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比翼の鳥、連理の枝

作者: あずさゆみ

比翼の鳥、連理の枝―――


日本でいにしえより云われる、深い情愛で結ばれた仲睦まじい一組の男女のこと。

片方の翼が相手と繋がったまま羽ばたく一対の鳥、枝が絡み合い一つとなった二本の木。

相手と分けることが不可能であるほどに魂レベルで融合している二人。

早い話が、ソウルメイトのことである。

人は生まれ落ちる時に自身のその半身と別れてしまうという。

その片割れと再び巡り逢うために人生の海を泳ぎ続けるのだと―――




若宮葵、20歳。

そこそこの大学に入りサークルとバイトと勉学に励む、少し冷めているけれどどこにでもいる平凡な女子大生。

そんな私には好きな人がいる。


その人は2つ上のサークルの先輩で、特別イケメンでもずば抜けて優秀というわけでもないけれど、いつだって後輩を守るために動いているようなお人好しだ。

後輩が何か思い悩んでいれば手を差し伸べてはまだ諦めるには早いと道をいくつか見せてくれ、後輩が何か失敗した時には被害が拡大しないように思考を巡らせつつもミスをした後輩が自分で挽回し二度と同じことしないようにフォローに回る。


そんな先輩のあだ名は「おかん」。

一般的には先輩は過保護といえよう。

正直、私も「ちょっぴり口うるさいなあ」とけむたく思っていたけれども。

彼が同期の先輩たちと話しているところを偶然聞いてしまった。


「先輩や同期は早々にいなくなるけれど、サークルをつないでいくのは後輩たちだよ。うちのサークルは外部からの依頼が来るだろ?少しやらかしたところで許してもらえるかもしれないけど、"学生基準"でずっとやってたら信用ゼロになるよ、信用されなくなっちゃったらサークルとして結構痛いぞ。」


どうせ大学出たらできて当たり前になるんだし、今のうちに社会人のお作法知っておいて損はないと思うんだ、と真剣に語る先輩。

そんな先輩に対して他の先輩方は「めんどいから嫌だ」とか「そんなのその時々の後輩がなんとかすればいいだろ、お前ほんとおかんだよな」とか言っては笑っていたけれど、私はガツンと頭を殴られたような気分になった。


大学生こそが「子ども」と「大人」の狭間にいる人だ。

高校生なら完全に許されることでも、社会人になってからでは全く許されないことでも、大学生であれば眉を顰められながらも大目に見てもらえる。

そう、今だけなのだ。

たった4年間。

まあ人によっては8年まであるかもしれないけれど、それでも猶予はたった4年間しか残されていない。モラトリアムが終われば、私たちは今まで大目に見てもらえたことを一切しないように行動しなければいけない。


そんな空白期間を謳歌している私たち大学生のうちどれほどがそのことを意識しているのだろうか。いや、どれほどが「そもそも大目に見てもらえている」ことを理解しているのだろうか。


私たちが全く違う世界でも早く適合できるように、先輩は私たちにあちらの世界の見えにくいルールを教えてくれているんだ。


それを理解した瞬間、どこまでもおかんな先輩についていって、先輩のような先輩に私もなりたいって思った。

先輩とたくさんお仕事を組んで、先輩のやり方を覚えて。

先輩のようにできないことに落ち込んだり、逆にそれで先輩への尊敬や憧れが強まったりとがむしゃらに先輩の下で働き続けているうちに。

その尊敬や憧れは、いつしか恋心に姿を変えた。




そんなとある聖人のお誕生日が近づき、巷にチョコレートがあふれ始めた頃。

先輩に渡せるといいな、と淡い期待を抱いてチョコレートを買った数日後のこと。

何人かで残ってやっていた作業を終えた帰り道で色々とバカな話をしながら歩いていたら、先輩たちが「今年はチョコ何個もらえるか」の賭けを始めた。

「今年は彼女からもらうんだ~」と浮かれる同期や、逆に別れたばかりでチョコは母と妹からしかもらえなさそうと嘆く後輩がわいわい騒ぐ中、誰かがおもむろに口を開いた。


「そういえば、おかん先輩は誰からもらうんですかー?」


ドクンと心が跳ね、思わず耳を側立ててしまう。

もしかして、こ、こ、恋人が……?


少し困った顔をしながら、先輩は

「まだもらえないと思うなあ」

とのんきに笑った。


なんだかものすごくほっとしちゃって、心なしか顔が少し緩んでしまった。

そっか、先輩には、まだ――― 

………………まだ?


嫌な予感が頭をよぎったそんなところに、「意外すぎる!!」「いや、おかん過ぎて無理だろ」とかぎゃあぎゃあ言う同期や後輩たちをなだめながら先輩は特大級の爆弾を投下した。


「でも俺、好きな人いるんだ。」


「「えっ。」」


刹那の静寂ののち。さっきの1.5倍ほどの音量でみんな喚き始め、ちょうど近くにあった公園に連れ込んだ。


やめて、聞かないで。嫌だ、知りたくない。

ううん、聞いて、知りたい。


そんな私のぐちゃぐちゃに混乱した思いをよそにほんのり顔を赤くしている先輩をベンチに座らせて全員で取り囲み、みんなは「さあ吐け!おかん吐け!」と尋問を開始。


先輩の想い人の正体は。

曰く、幼馴染で、一緒に同じ大学の同じ学科に進み、普段一緒によく授業を受けるのだと。これまでずっと一緒にいて彼女が見せる色々な表情を見てきて一度も嫌になったことがなかった、と。

