第四話
「今夜だ。今夜で全てを終わらせる」
日が沈んで暫く経ち、買春地区ならともかく、上流市民向けの建物が建ち並ぶこの場所は日中の喧騒はなんだったかのように静まり返っている。
そんな中、俺は複数の馬車を従え香の臭いがしつこい幌の中で揺られながら小窓から遠くに見える目的地を眺め呟いた。
『死神』のアンブレラ、『掌握』のクラス、『強欲』のアサグナ、『悪魔』のザペル。
この国を仕切っている奴は誰か、と裏社会の人物に聞いたならば、俺にとっては不本意だがまずこの四人の名前が挙がるだろう。
そんな通称『四凶』が手を組むという噂が少し前に流れ始めた。
始めは半信半疑――クラスとアサグナの野郎二人はともかく、後の狂人が枠にハマるイメージが沸かなかった――だったが、今日本格的に同盟を組む会合を行うというリークにより、俺は賭けに出る事に決めた。
普段はバラバラで行動している奴らが一緒になった瞬間――纏めて殺して瓦解させる。
奴らの組織はトップのカリスマによって成り立っている。トップさえ居なくなれば後は烏合の衆に過ぎない。
個人個人を暗殺する事も出来るが、もし四人の内一人でも殺された、という話になったら残りの三人は確実に警戒するだろう。場合に寄っては潜って姿を見せなくなるかも知れない。
今日がチャンスなのだ――邪魔な四人を殺して俺らがこの国を手に入れる。
それに、ただでさえ四人がお互い牽制していたから俺たちは面倒だと泳がされていたんだ。
もし、背後が安全になったのならば、奴らは確実に利権を広げるために俺ら中堅の組織を本格的に潰しに来るだろう。
だが、そんな俺らを小物だと油断していたのが命取りだったという事を教えてやる。
「蛇の兄貴、他の奴らの準備も万端だ」
俺の右腕として、長い間組織を回してきた男が進捗を伝えに来る。
「『薬』も渡したか?」
「バッチリでさ。試しに俺らが飲んでみて痛みをなくす薬だ、と言ったらコロッと騙されてやがる、自分たちが飲むのが特別製だとも知らずにさ」
「ならいい」
俺が引っ張ってる組織、三蛇会は麻薬の製薬を中心にのし上がってきた組織だ。薬に関してはお手の物、この時の為に用意した特別製の薬も使ってある。
兵隊も四人が中心に仕切っているのが気に入らない、という他の小さな組織を引っ張ってきた。その中で腕自慢と呼ばれる100人が後ろの馬車に控えてる。
僅かな時間でこの人数を揃えるのは手間ではあったが、この数の駒があればすり潰せる。他の組織を信用は全くしていないが、目の上のたんこぶが邪魔だっていう意思は俺たちと変わらないからあいつらもやる気に満ちてるのが幸いだ。
「それにしても、ザペルの野郎も殺すんですかい?」
「当たり前だ。あんな奴信用出来るか」
今回の会合を漏らしたのはザペルの野郎だ。奴も他の三人が邪魔だったらしい。
手を組んで三人を消して、この国の裏の利権を分け合おうと言ってきたが……この俺様が奴の掌の上で踊らされてたまるかよ。
全ては己の思惑通りと奢っている奴を、所詮自分は遊技盤の駒でしか無かったと自覚させてやる。
ま、流石に自分も一緒に消されるかもしれないとビビって雲隠れしてるようだがな。予定の時間が過ぎても奴が現れなかったという報告は受けてる。
しかし、その時はまた会った時に殺せばいい。俺の事を仲間だと勘違いしている以上、他の三人さえ殺れればあとはどうとでも料理出来る。
馬車が三階建ての高級ホテルに止まると、怒号と共に他の馬車から我先にと男たちが飛び出していく。
予め恨みっこなしで四人の首を獲った組織がその首の利権を頂くと決めていたせいだ。こっちが優勢になったら仲間割れするかも知れないが、今の所士気を高めることには一役買っている。
俺たちは後からゆっくり後を追えば良い。『薬』の効果が現れた時、残っているのは俺たちだけだ。
獲物を手にとってから、周りから遅れて馬車から出ると、ホテルの入り口に大きな音を立てて一人の一振りの剣を持った女が降り立つ。
「死ね」
我先にと入り口に到達した男たちの首が、腕の一振りでまとめて落とされる。
高い背と真紅のドレスに腰まで伸びた黒い髪。そして不遜な態度と物言い。
