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「こんな事して意味あるのか?」
赤外線スコープのレンズ越しに見えるなんの変哲も無い一軒家、一キロ先のホテルの屋上から寝そべり監視していた頬に傷のある男は隣で同じく監視をしているメガネをかけた優男に、話しかける。
「まぁいいじゃないか、実際心配だろ」
そう答えると優男は胸ポケットからタバコを取り出して火を付ける。
銘柄は「ラッシュアワー」タバコの臭いが服に付かないと言う物でホワイトカラーの連中がよく好んで吸っている。
「はっ‼︎お前まだそれ吸ってたのかよ」
傷の男は横目で見ながら嘲笑するように言う。
記憶が正しければもう15年は同じ銘柄だ、付き合う女、使う銃、それにシャンプーだって同じものを数ヶ月、と続いた事がないのにも関わらず、吸うタバコだけは変わらないと言うのはなんとも可笑しかった。
「ん?あぁこれな」
嘲笑された意味がわかったのか優男はタバコのパッケージを見ながら「これだけは何だか辞められないんだよな」と感慨深げに呟く。
その、憂いを帯びた横顔をみた傷の男は。
「まったく未練がましい奴だな‼︎」
吐き捨てるように言うが、内心では共感できる部分もあった、かく言う自分も普通だった時代に愛用していた万年筆を修理を重ねてまだ使っているのだから。
「まったくその通りだ」
優男も自分で自分を嗤う。
それから二人の間に沈黙が訪れる。
静かになった途端、風の音がやけに耳につく屋上の梁に着いたパイプに風が入り不気味な音を奏でている。
Hotel「トーチ」彼らが監視場所に選んだここは既に閉館し街の人々から幽霊ホテルと揶揄されている場所だ。
入り口は有刺鉄線を張り巡らされ簡単には入られない様になっている、何年か前であれば肝試しなどに、訪れる若者達がいたのだが、この場所で殺人事件が起きてからと言うもの出入りするものは全くいなくなった。
故に監視をするにはもってこいの場所だった。
「しかしだな、今はもう深夜二時だ」
傷の男は時計を見る。
その目の端には涙が浮かんでいる、見えないところで欠伸でもしたのだろう。
「そうだな」
優男は頷く。
「恐らくセーニャも寝てるんじゃないか」
「まぁ寝てるだろう」
監視対象が寝てるのであれば、監視する必要はない、それが傷の男の考えだそれを優男は察したがこの監視の本来の目的は、セーニャの動きを見るものではない。
セーニャを狙う物の動きを探る監視なのだ、だから例え寝ていたとしても監視の目を緩める訳にはいかないのだ。
「あの二人もいるんだしよ」
別組織からセーニャの身辺警護として送られていると言う人間がいる、どちらとも会ったことは無いが腕は確からしい。
「それとこれとは別だ俺らは遺言の通りにだな」
「あーわかったわかった忘れてくれ」
そう言うと監視の姿勢に戻る。
かれこれ一ヶ月も寝ずの番をしている、疲れを感じないと言っても精神的な疲労は別だ。
彼の言い分もわかるが、命の恩人である主人の遺言に背くわけもいかない。
優男は隣を一瞥する。
悪態はつくものの、なんやかんや一人で休もうとしないのは良いところだなと内心思う。
生暖かい風を全身で受けながら、二人の夜は静かに更けていく。