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魔王の討伐は、ユリウスが封印を完了したことで終幕した。

討伐が終わって初めて、魔王の復活が人々に知らされることになったわけだが、それを聞いたルシアはみるみるうちに顔色が悪くなる。


「ルシア?!」


食事中に知らされたため、いままで食べていたものを戻しそうになった。


自分のせいでユリウスがそんな危険に晒されてしまった。


何が優秀だから仕事を任せられたのね、だ。前世でちゃんと封印しきれていなかったから、ユリウスにまで迷惑をかけてしまった。彼の無事は確認されているそうだが、そんなことは関係ない。

自分を責めずにはいられなかった。


王都で勝利を祝ったパレードが開かれるそうで、ユリウスはもちろんそれに参加する。

ルシアは急遽、彼のもとに行くことにした。


彼女が王都に来ていることはユリウスも知らない。


人々が群がる道に、馬車で引かれた乗り物にユリウスの姿を見つける。


「ユリウス、っ!」


その隣に見えた人物に、ルシアは呼吸を止める。

見えないはずなのに、ぼやけたフィーネにエーデが重なる。

彼女は確かに、マテマを殺したエーデと瓜二つだった。

呆然としているルシアの前を、馬車が通りすぎる。

それに追い打ちをかけるようにして、聞きたくない会話が聞こえてくる。


「ユリウス様は、国王様からの褒美でフィーネ姫様との結婚を勧められているそうよ!」


「え! じゃあ、次期国王ってこと!?」


「ローレンシウム公爵家の養子だそうだけれど、頭脳明晰、容姿端麗の才色兼備なお方だから、そうなってもおかしくないわ!」


「素敵〜!!」


「ル、ルシア様」


一緒について来てくれたメイドが、慌てた様子でルシアに声をかけるが、もう遅い。


「帰りましょう。彼の無事はちゃんと確認できたから」


ルシアになってから、こんなに自分が嫌だと思ったことはなかった。

マテマのままだったら、ユリウスを困らせるようなことはしなかっただろうし、フィーネとも張り合えるくらいには容姿も良かった。


ないものねだりだとはわかっている。

わかっているけれど、悔しかった。


「ルシア様……」


メイドのエミリーにハンカチを渡されて、初めて自分が泣いていることに気がつく。


「ありがとう。でも、大丈夫。釣り合わないことは昔からわかってたんだから」


それに考えてみれば、彼から好きだと言われたことはない。

ユリウスからすれば、気が合ってかくれんぼをして遊んだ友だちを、怪我を負わせてしまったから面倒を見ているくらいの仲だったのではないだろうか。

それは恋愛感情ではなく、仲が良い友人としての好意であり、今回フィーネと出会ったことで恋愛というものを知ったのではないだろうか。


「甘えてたんだなぁ、私」


ルシアはもう泣かなかった。





パレードから三日後、ユリウスがオーランド家にやってきた。


「お仕事、お疲れ様でした。ユリウス様」


ルシアは彼の労をねぎらう。

ユリウスはどこか余所余所しいルシアに、怪訝な顔に変わった。

いつもつけてくれていた指輪はないし、何より、柔らかなウェーブのかかった長い髪を肩まで切っていた。


「髪を切ったんだね。短いのも似合ってるよ」


「ありがとうございます。この方が色々楽でして」


ルシアはユリウスと目を合わせようとしない。彼の心はザワザワ揺れた。


「ルシア? こっちを見て」


「見ていますよ? それより、こんなところに来ても平気なのですか?」


「こんなところ?」


ユリウスの表情に影が落ちていく。


「お話は聞いていますよ。フィーネ姫様と結婚されるのでは?」


それを聞いた瞬間、ユリウスは雷に撃たれたような衝撃が走った。


「ああ。婚約破棄のほうが先でしたか。すみません。気が利かなくて」


書類を準備していませんでした、と話すルシアに、ユリウスはゆっくり口を開いた。