『死神』アンブレラだ。彼女の敵になった者は、痛みさえ感じず何も分からないままあの世に行くことになる。
突如にして上から現れたあの女の威圧に怖気づいたのか、他の組織の者共の足が止まる。
女――アンブレラの武力は表裏関係なく知られている。誰だってこれから成り上がる予定なのに自らあの世に行きたくはないだろう。
「裏口だ!裏口から行け!」
僅かに利口な者たちが路地裏にあると思われる裏口を目指し、女から離れて歩を進めようとする。
が、風切り音が響くとその者たちは喋らなくなった。首だけが転がって先の道を進む。
少し遅れて、カランとアンブレラが放り投げたであろう装飾剣が音を立てた。衝撃で嵌められていた宝石が外れて散らばる。
「女はもう武器を持っていないぞ!殺せ!」
女が手ぶらなのに気づいた男が声を張り上げると、数人が一斉に斬りかかる。
が、即席のチームでは連携が取れておらず、同時に攻撃する事は出来ない。気が逸った一人の剣を片手で抑え奪い取ると、そのまま遅れた男たちの首を横薙ぎに切り落とす。
「ヒッ……ばけ……」
武器を奪われた哀れな男も、力任せに頭に刀身を入れられ頭蓋を砕かれて死んだ。
アンブレラは地に斃れた男たちから武器を奪うと、辺りに転がす。あの女が武器を扱う時、全てが消耗品になってしまう。使い切ったら転がした適当な武器を手にとってまた新しい獲物を殺すのだろう。
女の着ていた赤いドレスは返り血を吸って黒く色が変わりつつあった。噂では殺した後にいちいち着替えていたら何も出来まま一日が終わるから赤い服を着ているという話だ。ふざけてやがる。
それにしても、死んだあの男の言う通りやはりあの女は化物だ。今回の襲撃において最大の障害こそアンブレラと言えるだろう。
クラスもやる奴だが化物じゃないし、アサグナは雇う傭兵の質は高いがデブ自身の力はそうでもない。ザペルの情報は無いが、流石にアンブレラ程ではない筈だ。もしアンブレラクラスならば多少は噂になるはず。
俺は幌馬車に寄りかかりながら様子を見ていた。俺も腕に自信はあると言っても、アンブレラと真正面から戦って勝てる気はしない。
みるみる女の目の前に死体が積み上がっていく。男たちを一手に引き受けながらもまだまだ余裕もあるのか、襲いかかってくる男を捌きながら逃げる者、女を避ける者もまとめて投擲で殺していった。
「おっと」
薪割り斧が不気味な程に回転しながらこっちに飛んでくる。どうやら傍観している俺の態度もあの女は気に入らなかったようだ。
盾で弾くと幌馬車に突き刺さって中で怯えていた御者が悲鳴を上げた。
「蛇の旦那ァ!どうする!?このままじゃあの女一人で全滅するぞ!薬で痛みが感じないとは言っても、即死じゃあしょうがねえ!」
半分程減った辺りで不利を感じたのか、踵を返してこっちに戻ってきた男の一人が叫ぶ。
「黙って見てな。そろそろ状況が動く筈だ」
女がかかってこない男たちに痺れを切らしたのか、歩を前に進めようとする。
「なっ――」
初めて女の表情に加虐的なもの以外が浮かぶ。
その脚に縋り付く者が居た……首の無い筈のアンブレラ達が殺していった男たちだ。
辺りに転がっていた首なし死体たちは、続々と起き上がると、女へ力ない足取りで寄っていく。
「ひえっ……な、なんだこりゃ!」
「ここに来る前に飲ませただろ?薬だよ」
「は……?お前ら一体何を――」
ぐるん、と俺と話していた男の目が回って白目を見せると、首なし死体たちと同様に覚束ない足取りでゆっくり女の方に向かっていった。
「うわぁ!」
敢えて薬を飲まなかった連中も居たようだが、薬を飲んでおかしくなった連中が始末していく。
五人に一人は飲まなかったようだな。信用出来なかったのか後で転売しようとしたのか知らんが、いずれにせよバカな奴らだ。
三蛇会の開発した薬「ゾンボイド」は死者を生き返させるという名目で貴族からの出資を受けて作られた薬だ。
天才な俺たちが本気を出した結果は、まあ死んだ奴は生き返ったが、知能が虫並みになるっていう致命的な弱点を抱えてしまった。
貴族様からは使えねえと言われたが、折角作った薬だ。有効利用しないと損だろ?
