第4ゲーム 黙っていたら生き残れませんっ!(中編)
薄暗い部屋、忙しなく動く人影、撮影用の大きなビデオカメラ、ズラリと一面に並んだモニター。もうお分かりだろうか。今宵、開幕されるデスゲームの会場。その裏側である。
運営の人間しか入ることは許されない、プレイヤーたちを監視するためのモニタールーム。基本的に、運営はこの場所で裏方に徹する。おいそれと、表舞台に姿を見せてはならない。興が削がれてしまうから。
唯一、全てを取り仕切るゲームマスターを除いて――!!
「伊佐名先輩っ! 遂に始まりますっ!」
「本当に、本当に大変だったわ……もう、納期ギリギリ……あのタイミングで機材トラブルなんて、心臓に悪すぎよ……」
「最悪の場合っ! 開始時間を遅らせる手段もあったのでは?」
「ダメに決まってるでしょう。納期は絶対なの。プレイヤーの方は別にいいわ。でも、お客様がそれを許してくれると思う?」
「はいっ! 常識的に考えて有り得ませんっ!」
デスゲーム運営事務局が株式会社として成り立つために必須なのが――顧客の存在。利益を上げなければ会社を存続できない。つまり、お金を払ってくれるお客様が第一優先なのだ。
よく勘違いされるのだが、プレイヤーはお客様ではない。飽くまでデスゲームへの参加者。彼らが持ってくるのは自身の命だけ。
運営が利益を得ているのは、もっと別の存在。デスゲームの定番でもある。
つまり、視聴者! デスゲームの配信を喜んで観戦する人々。裕福なお金持ちの上流階級。この世のあらゆる娯楽を堪能し尽くしてなお、更なる刺激や興奮を求めて止まない人間たち。
どういう訳か、いつ如何なる時代においてもそのような人種が一定数だけ存在するのだ。つまり、需要がある。そこに目を付けたのが、創業者である須藤和重。
かつては有数のお金持ちが集まって、仲間内の道楽として嗜んでいたデスゲーム。それを事業化した結果が――デスゲーム運営事務局(株)なのだ!
「いい? お客様は神様なんて言葉があるけど、私たちのお客様はマジで神様なの。比喩じゃない。それに相当する地位と権力と財産を持っている。そんな方々の前で、『今日のデスゲームは開始時間が30分ほど遅れます』なんて言える?」
「言えませんっ!」
「素直でよろしい。つまり、そういうことよ」
無論、デスゲームはリアルタイムでの視聴が好まれる。何が起こるか分からない臨場感を味わうため。同時に観戦している人間同士で感想を共有するため。サッカーの試合だって、生放送で見る派が多数なのだ。デスゲームならば言わずもがな。
故に、例えゲームが酷い有り様だったとしても、編集されることなく全てが配信される。前回みたいに。あんなのはもうこりごり。
「もうすぐ時間ね。始めましょう」
「はいっ! ご健勝をお祈りしますっ!」
伊佐名は深く息を吐き、子供が見たら泣き出しそうな恐ろしい仮面を装着した。
***
「さて、本日やって頂くゲームは――『献血ゲーム』!」
「皆様には献血の経験があるでしょうか。いえ、答える必要はありません。見知らぬ誰かのために、自らの血液を差し出す。何とも殊勝な心掛けです」
「ところで、お気付きでしょうか。この場に集まっている全員が、ほぼ同じ体型の成人男性であることに。合計8人。見ての通り、事前に4人ずつのチームに分けさせて頂いております。赤チームと白チーム」
「ここからが本題です。皆様にはこれより、自らの『血液』を賭けてギャンブルをして頂きます。勝利した側がベットした血液を総取り。ギャンブルは個人戦ですが、獲得した血液はチーム内の共有財産となります」
「次のギャンブルで賭けても良し、メンバーに輸血しても良し。ただし、これは『献血ゲーム』です。大原則として、自分自身の抜いた血液を戻すことはできません!」
「勿論、相手チームの血液型が運営より公表されることは有り得ません。それを踏まえて、自身の、仲間の、相手の血液をどのように扱うか……どうです? 血が騒いできたでしょう?」
「安心して下さい。血も涙もないゲームマスターから、これだけは教えて差し上げます。標準体重の成人男性が失血死に至るまでの出血量は、およそ1.5リットル。逆に言えば、一人当たりそれだけの持ち分があるのです」
「盛り上がってきたところで、詳しいルール説明に入ります。相手チームを全滅させるまでデスゲームは終わりません。血の滲むような思いで頑張って下さい。さぁ、血で血を洗う戦いを始めましょう!」
***
これまでの伊佐名ならば。
ルールを説明したら、はい終わり。そこから先はプレイヤーたちに放任してきた。だって、大体のデスゲームがそうでしょう。最低限のルールを言い渡したら、運営は滅多に出しゃばらない。適宜、プレイヤーの質問に答える程度。
しかし、現実はそう甘くない。どれだけ頭を悩ませて作成したデスゲームでも、プレイヤーだけでは穴に気付けない可能性がある。必勝法の「ひ」の字にすら到達しない恐れもある。その事実を嫌というほど思い知ってきた。
だから、今日の私は一味違う! もうちょっとだけ出しゃばる!
