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暗雲立ち込める草原の中。

ひとりの魔法使いは、かつて魔王と呼ばれた男を引き連れて、まだ見ぬ敵と対峙する。


「〈精霊の愛子〉のお出ましか。だが、気がつくのが遅かったな」


薄暗い森の中から姿を現した男は、ゼファエルが魔王化した姿より異形だった。

服からのぞく腕や、顔には鱗のようなものが現れ、瞳は赤黒い。ツノは大きく渦を巻きながら天を向く。


「全ての準備は整った。こんな世界、とっとと消えればいい」


今はこの男こそが魔王だった。

魔王を中心として、禍々しい黒い魔力が溢れ出る。

肌を刺すような圧迫感に、ユリウスもいつもの笑みはなかった。


戦いの火蓋は切られた。


魔王本体の強さに加え、彼が呼んだ黒いドラゴンがユリウスたちの戦力を削いでいく。


——ここまでなのか?



今まで直面したことのない強大な敵に、ユリウスは追い込まれていた。


「ユリウス様! 助けに参りましたわ!!」


背後から名前を呼ばれ、ユリウスは更に逃げ場をなくす。

足手まとい……ゼファエルの討伐に共に向かったパーティメンバーがいた。


「なんで来たかな」


ユリウスは魔王とドラゴンの相手をするので手一杯。残念なことに彼らをかばう余裕はない。


「オズワルド! わたくしたちは、あちらを相手するわよ!!」


フィーネが指差した先にいたのは、人型に戻っていたゼファエル。


「……最悪だ」


なぜこんなことになっているのか、ユリウスの理解は追いつかない。


「彼は味方だ! 手を出すな! 君たちは下がってろ!!」


焦りと怒りが混じり、ユリウスはついに姫たちに向かって怒鳴った。

が、フィーネには届かず。


「ユリウス様を誑かしているのね! 許さない!!」


なぜ、ユリウスと共に魔王と対峙しているゼファエルが敵に見えるのか、全く理解できない。


「うわぁ!」


そこで後方から、攻撃を食らった騎士ライオットの叫び声が聞こえる。


「ライオット様!!」

「ライオット!」


聖女アイリスの悲鳴と、フィーネ姫の怒りの声が、頭に響く。


「闇の獣が!!」


フィーネ姫は剣を振り上げ、ドラゴンの方に斬りかかる。




「やめて!!!」




聴こえてはならない人の声が、空から降ってくる。

フィーネが振り下ろした剣は、ドラゴンに届くことなく何かの魔術にぶつかっていた。


「な、何よ、これ!」


異変に気がついた魔王も、一旦ユリウスたちから距離をとる。


「その子から離れなさい!」


間違いない。

この声は、ルシアだ。


ユリウスは、天空を見上げる。


そこには、いつか見た赤いドラゴンが君臨していた。

その背中から、ちらりと見える茶色の髪。

彼女は赤いドラゴンの上に立ち上がったかと思えば、そのまま飛び降りた。


「ルシア?!!」


ユリウスは戦闘そっちのけで、ルシアのもとに飛ぶ。


「わっ。ユリウス様! びっくりした」


着地しようとしていたところを受け止められ、ルシアは驚く。


「それはこっちの台詞だ! 馬鹿なのか?! なんで、こんなところに!」


「……やっぱり、すごくかっこよくなりましたね。ユリウス様」


ルシアは怒られているのにもかかわらず、そんなことは気にしないで腕の中で、彼を見つめる。


「綺麗な青と緑の目。やっと、見られた」


彼女は微笑むと、魔術で身体を浮かし、ユリウスの腕から抜ける。


「ルシ、ア?」


「遅くなってごめんなさい。もう大丈夫ですよ」


ふたりを目掛けて黒い刃が飛んでくるが、ルシアが手をかざすと消えてなくなる。

彼女は最難易度の魔法陣を完成させていた。

自分自身に魔術をかけ、魔法陣を描くことや詠唱の省略を可能にし、まるで魔法使いのように魔術を操る。

それが魔導師マテマの実力だった。


「おい! いつまでそいつをかまってる!」


ゼファエルがユリウスを呼ぶ声が聞こえる。


「魔王は私が相手をします。ユリウスは彼らを守ってあげて」


ルシアは呆然とするユリウスの額にキスをして、一瞬で魔王との間合いを詰めた。


「貴様、何者だ!」


魔王のもとに飛んだルシアに気がつき、ユリウスは息を飲む。

想定外の事態が多すぎる。

彼は動けなかった。


「そうですね。ちょっと昔の記憶が人より多い、ただの伯爵令嬢ですよ」


ルシアは魔王の身体を魔術で縛り付ける。


「身体に悪いものは全て出し切っちゃいましょうね」

「グアァ!!!!」


魔王の体からは黒い瘴気が抜けていく。