曰く、どんなに辛い時でも彼女とはずっとお互いの背中を預けてきたしこれからも預けられたいし彼女がいない日常を想像できない、と。


「比翼の鳥、連理の枝。古文にも出てくるだろ?俺ね、比翼連理って実際にあるって信じてるの。ソウルメイトってやつ。母の胎内に入る時に片割れと引き離されちゃうっていうけれど、どこかに俺のその片割れがいるんだろうって。」


のんびり笑ういつもと違って、ほのかに緊張しながら歌うようにぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。


「出会えるかなって願いながら今まで何人かと付き合ったことあるけれど、でも結局あいつほど一緒にいて自然体でいられる人はいないってことに気づいた。もしかしたらあいつは俺と対になる人じゃないのかもしれないけれど、そうだったらどんなにいいかって夢見ちゃうんだ。」


だからほんとは明後日、告白するつもりなんだ。

あいつと俺が初めて会った日だから。


言葉を探しながらゆっくりと彼女のことを語る先輩は、本当に幸せそうで。

それでいて彼女に拒絶されないか少しだけ怯えていて。

そんな先輩を見てたら耳を塞ぎたかった気持ちがいつの間にか薄れ、胸にじんわり温かいものが流れ込んできた。


「ねえ、先輩」


ほんの少し視界がぼやけ始めるのをゆっくりまばたきしながら必死にこらえて。


「先輩はきっと、幼馴染さんと1つだったんですよ。それが元に戻るだけです。」


――だから、怖がらないで行ってきてくださいよ。


そう言われた先輩はわずかに目を見開き、次の瞬間、今まで見たことのないような笑顔を見せて頷いた。

私に対するものではないその笑顔を見て。

いよいよ本格的に視界がぼやけてきたのを感じ、「じゃあお疲れ様でした!」と声だけは元気に挨拶して急いで離脱。どうにか決壊する前に道に出られた。

先輩にみっともないところ見られずに済んだな、と一息ついた途端。

涙があふれるのを止められなくなってしまった。

その夜に号泣しながら先輩のために買ったチョコレートを全部やけ食いしてしまったのは私と慰めてくれた親友だけのないしょのお話。




それから先輩は幼馴染さんに告白したものの、「……罰ゲームやらされたの?」と彼女に呆れられたことに絶大なショックを受けその後数日使い物にならなくなり、驚いた彼女がサークルに聞き込みに来て事情を聴いて頭を抱えながら先輩のところに謝りにいき以下略などの紆余曲折を経た結果、先輩と幼馴染さんは無事にお付き合いを始めた。


あれから幼馴染さんはちょくちょくうちのサークルに顔を出すようになり、彼女と私は自然とよく話すようになった。ふんわりとよく笑う、少しお茶目な彼女を私は大好きになって。そして、彼女を大好きになるにつれて先輩への気持ちは薄れ、本気で2人を応援できるようになった。




そして先輩たちが社会人になってもうすぐで5年目になる今日。

先輩と彼女は結婚する。

時には喧嘩してたまに私のところに2人入れ替わりで愚痴やら相談に来ても、いつものようにお互いに謝って解決策を2人で模索して。

今日も先輩はのんびりと、でもめいっぱい誇らしげに花嫁姿の彼女を愛おしそうに眺めている。

振り返った彼女は、先輩の少し曲がったネクタイを目ざとく見つけては「ちゃんとまっすぐにしなきゃダメでしょ」と小言を言っては顔をほころばせながら直す。

2人と親しくしている未婚の私は、ブライズメイドということで特等席でこの凄まじく甘い光景を眺めている。まさかこんな未来が待っているとは4年前の私は信じられなかっただろう。見ている自分がこうも胸やけを催すほど幸せな気持ちで2人を見ていられることも。


新郎様、新婦様、そろそろお時間です、と声をかける式場のお姉さんに促され2人は歩き出した。

トレーンの長いドレスがどこかに引っかからないように気を配りながらエスコートする先輩に、「そんなこと気にして… 私は子供じゃないのよ?やっぱり今でもおかんなのね」と少しからかうように言いつつもそんな彼を信頼して横で優雅に進む彼女は、本当にきれいだった。


比翼の鳥、連理の枝。


歌うように語ったあの日の先輩の姿が目に浮かぶ。

もし先輩と彼女が比翼連理でなければ、誰がそうだといえるだろうか。

思わず笑みをこぼしてしまったのを式場のお姉さんに見られちゃって少し赤面しつつ、振り返って手招きする2人のあとを追いかけた。




「運命の人だの恋だの、そんなものは幻想にすぎない」と笑って取り合わない人はいる。

でも私は。

比翼連理であると信じたいと言った先輩を見て、その幸せな未来までも垣間見てしまった私は。

私はまだ、信じたい。


若宮葵、24歳。

恋破れてからまだ恋をしていない、日々仕事に追われてる平凡な社会人女性だけれど。

きっと私にもそんな人が見つかるだろうと。

そんな人と愛をはぐくめるだろうと。


比翼連理を実際に見ちゃうと夢見ちゃうなあと少し悔しく思いつつも、今頃新婚旅行先に向かう飛行機の中でのんびり笑っているであろう先輩と彼女の未来が素敵なものであることを祈りながら感謝の念も送る。

先輩と彼女がいなければきっと、私はこうも前を向いていけなかっただろうから。

あの2人のおかげで私はまだ、未来があたたかいものだと夢見ることができるから。



2人がずっとどこまでも飛び、どれほどの時が経とうとも枯れることなく青葉を繁らせますように。

絶対、幸せになってくださいね。

私もきっと先輩たちみたいになるから。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 相手が自分じやなくても、温かく見守れるって凄いですね。 [気になる点] ヒロインさんのこれからでしょうか。
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