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閑話:伏魔殿にて 後編


「この辺りは静かで良いでしょう?ただ、最近は静かすぎて寂しいと感じるようになっていました。でも、皆さんが来てくれたのでその寂しさが紛れそうです」


窓の外の景色を眺めながら、ザペルの野郎が呟く。

一見何の変哲もない世間話のように感じるが、俺の中で閃きが走った。


最近、組織同士の抗争は小康状態にある。派手に暴れていた所は潰され、残っている組織は規律がある純粋に力が強いものか、隠れるのが得意な所だけだ。

皆虎視眈々と他の組織の命を狙っているが、戦争といえるような状況になる事は無い。


ザペルの野郎は抗争が起こらない今の現状をよく思っていないのだ。寂しいと揶揄する程に。

そして、後の言葉から俺達が起爆剤になる事も期待していると。

どうやら、俺の予想以上に悪魔は戦争狂のようだ――これなら期待出来る。


「失礼します」


ポットと淹れられた紅茶、丸々一つのホールケーキをトレイに乗せて抱えた、先程のメイドが入ってくる。

さっきはなんとも思わなかったが、よくよく考えてみるとおかしい、ケーキを作るのは時間が掛かるものだ。

生菓子というのは日持ちがせず、冷蔵の手間やコストを考えるなら、基本食べると決めた時に作り始めるのが一般的だと言われてる。

外から届けて貰うにしても、お茶が出てくるような時間では届かない。ものの数分で出てきたという事は既に用意していたという事だ。

……悪魔め、俺達――もしくは、同じ目的の奴が今日来るのを予想していたか。


そういえば、あのメイドの間に入るタイミングも妙に良かった気がする。


「ああ、私が分けますよ」


ケーキに手を掛けようとしたメイドを制して、ザペルはナイフを受け取りゆっくりとケーキを切り分けていく。

メイドは主人の言葉に一礼すると、この部屋を後にしていった。


落ち着け……意識を集中させろ。使用人にやらせないという事は何か意味があるはずだ。


あっという間に、ケーキは『5つ』に分割され取り分けられる。

この場に居るのは使用人を除いて3人しか居ないはずだ。何故『5つ』なんだ?


「あ、兄貴……」


部下もようやく気がついたようだった。他愛もない世間話は終わり、既に俺達との対話は本格的に始まっている事を。

良いぜ、俺もさっさと本題に入りたかったんだ。だが、今はザペルの番だ。俺達は黙って様子を見る。


俺は5つの内の一つ……僅かに小さく切られたケーキの意味に注目して理解した。



このケーキは街を比喩しているのだ。そして、切り分けられた内4つはこの街で一番デカい組織――『掌握』『強欲』『死神』『悪魔』の縄張りだ。

そして、4つと比べて小さいケーキ、これは俺達『三蛇会』だ。


改めて指摘されているようで気に入らねえが……確かに三蛇会は他の4つと比べて小さな組織だ。

金と人は持っているが、仕切ってる土地はない。


「……5人で食べるには、ちょっと小さいですね」


そして、ケーキを見てポツリ、とザペルの野郎は呟く。

ああ、俺もそう思うぜ。この街は確かにこの大陸で一番デカい街だが、複数の組織で利権を分け合うとどうしても利益は少なくなってしまう。

金、力、人、全てを手に入れている組織は、まだ一つも無い状況だ。


「2人くらいがちょうど良いと思いませんか?」

「クク……話が早いじゃねえか」


そして、俺と同じく奴も他の三人が邪魔だって事だ。交流を持っておいて、腹の中は奴らを殺したくて堪らないと考えてやがる。

だが、それでこそ『悪魔』に相応しい。


「ちょうど良い……俺に策がある。」


向こうが俺と二人でこの街を支配したいと言っているんだ。これ以上無駄な話をする必要はねえ。

俺は悪魔を裏切らせる為の計画を話す。近々4人の集まりがあるという情報はクラスの手の者が持っていた手紙で知っていた。

その集まりの時に俺達が人を集めて、襲う。シンプルだが間違えようのない計画だ。悪魔には詳細な日時を俺達に教えて、手引きしてくれるだけでいいと俺は伝えた。

ただ、状況によってはお前も殺すという事は伏せてあるがな。


「……すみませんが、口止めされてますので、場所と日時は教えかねますね」


ひとしきり話した所で、乗り気だった先程の様子とは打って変わって、悪魔は情報を出し渋る。

チッ……簡単に説明しすぎたか。さっきの説明には重要な点が抜けていた。アンブレラというこの街最強の戦力への対処だ。

あの女は単純な力押しでは駄目だと悪魔も分かっているのだろう、成功しない作戦だと判断したならば乗らない筈だ。

ザペルも殺すという段階になった時を考えると本当は話したくなかったが、悪魔を引き入れるならば仕方がない。

俺は懐から小さな錠剤を取り出して、ザペルの前に置いた。


「薬がある……ハイになってずっと戦っていられる薬だ」

「……?」

「効き目はすぐに見せられないのは残念だが……俺達の製薬技術は知ってるだろ?これはとっておきだ。コレを飲んだら、馬鹿になるが延々と動き続ける事が出来る」

「ふむ……」


ザペルはひとしきり錠剤の入った小瓶を見た後、立ち上がって空になった自分のカップにお茶を注ごうとする。

その時、奴のポケットから紙がひらりと落ちて俺達の前へと狙ったかのように綺麗に飛んできた。

恐る恐る手にとって開いてみる。汚い字だ。まるで字を覚えたての子供が書いたような……。しかし、俺達が今一番欲しい情報がそこには書かれていた。今夜22時、エルパティオホテル。クラス、アサグナ、アンブレラと話すと。