「ルシア。君はわたしと婚約を破棄したいのかい?」


なんでまたそんな聞き方を、と控えているアズベルは頭が痛い。

アズベルだからわかるが、ユリウスは自分の恋心というものに気がついていないで、ここまでルシアに世話を焼いている。

彼も変なところで鈍感だから、彼女以上に良いパートナーはいない、という評価をしているにも関わらず、それが恋だと気がついていないのだ。


「もともと釣り合うような婚約ではありませんでした。ユリウス様がそうおっしゃるのであれば、私に拒否する権利はありません」


それにしても、このルシアの変わりようはどうしたものか。

彼女は確実にユリウスを想っていた。

7年ぶりの再会の時には告白までしているのを、アズベルは証明できる。

となると、彼女はまだ目のことを気にしているのだろう。


「悪いけれど、ルシアが嫌と言っても婚約を破棄するつもりはないよ」


「な! 何故ですか。もし、ユリウス様がまだ私の目のことを気にしていて、婚約するというのならば、私はこんな婚約は破棄するべきだと思います」


「“こんな婚約” ?」


ユリウスは笑っているが、目が笑っていない。


「わたしがあげた指輪も外して、髪も切って。誰か他に気になる人でもできたのかな?」


「ユリウス様こそ、国王様から勧められている結婚はどうなさるつもりですか? わたしと婚約だなんて、反逆罪にでも問われるのでは?」


レベルの低い口喧嘩に、アズベルは聞いてられない。


「反逆罪? 君と婚約できないなら、この国なんて滅びればいいんじゃないかな?」


とんでもないことを言ったぞ、この男。

アズベルは主人の理性の感じられない言葉に驚く。

だが、彼が本気になればそのくらいできてしまいそうだ。


「い、意味がわかりません」


ルシアもこれにはたじろいだ。


「で。ルシア。わたしの他に気になる人でも?」


ユリウスの笑みは相変わらず黒い。彼は国王がどうだとかの話より、こちらの方が問題だった。


「い、いませんよ。こんな可愛くもなくて、魔法も使えない傷物なんてもらってくれる人はいません」


ユリウスと噂になって、王都の夜会に出席した時に言われた言葉を思い出していた。


「たとえ君でも、わたしの婚約者を侮辱しないで欲しいな」


「え」


「花びらのような小さな唇に、銀に輝く瞳。茶色の髪はふわふわしていて可愛らしい。魔法のことをちゃんと勉強していて、目が見えにくいハンデも克服しようと頑張ってる。精霊にも好かれているし、そして何よりわたしの数少ない理解者だ」


(なんで、そこで理解者なんですか、馬鹿主人!)


アズベルの叫びは虚しく心の中に消えていく。

ルシアは予想の斜め上をいく反撃に、口をパクパク動かしていた。


「わたしは、ルシア以外の婚約者はいらない」


(だからなんでそこ、好きだって言えないんですか!)


ユリウスとルシアの性格をわかっているアズベルは、こういうところがルシアを不安にするのだと主人に呆れ果てる。

もちろん、ルシアが鈍感だというところにも、問題はあるだろうが……。


「……お言葉は嬉しいです。で、でも。フィーネ姫様は」


「断ったよ。もちろん」


「え!?」


「ルシアがいるんだから、当たり前だろう?」


自分はこんなに悩んでいるのに、何故この人はこんなに物事を言い切れるのだろうか。ルシアは考えることを放棄した。

彼女だって、ユリウス以外とは結婚したくないし、彼が他の人と結婚、それもフィーネともなればなおさら嫌だった。


はあぁ〜、と大きく息を吐いて、ルシアは脱力する。


「もう一緒にいられないかと……。魔王の討伐に勝利したって聞いて、そんな危ない任務に送り出してしまったなんて思ってもみなくて。びっくりして王都まで見に行ったらパレードでフィーネ様と結婚するかもしれないって耳にして。私のせいでユリウス様を縛っているんじゃないかって……」


