流暢。プレイヤーの反応も上々。あとは問題が起きぬことを祈るばかり。
「先輩、お疲れ様っす!」
すぐさま彼女の元に駆け寄ってきたのは、梶田未央。伊佐名にとっては数少ない直属の後輩に当たる。茶色く染めたポニーテールを左右に振りながら、脇目も振らず猛然とダッシュ! 例えるならば、犬。ご主人が家に帰って来て、待ち切れず玄関までお出迎えする犬のそれ。
「もう、何て言ったらいいか……めっちゃドキドキしたっす! 正体不明のゲームマスター感が出てたっすよ!」
「梶田ちゃん、語尾」
「あっ! 申し訳ないっす! じゃなくて、申し訳ありません……?」
「どうして疑問形なの? 次から気を付けてね」
「了解っす!」
はい、ダメです。理由は分からないが、何故か女の子らしからぬ言葉遣い。これがまた根深く、いくら指摘しても直らない。社会人としては致命的。
しかし、うちの会社ではそれでもやっていけるのだ。誰も気にしないというか、むしろ個性として許容されているというか、職場が変人の巣窟というか。そもそも、私たちを一般的な社会人と分類して良いのだろうか……そこに議論の余地がある。
ただ、一つだけ揺るぎない事実が存在する。
先輩としては――どんな後輩であろうと可愛い!
そして、懐かれている分には全く悪い気がしないっ!
「あの、先輩。質問しても大丈夫っすか?」
「勿論でしょう。今日はそのための見学でもあるんだから。何でも聞きなさい」
答えられない質問など無い。何故ならば、今回のゲームの企画・立案・運営は全て私が主導となって行ってきたのだ。
私にとって、初めて通った大切な企画。他の誰よりも知っている。
「このゲーム、どうしても腑に落ちない点があるっす。プレイヤーは合計10人。そこから5人のグループに分かれて、割り振られたポイントを用いて1人ずつ勝負する。相手チームが全滅するまで。ここまでは問題ないっす。でも、先攻の方が圧倒的に有利っすよね? ゲームの平等性として致命的なんじゃ……」
「ふふん。甘いわね、梶田ちゃん。何の根拠も無いけど生き残れると思っているデスゲームの参加者くらい甘い」
「そんなにっすかー!?」
「いい? 一見すると先攻が有利なようで……実は全然そんなことないの。むしろ、あることに気付けば後攻の方が圧倒的に有利……。まぁ、見ていれば分かるわ」
この時、伊佐名の胸中を占めていた想い。それは「梶田ちゃん、まだまだね」でも、「私の考えたゲームに落ち度はない」でもなかった。
後輩に諭す先輩……あぁ、今の私めっちゃデスゲームの運営してるっ!
そして、2人はゲームの行方を静かに見守る。これ以上、ゲームマスターが出しゃばるのは無粋というもの。デスゲームの主役とは、飽くまでプレイヤーたちなのだ。
――ゲーム開始から10分経過
「1人目は先攻の勝ちっすね」
「まぁ、そうなるわね」
――20分経過
「2人目も普通に負けちゃったっすよ」
「いえ、まだまだ想定の範囲内」
――40分経過
「後攻、もうラスト2人っす」
「……大丈夫。最低でも2人残っていれば、まだ手はある……」
――1時間経過
「えっと、5人抜きで先攻のパーフェクト勝利っすね」
「…………」
「あの、先輩?」
「…………」
(うぅ……気まずいっす……)
呆気なさ過ぎて言葉が出ない。えっ、もう終わり? これで終わり!? ちょっと待って。1時間前の私、何て言ってた。後輩に向かってドヤ顔で「まぁ、見ていれば分かるわ」って。確かに、豪語した。
だったら、分かるのがお約束でしょ!? ハプニングの一つも無くスムーズに終わるなんて、デスゲームとして有り得ないから! せめて、「ほら、見なさい」の一言くらい言わせなさいよっ!
今の私の心境を例えるならば、これ。
『恥ずかしくて死にそうっ!!』