どうやらようやく俺らは悪魔の信用を得るに至ったらしい。先程の計画がお前の破滅も含んでいるのも知らずにな。


「ありがとよ、ちょっと急だが、ギリギリ間に合う。早速準備をさせて貰うぜ」

「もう帰るのですか?」

「時間がねえからな。あと、これを使えば馬鹿から狙われる事はねえ、上手く使ってくれや」


俺は別の紙に包まれた丸く整形された香をテーブルに置くと立ち上がる。薬が効いた奴に襲われない為の香だ。説明はしなくても奴ならば意味がわかるだろう。

ザペルをついでに殺すにあたって馬鹿共の力は要らねえからな、俺達だけで十分だ。それならば少しでも信用させるためにこっちの手札を切っとこう。

それよりも急いで襲撃の準備をしなきゃならない。ザペルは紙を開いてじっくりと香を眺めていたが、有難うございます、と一言言ってからポケットの中へとしまっていく。


「良ければ、また来て下さい」


出来れば二度とここに来ることが無い事を祈るぜ。



………

……



「お疲れ様です」


三蛇会の方を見送ったシドラさんが戻ってくると、一言労いの言葉をかけます。一人でこの家の家事を引き受けてくれるのですから、これくらい言いませんとね。


それにしても、三蛇会の方が来てくれたのは嬉しいのですが、少しの時間で帰ってしまうとは。この家を訪れる人は限られているので、友人が増えると思ったのですが残念です。

二人の力にもなれなかったみたいですし……いくら友達を呼んで私達と遊びたいからと言っても、クラスさんからは自分たち以外呼ぶような事をするなと固く言われてましたので仕方ありませんよね。


それにしても、ケーキも美味しいのに全く手を付けないなんて……お陰で私も眼の前にケーキがあるのに食べられませんでした。私一人で舌鼓を打つのも申し訳ないですし……。


「まあ、当初の予定通り私達と、サラちゃんも一緒に食べましょう」

「ボス、良いんですか!?」

「有難うございます」


先程からずっと部屋の隅でしゃがんでいた近所の子、サラちゃんも呼びます。

サラちゃんはかくれんぼが得意でそこに居るはずなのに見つけられないで驚かされる事が多いのですが、最近は二回に一回は見つけられるようになってきました。

勝手に家に入ってくつろぐ姿が、村の子供を思い出してほっこりします。


「ってボス!数が中途半端な上に一つ小さいですよ!誰が取るかで戦争になります!」

「円形のケーキを5つに切るのって難しくありませんか?それに、三蛇会の人が食べてくれたら3つ残ってちょうど良かったんですけどね……じゃあ、私が小さいのでいいですよ」

「えっ……流石にボスに一番小さいのを渡すわけには……」

「大きめのサイズのものを更に切って、不公平にならないようにしましょう」


私達の様子を見かねたシドラさんが、上手にケーキを切り分けてくれます。流石本職、手慣れています。

シドラさんばかり仕事させるわけにはいかないと手を付けたのが余計な事だったと自覚して、いまさらながら恥ずかしくなってきました。


「そういえばサラちゃん?さっきは大丈夫ですか?」


サラちゃんは通路の隅を静かに歩くので、時折角に足をぶつけて声を上げる事があります。

靴を履いたほうが良いのではとアドバイスもするのですが、よく分かりませんが未熟者だからと断られてしまいました。

まあ、私も子供の頃は裸足で外を走り回っていたのであまり人のことは言えませんので構いませんが……。


「たはは……で、でも本番ではヘマした事ありませんから私!ちょっとホームだと気が抜けちゃうんですよ」


サラちゃんは顔を赤くすると、照れ隠しでしょうか、いただきまーすと大きな声を上げてケーキに手を付けます。

シドラさんがみんなに紅茶を配った所で、私もいただきますと一言言ってからケーキを口にします。

うん、相変わらず絶品ですね。ケーキは他の所で食べた事もありますが、シドラさんのものはお店のものより美味しい気がします。


「所でボス、アレはどうします?殺っちゃいますか?」


早速食べ始めたサラちゃんが口元にクリームを付けながら聞いてきます。さて、アレ……とは何でしょうか。もう特に夜まで予定は無かったと思いますが。

まあ何れにせよサラちゃんにお仕事をさせるわけにはいけません。子供は遊ぶのが本業なのですから。


「サラちゃんは子供なんですからゆっくりしていて下さい。アレは私がやっときますよ」

「むう、確かにまだまだ私は実力不足かも知れませんが……アレはボス直々に殺る程では……いえ、なんでもありません」

「上辺だけ取り繕った程度でご主人様を嵌めようとするなんて、格が足りない者の末路としてお似合いです」


……?それにしても、シドラさんのケーキは美味しいですね。

あの後調子に乗った私は更にケーキを焼いてもらって、三人でお腹いっぱい食べました。


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