同時に黒いドラゴンも浄化されていった。


一気に形勢が逆転したことに、ルシア以外は何もできない。


「まさか、あいつ……」


ゼファエルだけが、彼女の魔術に心当たりがあった。



浄化を終え、取り出した魔眼を破壊する。



「終わりました」


人に戻った魔王を拘束し、操られていたドラゴンはもとに戻ってテレサとともに家に帰った。


ルシアは拘束した男を、ユリウスの周りに集まった一行に差し出す。


「ルシ———」


「魔導師マテマ……」


ゼファエルは、何かを言おうとするユリウスより先にルシアの前へ出た。


「それは私の前世。魔術で色々調べたよ。封印、失敗していたんだね。”来世” なんて酷いことを言った。ごめん」


彼女はマテマなのだ。

ゼファエルは信じて疑わなかった。


「謝るのは俺のほうだ。お前が死んだのは……」


「いいよ。そういう運命だった。私は、この世界にいちゃいけないみたいだから」


ルシアは目を細める。

そうだ。確かに、貴族たちの言うことにも一理あった。

誰もが魔法を使える世界になれば、それだけ危険な犯罪も増えることになるだろう。

魔法が使える人が少ない方が、人々は安心して暮らせるかもしれない。


そもそも魔法なんてものが、なかった方がこの世界は平和になるのではないだろうか。


ただ、それは魔力の源を持つテレサのようなドラゴンや、精霊を殺すのと同義だ。


彼女にはそれができたが、それだけは選べない。


だから、こんな力はあってはいけないのだ。

誰にも知られないまま、ルシアが消えればいい。



「お前が黒幕かぁ!!!」



一番ルシアに近くにいて、それまで黙っていた戦姫フィーネが、剣を両手に振りかぶる。

ルシアは側にいたゼファエルを突き飛ばし、その一身にフィーネの攻撃を受けた。



——こういう運命なんだ。



彼女は何も抵抗しなかった。



「ルシアーー!!」


ユリウスの絶望した顔がよく見える。


(そんな顔はさせたくなかったな)


鮮血が飛び散り、ルシアはその場に崩れ落ちた。








***






「ユリウス様……」



アズベルはすっかり痩せてしまった主人に、声をかける。


そこはローレンシウム家の屋敷に設けた集中治療室。

機械に繋がれたルシアが、ベッドの上で眠っている。

ユリウスは仕事をこなしながら時間が許す限り彼女の側にいた。


「そこに置いておいて」


ルシアがフィーネに斬られてから、2週間が経とうとしていた。



あの後、勘違いで殺人を犯そうとしたフィーネを、ユリウスは許さなかった。

目を覚ませ、としがみついてくるフィーネを振り払い、とにかくルシアの治療に徹した。

なんとか命を繋いだが、国王が娘のために用意させた剣は普通の代物ではなく、ルシアは目を覚まさない。

この治療室で状態が落ち着くと、ゼファエルが彼女のことを話してくれた。


ルシアは魔導師マテマの生まれ変わりだった。

マテマのように〈精霊の愛子〉でもなく、膨大な魔力を持つでもなかった彼女だが、魔導師としての記憶は失っていなかった。

魔法陣については、ゼファエルも不可解なことが多く、何も語ることはできない。

ただ、彼女であれば、フィーネの攻撃を避けるくらい容易であったはずだった。


「フィーネは、マテマを殺した戦姫エーデと瓜二つ。俺だってあいつを見たときは驚いた。マテマが、何も思わないはずがないだろ」


彼の言葉の通り、ルシアの部屋から、ユリウスが渡した指輪とともに手紙が見つかった。

そこには前世の記憶を隠していたことへの謝罪と、この記憶は封印しなくてはならないこと、そして、


“大好きでした”


の一言が最後に綴られていた。



彼はその手紙を読み終えると、無意識にくしゃりと紙を握りこんでいた。



その時からユリウスは休むことなく働いている。

ジュードは彼に休ませようとしたが、何かに追い詰められたようにユリウスは仕事をした。

どう考えても無理をしているユリウスを止めたのは、ゼファエルだった。



「なーにそんなにムキになってんだよ」

「むき?」


人型になったゼファエルは、溜息をつきながら言う。


「あ? 普通、婚約者があの世とこの世さまよってたら、そんな殺気立たねーよ。……怒ってんだろ?」


「怒ってる?」


ユリウスはゼファエルの指摘がよくわからなかった。


「お前。本当、自分の気持ちに鈍いんだな。マテマにあんな選択をさせてしまったことを悔やんでるんだろ? 頼ってくれなかったマテマにも、頼られなかった自分にも怒ってる」