幸い、薬の効果が効いてる連中同士は仲間と認識するのか、同士討ちはしない上に、特定の香がするものは襲わない性質がある。
後は女を始末して上手くホテルの中に誘導してやれば自動殺戮装置の完成だ。
「的が増えただけだな」
が、いくら死体でも動くと言っても万能ではない、アンブレラの得物で分割され細切れになるとそれっきりだ。
「チッ……雑魚の癖に面倒ね」
流石に肉がくっついて元通りになったりはしない。が、恐怖を知らない死体が数十人も居れば組み付いて僅かに動きを止められる者も出てくる。
「おい、そろそろ俺たちも参加するぞ、手が空いてる奴は死体に薬を入れてこい」
女の間合い外から狙えるよう槍を持たせた、香を焚いた幌馬車に居たお陰で襲われない部下達に指示を出すと俺たちはホテルへと近付いていく。
あの女を殺すのを想像すると、今からゾクゾクするぜ。
「こんばんは皆さん……いえ、そろそろおはようございます。の方が近いでしょうか」
女を殺せる間合いまであと少し、という所で後ろの扉が開く。笑顔を貼り付けた男がそこに居た。
眼の前は凄惨を極めた光景と言えるだろうに、僅かな動揺もせず、まるで日中友人と会ったかのような素振りに空恐ろしさを覚える。
『悪魔』ザペル。アンブレラはまだ即死という慈悲があるが、こいつと敵対した者は心の底から恐怖し、死を望んでも赦されないまま苦痛に苛まれ続ける事になると言われている。
規模は小さいと言われているが、底の知れなさは『四凶』の中でも随一だ。
俺の薬を自分で盛るなんて可愛いもんだぜ……
――しかし、ザペルの野郎このホテルに居たのか……しかも、薬が効いた奴が反応しないと言うことは、昼に表向き信用させる為に渡した香もしっかり使ってやがった事になる。
てっきりこんな怪しい物なんて使わないでくれると思ったんだがな。運の良い野郎だ。
「歓迎しますと言いたい所ですが、クラスさんから言われていますので――」
「ザペルゥゥゥ!!そいつは必ず捕まえろ!!絶対逃すなよ!!アンブレラにも殺らせるな!!」
三階からクラスの奴の声が聞こえてくる。
ま、クラスの野郎もこの状況を見てのんびりしてる筈はないよな。こんな薬辺りにばら撒かれたら国なんて廃墟になってしまう。それは最終手段だ。
「――予定が変わったようですね。嬉しいです」
ザペルの口角が三日月のように釣り上がる。
「パーティーは、人が多いほうが楽しいですからね」
ポイント評価励みになります。
視点をコロコロ変えると、展開が遅くなってしまうのが悩みどころですね。