「以上で、ルール説明は終わりですが――」
あからさまに強調する。「ぼさっと聞いてんな!」と、心の中で叫ぶ。
この界隈の人間にとっては常識なのだが、デスゲームのルール説明における『ですが』とは――これから超重要なことを言うぞという、壮大な前振りなのだ! これ試験に出るよ!
「――両チームの合意さえあれば、この場でルールの変更が可能です」
伊佐名は仮面の下でドヤ顔をする。言ったぞ。今、重要なこと言ったからな。気付けよ? 8人もいるんだから、1人くらい気付けよ? ここで上手く立ち回れば、自分のチームを有利にできる。
いや、それどころじゃない。あのルールをちょっとあんな感じに変えれば……有るんだよ、必勝法がっ!
「ただし、何でも自由に変更できる訳ではありません。最終判断は私が下します。基本的に、詳細なルール説明の前に話した事項は変更不可です。しかし、それ以外のルールならば……ほぼ全て。合意さえあれば変えられます。いかがでしょうか?」
ルールの穴に気付けないのであれば、プレイヤー自身にルールの穴を作らせる。なにも、必勝法は1つや2つではない。無数に考えられる。それらが組み合わさることで、さらなるシナジー効果を生む。
結果、あらゆるプレイヤーの思惑が交錯。どうしてそんな提案をしたのか。理由があるのか。逆にうちのチームでも使えるんじゃないだろうか。むしろ、こっちが有利になるルールだけど……裏でもあるのだろうか。何ならハッタリでルールを変えるのも面白い。
誰もが押し黙っている。これまでの情報を踏まえて思案しているのだろう。今回は親切にルールブックまで人数分用意した。完璧にルールをおさらいできる。今日のゲームこそ、絶対に抜かりはない。
(さぁ、どう出る……?)
「…………」
(どう出るの……?)
「…………」
(ほら、誰か……)
「…………」
そして5分が経過した。
「ええと、皆様? 特に意見はないのでしょうか……?」
「…………」
いや、誰も変更しないのかよ! ここまで言ったんだから、ルール変えろよ!
おい、そこのお前! 絶対に気付いてるだろ! さっき、急にハッとしてたよね!? 私、見てたよ~?
揃いも揃ってコミュ障かっ! 確かにみんな初対面で喋りにくいかもしれないけど! 言い出せよ、自分から! これデスゲームだよ!? 負けたら死んじゃうんだよ!?
しかし、これで引き下がる私ではない。なりふり構っていられないのは、こっちも一緒なんだから!
「私が言うのもアレですが。多分、ルール変更した方が良いことあるかもしれませんよ?」
「…………」
ねぇ、こんなに親切なゲームマスター他にいないよ。ここまで助言してるんだよ。ホントに、ホントにないの? これがラストチャンスだよ!?
もう無理。これ以上、お客様を待たせられない……。
その時、一筋の光明が――!!
「あ、あの……」
「!」
来たっ! 提案者1人目! もう、勇気あるプレイヤーに拍手を贈りたい!
「どうぞ!」
「……いえ、やっぱり何でもないです」
何でよ!? そこまで言って! 諦めんじゃないわよ!
言いたことあったら、言いなさいよ! 本当にいいの?
『死因:喋るのが恥ずかしかったから』
……いや、ダメでしょ!
何でもいいから誰か提案しなさいよぉ! 命が賭かってるんでしょうがぁ!!
伊佐名の悲痛な心の叫びが、プレイヤーたちに届くことはなかった――