「マテマじゃない。ルシアだ」


「あー、はいはい。そんな拗ねてるんじゃねーよ。今のお前みたら、あいつ、きっと死ねなかった自分を責めるぞ?」


ユリウスはぎろりとゼファエルを睨む。


「睨むなよ。事実を言ったまでだ。……でもな、あいつを幸せにできねーなら、俺がもらうぞ?」


「は? なんで、そうなる……」


面食らったユリウス。

目の前の男は一体何を言い出したのだろうか。


「来世で幸せになろうなって、マテマは俺に言ったんだ。あいつには幸せになって貰わねーとな。俺の来世のためにも」


「冗談も大概にしてください」


「そう思うか?」


ゼファエルは黒い煙で自分の身を包んだかと思えば、若返った容姿でユリウスの前に現れる。


「お前は人間の肩書きが重すぎる。俺ならあいつを連れて、どこにだって連れ出せる。死なせはしない」


冗談ではないらしい。ゼファエルは本気で彼女のことを考えている。

ユリウスは初めて狼狽えた。


「それに、お前はマテマのこと自分の物だと思ってはいるみたいだが、彼女を好きなわけじゃないんだろ? 俺は前世であいつに救われた。700年前から、殺してしまった彼女のことを考えてきた。美人な子になってて驚いたよ」


ユリウスと同じくらいの歳になったゼファエルは、整った顔に、きりりとした目をしたユリウスとは違った勇ましさを感じさせるタイプのイケメンだ。

そんな男が、ユリウスにルシアを譲れと迫っていた。


「……」


「何も言えねーんだな」


ゼファエルはそれだけ言って、その場から消える。

残されたユリウスの拳は、強く握られていた。








「ん……」


ルシアはゆっくり目を開く。

だんだん光に目が慣れてくると、自分がベッドの上にいるのだと気がついた。

腕には医療機器が繋がっている。


「生きてる……」


左手に温かいものを感じて、そちらを見るとユリウスが手を握ったままベッドに伏せるようにして寝ていた。

疲れが出ているのか、彼の目の下にはクマが。ルシアは魔術で疲労を回復させる。


長い睫毛がぴくりと動き、その下からは青と緑の瞳がのぞく。


「っ! ルシア!」


彼女が起きていることに、目を大きく見開く。


「……助けてくれたんですね」


切ない声だった。

ルシアからすれば、彼女は死ななくてはいけない存在。助けてもらったことを素直に喜べなかった。


ユリウスは椅子から立ち上がったかと思えば、彼女を抱きしめる。


「———よかった」


その声は震えていた。

それを聞いたルシアの心臓はぎゅっと掴まれる。


「黙ってて、ごめんなさい。私、マテマの記憶をっ……。この力は使っちゃいけないのに」


「わかってる。わかってるから、もうこんなことをしないでくれ」


抱きしめる力が強くなって、ルシアは何も言えなくなった。



(こんなの、勘違いしちゃうよ——)


ユリウスから愛の言葉をもらったことはない。

そんな中、力を使ってしまった今、ルシアはユリウスに守られるような存在ではなくなった。


(どうすればいいの?)


彼に救われた命を自ら断つなど、ルシアにはできない。

こうなれば、ここから消えるしか道は残されていない。


医者を呼んで容態を確認してもらうと、ユリウスは一度席を外す。オーランド家にルシアが目が覚めたことを伝えに行った。


「ずいぶん遅いお目覚めだな」


「……ゼファエル」


猫から人型に変わったゼファエルをルシアは見る。


「どうしたの、その格好」


なぜか若い男になっている彼に、彼女は目を丸くした。


「あ? お前はおっさんが趣味なのか? 若い方がいいだろーが」


「いや、うん。まぁ、その姿の方がドキッとするけど……」


ベッドのそばまで来たゼファエルは、そのままルシアの近くに腰を下ろす。


「迷ってるんだろ。これからのこと。……俺が匿ってやろうか? これでも闇の世界じゃ一番慕われてるんだ」


第二の魔王が消えたので、ゼファエルは一応魔王の名を取り戻している。

彼は封印から解放されて17年間、魔物に慕われて来たので今の世界でもそれなりの権力を持っていた。


「お前には借りがある。心が決まったら、いつでも言え」


ゼファエルはこの部屋に魔法で飛んでくる者を感知すると、腰を浮かしてルシアの目の前に。

そして彼女の唇の横に、キスをした。


(———え)


ルシアの戸惑いをよそに、ゼファエルは口元にうっすら笑みを浮かべる。


「じゃあな、マテマ。それにユリウス」


ゼファエルは自分の真後ろに現れたユリウスに気がついていた。

挑発的な視線をユリウスに送り、ゼファエルはどこかに消えていってしまった。





「あ、あの。ユリウス様。今のは、その、多分彼の挨拶みたいなもので……」


「わかってる。気にしてない」


どこか冷たく感じる物言いに、ルシアの心にピシリと亀裂が入る音がする。


(そ、そうだよね。……気にしないよね)


彼の自分に対する意識は、わかっているつもりだった。それでも、どこか期待していた自分が恥ずかしい。


(もう駄目なんだろうな)


こんな不純な自分はもうユリウスと一緒にいることはできない。

ルシアは先ほどゼファエルの唇が当たった場所に手を置いた。

闇の世界であれば、そう簡単に人に見つかることはないだろう。



そんな彼女の姿をユリウスがもの言いたげに見ていたのには、ルシアは気がつくことができなかった。







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