捨てられないとわかった彼女は、全てを口に出した。安心したせいで気が緩んで、涙がにじむ。

いつからこんなに泣き虫になったのか、ルシアにもわからなかったが、大抵彼女が涙を流すのはユリウス絡みだ。


「不安な思いにさせてすまない。でも、もうそんな思いはさせないよ」


「え?」


「明日の夜、ローレンシウム家が主催する夜会があるんだ。ルシア、来てくれる?」


「はい。もちろん」


「それは良かった。迎えに来るから、ルシアはここで準備を終えて待っていて」


「は、はい」


ユリウスが指を鳴らすと、魔法でルシアが机の中にしまい込んだ指輪が出現する。


「もう外したらダメだよ?」


ルシアには意味がわからなかったが、彼に手を取られて指輪を左手の薬指にはめられるのがわかった。


「じゃあ、また明日」


ユリウスは彼女の手の甲にキスをして、いつものように魔法で消えていった。








「ルシア様、すごくお似合いです!」


支度をしてくれたエミリーの声はいつもより高い。

ルシアには自分が青色のドレスを着ていることくらいしかわからなかった。

このドレスはユリウスが用意してくれたものらしく、エミリー曰くルシアのために作られた、ルシアにしか着こなすことができないドレスらしい。

化粧やヘアアレンジは全てお任せ。


準備を終えたルシアを見て、皆が賛美の声をかけてくれるが、凡人が馬子にも衣装で頑張っているくらいだろうとルシア自身は思い込んでいた。


「ルシア様。ユリウス様がご到着されましたよ」


一足早くユリウスの到着を知らせてくれるエミリー。なぜそんなに興奮しているのか、ルシアにはわからなかったが、ユリウスも褒めてくれるのかな、とちょっぴり気になった。


コンコンコン、と扉の叩く音。

誰が来たのかなど確認するまでもない。

エミリーがゆっくり扉を開く。


「迎えに参りました。ルシア嬢——」


ユリウスは正装しており、どこぞの国の王子のようだ。

彼はかしこまって挨拶しながら部屋に入ったが、ルシアの姿をその目に捉えると言葉を失った。

自分が贈ったドレスに身を包み、可憐な化粧を施したルシアは、シルバーの瞳が幻想的で、精霊たちの姫のようだった。


「ユリウス様。素敵なドレスをありがとうございます」


微笑む彼女は、いつもより大人びていて女性らしさを感じさせ、ユリウスの鼓動が高鳴る。


「似合ってるよ。すごく」


「それは良かった。自分ではわからないから、ユリウス様にそう言って頂けると安心です」


——駄目だ。自分の美しさをわかっていないルシアを、他の男になんか近寄らせてはいけない。


ユリウスの頭には警鐘が鳴り響く。


「ルシア。夜会の間、わたしから離れないでね」


「? はい」


彼はルシアの手を取ると、ローレンシウム家の屋敷に飛んだ。

そこにはすでに沢山の人々が集まっていた。

ルシアには皆同じようにみえるので、人が大勢いる場は苦手なのだが、ユリウスが手を握ってくれていることが心強かった。


自分に視線が集まっていることが伝わってきて、ルシアは柄にもなく緊張する。


カチッと照明が落ち、会場が暗くなる。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。この場をお借りして、わたしの息子から皆様に発表がございます」


この夜会には、ジュードが集めた有力者たちが多数参加している。

その中には、フィーネ姫の姿もあった。


「ルシア。歩くよ」


言われるままに、スロープを上り、ユリウスとともに舞台に上がる。

何をするのか、ルシアには全くわからなかった。


「ご紹介にあずかりました。ユリウス・ローレンシウムです。そして、隣にいるのはわたしの婚約者。ルシア・オーランド伯爵令嬢でございます」


これは兼ねてから準備をしていた、ルシアのお披露目会だった。

会場は騒然となったが、ルシアが軽く挨拶をすると、どこか儚さをもつ美しい彼女に、一同視線を奪われる。

お披露目が終わると、ふたりの周りには人集りができた。


当たり障りのない程度に対処していたが、沢山の人に話しかけられてルシアは気分が悪くなってくる。


そんな時に限って現れたのが、フィーネ姫だった。


どうしてか彼女のことはエーデとして姿を見ることができるから困ってしまう。


「フィーネ・シェル・ベェレッツォですわ。ご婚約、おめでとうございます。ルシア嬢」


「もったいなきお言葉です。殿下」


「おふたりは、とても小さい時に婚約を結ばれたんですってね」


「はい」


「そう。……ああ、いけませんわ。わたくし、ユリウス様には魔王討伐の際に大変お世話になりましたの。時には命を張ってお救いくださったわ。本当に感謝していますの。この恩は一生、忘れることはできませんわ。いつでも王宮に遊びにいらっしゃってください」


いつの間にか、会話の相手は隣にいたユリウスに変わり、彼にだけ微笑みかけてフィーネは去っていく。

去り際に見せた、ルシアに送られる視線は、エーデの時にも見せた冷酷なものだった。


「ルシアの体調が優れないようなので、失礼」

「えっ」


いきなりユリウスに横抱きにされ、ルシアは強制退場する。


「ユ、ユリウス様?」


「顔色が悪い。あれだけ人に囲まれるのは辛かったよね。気がつくのが遅れてすまない」


ユリウスはいつか、ルシアに「曇りガラスをかけたような感覚」と言われたので、実際にそれを試したことがあった。

それをかけて生活してみたのだが、不便極まりなく、人間は亡霊のようにしか見えない。気分は悪くなり、一日でその試みは終わった。



ルシアは客室のベッドに運ばれた。


「アズベル。水を」

「はい」


テキパキと看病するユリウス。


「飲める?」


「ありがとうございます。すみません。途中で抜けるようなことをさせてしまって」


コップの水を飲みながら、ルシアは一息つく。


「いや。想像以上に人が食いついたから、わたしも静かなところに行きたいと思っていたんだ。気にしなくていい」


「びっくりしました。あんなに沢山の人の前で婚約を発表するなんて」


「わたしの婚約者なんだから、国中に知らしめないと」


いつもの笑みで、ユリウスは答える。

彼は本気だった。

フィーネとの婚約を断ったと噂を聞きつけた貴族たちから舞い込む縁談は後を絶たないし、ルシアには婚約者としての自覚が足りない。

こうなれば、誰もが(ルシアを含め)ルシア・オーランドがユリウス・ローレンシウムの婚約者だと認めるだろう。

ひとつ心残りなのは、ルシアに色目を向ける男が増えてしまったことだ。

早々に、彼女の身辺警護の体制を見直す必要がありそうだ。

何かあれば指輪で助けられるが、彼女を危険な目に遭わせる前に手を回すのは言うまでもない。

このお嬢様は、自分の容姿を卑下することがあるが、それは見えていないから言えることで、年々美しさに磨きがかかっていくのには困ってしまう。


——邪魔な虫は排除しなくては。


黒さがにじむ笑みに、アズベルがゾッとするのはいつものことだ。





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